第31話 御座敷ロック
「光ちゃん?おーい!」
「あの人誰?」
「最悪?はあ……」
立っていた着物姿の女性に手を振られた光は、渋々歩み寄って行った。
「ちょうど良かった」
「良くないです……」
「なんの事?」
不思議そうな冴子の前で、着物の女性は光に助けを求めてきた。
「
「冷奴姉さんが?」
「光ちゃん。それ、なんの話?」
光のたしなむ日本舞踊の仲間は宴会時の芸者もしており、高齢の冷奴がドタキャンになったと小梅は話した。
「今、代わりの人を手配していたんだけど、今夜のお席は政治家なのよ。お願い!光ちゃん。代わりにお座席に出てくれない?」
「でた?でも私はお酒の席は」
酔っ払いをあしらうのが苦手な彼女は、酒の席は難しいと話した。
「光ちゃん……私が一緒に行くよ。酔っ払いは私が排除するから」
「冴子さんが?」
「もう時間がないの!さあ、おばさんもこっちで着替えて!」
「えええ?」
強引な小梅の勢いで光は、近くにあった日本舞踊の教室で着替えをさせられた。
「冴子さんも?でも、お似合いですよ」
「一度やってみたかったの?うふふふ」
付き添いの冴子も、芸者のメイクをしてもらいホクホク気分で光のそばにいた。
「さあ!行くよ!おばさんはなんて名前だい?」
「冴子です。そうね。電気屋の娘なんで、源氏名は『あかり』で」
「そんなのどーでもいいから?!さあ、行くよ!」
こうして小梅と光と芸者姿のあかりは、政治家が待つお座敷にやって来た。
「何度も言うけどね。光は踊りでいいから!ババアの私達が酒を注ぐから」
「わかりましたけど、冴子さんは大丈夫?」
「任せて!うわ、ドキドキして来た〜」
こんな即席チームはお座敷にやって来た。
「……それでは、陽子が踊ります。どうぞ、ご堪能くださいませ」
光、という名前から太陽をイメージし、勝手に源氏名をつけた小梅はそういって客に酒を進めて始めた。
そんな中、腹を括った光は美しい舞を披露していた。
「……綺麗だね。彼女」
「そうですよね。でも男がいるんでダメですよ?それが実に良い男でね?惚れ惚れしますよ……」
寄った客に酒を注ぐ冴子は、男たちの夢を壊し光を諦めるように言いながら接待して行った。
「しかし。優雅だね。彼女はいくつなの?」
「お客さん。あれは若く見えますがね。おばあさんですよ?五十代かな」
こういって光を貶めながらも彼女を守った冴子は、この夜、光を守り切りこの宴会をこなしたのだった。
「ありがとうございましたー……」
そして料亭を後した3人女は、外に出てようやくホッとしていていた。
「助かった……ありがと、光ちゃん。それに『あかり』さん」
「小梅さん?私も楽しかった……」
今まで電気職人の妻として家にいた冴子は今夜の出番ですっかりハイになっていた。
「今度手が足りないときは呼んでください」
「冴子さん?あの、小梅姉さん、ちょっと興奮しているだけなんで」
そんな光はあわてて着替え、そして酔った冴子を連れてカミナリ電気に戻ってきた。
「何だ?どうした母さん」
「すいません。はじけちゃって」
冴子を連れて行った輝男の背を見ながら、光は響に簡単に説明した。
「たぶんね。私を守ろうとして張り切った感じなの。だから怒らないであげて?」
「……わかりました。まあ、お爺ちゃんはもっと酔って帰ってくるからお互い様だし」
そんな響は帰る光を車まで付き添った。
「私は良いの。冴子さんを見てあげて」
「光さん……あのね」
「??」
父の仕事仲間の彼女は、こんなに祖父母や父の面倒を見てくれていた。こんな優しい彼女が彼は総合的な意味で好きだった。
「うちのお父さんとはどうなの?」
「響君まで?あのね」
光は正直に雷人には相手にされていないと話した。
「私は仕事仲間でいいの。だから、今の話は忘れてね」
「……でも」
「それにね。まだ雷人さんには言ってないけど。雷人さんが帰って来たら私は他所で仕事をするの」
「光さん……」
彼女は優しい顔で響を見つめた。
「君のお父さんは良い人だから。選ぶ女性もきっと良い人だろうし、それに冴子さんも輝男さんもいるから。新しいお母さんともきっとうまくいくわよ」
「……」
そういって光は響の手を握った。
「大丈夫。響君は良い子だもの?それに本当のお母さんがいるし。仲良くできるわよ」
「光さん……」
最後は微笑んだ光は家に帰ってしまった。
秋の空には星が輝いていた。
つづく
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