第30話 灯そう


「光。悪い?俺、練習なんで直接学校で下ろしてくれ」


「いいわよ?準備して来たの?」


エアコン工事の後、高校のバレーボールのコーチをしている雷人は、この足で練習に行くと彼女に話した。


「ああ。今度試合が始まるからさ、俺も大変なんだ」


「そう」


そろそろ一人で工事をしろと言い出した彼女の横顔を雷人はじっと見ていた。


「……わかっているわよ。あなたが試合でいない間は私が工事を進めておくから」


「わーってるけどさ」


彼女に急に距離を置かれているような気がしている雷人は、すごく寂しくなっていた。



「それよりも。彼女はどうなっているの?渡辺さんは」


「ああ。また会う約束してるよ」


「順調ね。良かった……」


婚活で出会ったバツイチの彼女とは結構マメに連絡を取り合っていると彼は話した。


「このままうまく行きそうね?そうか、安心ね。あ?学校でーす……」


ここで雷人を降した光は自宅の太陽電気へと帰っていった。




「おかえり!今日も暑かったな」


「うん。お爺ちゃんも水分取っていたんでしょうね」


「おう。ほれ、風呂にはいれ」


同居している祖父の銀次郎は、孫娘に風呂を進めた。


こんな二人は仲良く夕食を囲んでいた。


「カミナリさんと一緒にやっていたエアコン工事はそろそろ終わりじゃろ」


「うん。予定よりも早く終わる感じね」


「最初はあの雷人を見た時、あまりの不出来にどうなるかと思ったがな」


彼の指導をした銀次郎は上達した雷人に感心していた。


「ハハ。今はもう私がいなくても平気だし。それにカミナリさんは秋からは灯油の販売をするんだって」


電気工事が減るので、カミナリ電気は灯油の移動販売をしていると光は聞いていた。


「うちはこれで廃業だもの。でもうちの電気工事を引き継いでもらって良かったわね」


「ああ。お客さんにも良かったよ。なあ、ところでお前は秋からどうするんじゃ」


光は電気仲間の紹介で冬のスキーリゾートのイルミネーションを付けに行ってくると話した。


「なんかそこはホテルのバイトが足りないみたいで。電気工事が済んだらそのままホテルの仕事をしようかなって」


「まあ、いいさ。こっちにいても仕事がないんだしな」


銀次郎は年金でやっていけるので、若い孫娘には好きにしろと彼は言った。


「でもね。雷人さんがこれからバレーボールの試合なの。だからその間の留守番をしたら行こうと思って」


「……そうか」


「さ!ご馳走さま!私、部屋にいるから」



そう元気に話す光を銀次郎は、心配そうに見ていたのだった。




こんな事があった翌週。


雷人は練習試合で県外に行ってしまった。



「まったく。本業をほっていくなんて」


「まあまあ!今年はチームも強いそうですから」


この日はカミナリ電気の仕事を手伝った光は、夕食を食っていけという輝男、冴子と響と一緒にすき焼きを食べていた。


その時、電話が鳴った。


「はい。カミナリ電気です。え?電気が切れて店ができない?今から工事ですか」


時計は夜の6時。相手はスナックのママで、真っ暗で店ができないというSOSだった。


「母さん。俺は酒を飲んじまったぞ」


「冴子さん。私が行きますよ」


「そう?では参ります」



そう電話を切った冴子は繁華街に若い娘の光、一人を行かせられないと言い出した。


「お婆ちゃん。僕が行くよ」


「いや。ここは私が行くよ」


冴子はそう言うと勇しくエプロンを外した。彼女はあくまで付き添いで用心棒の気分だと話した。


こうして女二人で夜の繁華街に向かっていた。車を運転している光には冴子が嬉しそうに見えていた。


「なんか生き生きしてますね」


「うっふ。だってね?私、憧れてたの!」


ワクワクしている冴子は昔話をした。


「実はね。うちのお父さんはお婿さんなの。私が電気屋の娘なのよ」


一人娘だった冴子は、一般的な学校に通い、父の仕事を通じて輝男と知り合い結婚したと話した。


「結婚に不満なわけではないんだけど。私もね、光ちゃんのように電気の仕事がしたかったの」


「昔は女の人では電気の仕事はいませんもね」


「そーなのよ!」


電気の仕事を目指すことも叶わなかった冴子は、光に憧れていると話した。


「あんな踊りもして、そんなに綺麗でスタイルも良いし。良いなー?おばさんだったら、男をぶいぶい言わせるのに」



「ぶいぶいですか?アハハ」


ここで冴子は言いたかったことを突っ込んできた。



「ねえ。うちの雷人はどうなの?バツイチで頭も悪いけど優しい息子だよ」


「おっと?それはそうですね……」


ここで息子を推して来た彼女に光は正直に話した。



「ダメですよ。私、振られたんですもの」


「ウソよ!?」


光は雷人にそんな話をした事があったが、相手にされなかったと話した。


「それに。今は例の婚活で見つけた彼女がいるじゃないですか?雷人さんは子供が好きだし。結構話が合うみたいでうまく行きそうですよ?」


「……」


「そもそも私は怒らせてばかりだし。それに、なんていうか女として見てもらえなかったですよ」


「そんなことないよ!」


「……もう、いいんですよ?私は仕事仲間で。あ?着きましたよ」



こんな状態で二人はスナックにやってきた。


「どうも!あれ、ろうそくですか」


「停電用のろうそくさ……」


スナックのママは常連客を相手にろうそくだけで店を営業していた。そこに光は業務用のライトを冴子に手渡した。


「これをママさんに。私の方にはこのライトを」


「オッケーです!」


するとスナックのママは、冴子の顔をまじまじと見た。


「ねえ、あんた、もしかして冴子ちゃんじゃないの」


「そうだけど……やだ!喜代子ちゃん?」


きゃー〜〜と騒ぐ二人は同じ小学校の同級生だと話した。


「懐かしい……なによ?そんなおばさんになって」


「喜代子ちゃんこそ?ひどいシワね。アハハハ!」


感激の再会に呆れた光は、常連客の初老のおじさんにアシスタントを頼んだ。そして工事中も冴子と喜代子の話はノンストップで盛り上がっていた。


「まだ暗いな。すみません。みなさんスマホ持っていますか?」


光は客にスマホを出させると、何やら操作してその上に水が入ったペットボトルを置かせた。


「おお。綺麗だ」


「灯籠みたいだな」


「いいですから!」


こうしてライトアップしたスナックで光は切れた照明を直した。


「ねえ。光ちゃん。私。お酒飲んでも良い?」


「……良いですよ。私が連れて帰りますから」


冴子はやった!と喜び、旧友と乾杯していた。この喜びように光はやれやれ顔だったが、日頃、留守番ばかりしている冴子の本音を見たようでこれを許していた。



「さあ、スイッチを入れてください」


するとぱっと店内が明るくなった。おおお!という歓声と拍手が沸き起こった。


「いいからママさん。危ないのでろうそく消してください!」


「はいはい!ねえ、冴子ちゃん。この人は娘さんかい?」


「いや。そうだと良いんだけど。うちの息子がバカでどうしようもなくてさ……聞いてくれる?」


「冴子さん!帰りますよ?ほら!」


また来るね〜と手を振る冴子を引きずるように光はスナックを出てきた。


「アハハハ!楽しかったな……今度は二人で来ようよ」


「そうですね。仕事無しならね?」


あははと笑っていた二人だったが、光は前方にいた女性にビクとした。



「やばい?に、逃げなきゃ」


「え?」


しかし。その女性は光を見て嬉しそうに手を振っていた。




つづく

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