第29話 響け心に

 

「ねえ、聞いてるの」

 

「あ、はい」

 

「どこまで話したが言ってみてよ」

 

「ええと。その……響が賛成しているって話で」

 

「最初の話でしょ!」

 

元妻に叱られた彼は、コーヒーショップで頭をかいていた。

 

「つうかさ。お前結婚するんだろう。それで響はどうすんだよ」

 

「それを相談しているんでしょう」

 

元妻は結婚相手のマンションで暮らすことになるので響も連れて行くと話した。

 

「でもあの子、はっきりいわないんだよね。たぶん、嫌かもしれないけど」

 

「つうかさ。お前は籍を入れるのをあいつの中学卒業まで待てないのか」

 

「それは……」

 

相手の男性の意向でどうしても早まると元妻は言った。

 

「厄年になるとかで。向こうのお母さんがうるさいのよ」

 

「まあ。俺がいう話じゃないけど」

 

そんな雷人は響を引き取りたいと話した。


 

「でも、あの子は私といたいって言ってくれているし」

 

「本当か?気を使っているんじゃないのか」

 

「わかんない」

 

雷人の目にも今の元妻は仕事と結婚相手に手一杯に見えていた。これを考慮した雷人は親権はともかく、落ち着くまで自分が預かると言った。

 

「あいつはまだ中学生だし。親のゴタゴタは可哀想だし」

 

「まあ。気忙しいのは確かだし」

 

こうして元夫婦は当分は雷人の家で彼を過ごさせることにした。

 

この決定を受けて息子の響は、週末に荷物を持って父の家にやってきた。

 

 

「おばあちゃん。これ、洗濯して。学校ジャージ。洗うの忘れたんだ」

 

「わかったよ。手洗いするから」

 

「そこまで?あのさ、おじいちゃん!僕の自転車のパンク直してくれたんだね?ありがとう」

 

「おう!なんでも言え。ほれ、小遣いやるぞ」

 

「おいおい。甘やかすなよ!なあ、響。一緒にゲームやろうぜ」

 

こうして響が戻ってきた遠藤家は楽しい声に包まれていた。

 

この翌日の朝。雷人を迎えにきた光は学校に行く制服姿の響に、おはよう!と声をかけ、ハイタッチをして送り出した。

 

「よし。行ったか」

 

「そうですよ?さあ。パパさんもしっかりね」

 


「おう!んじゃ、今日もやりますか?」

 

息子が帰った事で元気になった雷人と光はエアコン工事を進めて行った。

 

「うん。上出来。ここはもう任せたね」

 

「ああ。光はそっちを頼む」

 

ぎっくり腰が縁で一緒に仕事を始めた二人だったが、二か月も一緒にペアを組み、不器用だった彼は光の鬼の指導でどんどん技術を磨き、今では彼女のサポートなしでも、十分仕事をこなせる男になっていた。

 

この夏の出来事はそれだけ内容の濃いもので彼にとっては一生の宝になる様な時間であったが、彼はまだそのことに気がついていなかった。

 

「……今日はこれで終わりよ。帰りましょう」

 

「ああ。今日は響がいるんで、早く帰ろうっと」

 

バレーの練習もない日なので雷人は息子がいる夜を楽しみにしていた。そんな彼に運転していた光はまっすぐ前を見ながら話した。

 

「で。今後はどうするの?奥さんが再婚したら」

 

「ああ。それなんだけど」

 

進学が決まった高校次第で本人に決めさせるつもりだと雷人は話した。

 

「響君に聞くわけ?どっちがいいか」

 

「ああ。ひとまず住まわせて本人の自由に」

 

「わかってないよね。ぜんぜん……」

 

突然、コンビニの駐車場に車を停めた光は怖い顔をしていた。

 

「……選ばせるって、なに?」

 

「だって?その方が本人が」

 

「ふざけんじゃないわよ!子供のことをなんだと思っているよ!」

 

興奮した光は肩で息をしていた。

 

「あのね?優しさのつもりかもしれないよ。気持ちはよくわかる!でもね。どーしてそこで『俺と暮らそうって』強く言ってあげないのよ?!」

 

「……」

 

「奥さんもそうよ。『一緒に暮らそう』ってお互いに誘うもんでしょう?それを親なのに本人が言い出すまで待って選ばせるなんて……いい加減にしなさいよ」

 

涙を流す光に、雷人は驚きとショックで下を向いていた。

 

「どうせ選ばせるんだったら。そう言わないと。どこに行っても自分は邪魔じゃないかって、思っちゃうじゃないの!あのね?響君は思いやりがあって優しい子だから……このままだと自分の気持ちよりも一番迷惑のかからない様に選んじゃう……うう」

 

「すまん?!光、もう泣くな」

 

雷人は興奮している彼女を抱きしめたが、光はまだ泣いていた。

 

「離してよ。どうせ私は親でもないし」

 

「いや。マジでごめん。光。な、落ち着け」

 

自分の息子を思ってここまで泣いている彼女を彼は力強く抱きしめた。

それは彼女が泣き止むまで続いた。

 

「はあ、ごめん。つい、興奮して」

 

「いや。お前のいう通りだったし。大丈夫か、光」


「ううん。だめだわ。運転代わって」

 

こうしてまだベソをかいている彼女を助手席に座らせた雷人は、黙ってカミナリ電気に戻ってきた。ここから自宅までは運転すると言った光は、鼻を赤くしたまま黄色い車で帰っていた。

 

 

この思いを受けて、雷人は夕食時にこの話をした。

 

「あのさ。俺さ。やっぱり響にここにいてもらいたい」

 

「どうしたの急に」

 

「もちろん、お前の意思に従うけどさ。俺にとっては響が一番の宝物なんだ」

 

この話に輝男も冴子も泣き出した。

 

「お母さんと行き来してもぜんぜん構わない。お前のお母さんだし。でもな。俺はお前といたいんだ、やっぱり家族だから」

 

すると響は、箸をすっと置いた。

 

「僕もね。やっぱりここがいいなって思ってた。今日学校から帰ってさ、なんか落ち着くし。本当の自分でいられる感じで」

 

この話に輝男と冴子はさらに泣き出した。

 

「だから……ここにいても良いかな。お父さん」

 

「いて良いに決まってるだろう……」

 

そういって雷人も涙で息子を抱きしめた。

 

こんな感動の夜を終えてスッキリした雷人は、光に電話をしたが彼女は出てくれなかった。

 

風呂にでも入っているのかと思い、電話を諦めた彼は息子とゲームをして楽しい夜を終えた。

 

 

季節は9月になりエアコンの需要も減っていた夏の終わりは、涼しい夜に虫の音がうるさく、二人の別れを惜しむかのようにセレナーデを歌っていた。

 

 

つづく

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