第28話 恋人な二人

「あのさ。お願いがあるんだよ」

 

「お断りよ」

 

「なんだよ?何も言ってないのに」

 

「いいから!そっち持って。せーの!」

 

二人は息を合わせてエアコンを設置していた。手際良く作業している彼女に彼は口を尖らせて話し出した。

 

「だって。お前しかいねえもん」

 

「これが終わったら聞くから。さあ。それを片付ける!早く」

 

こうして年下の彼女に叱られながら、雷人は現場を撤収し次の施工先へ車を走らせた。

 

彼の話はバレーボールの話だった。

 

「今度さ。隣の県で大会があるんだけど。俺はそれを視察に行きたいわけよ」

 

「仕事が済んでいるなら別に私に断らなくてもいいのに」

 

「ちげーよ。お前に一緒に行って欲しいの!」

 

「なんでまた?」

 

雷人の話では、いつも練習試合でお世話になっている他校のコーチに会うことになると話した。

 

「その人ってさ。娘をもらってくれってって、結構マジなんだよ」

 

「もらえばいいじゃないの」

 

「おっと光さん?俺だって選ぶ権利があると思うんですけどーー?」

 

縁談の相手は、やはりバツイチで現在は家事手伝いをしている女性だと話した。

 

「俺さ。練習試合で世話になっているんで食事とかするんだけど、いつもそのお嬢さんも来るんだよ。でもさ、なんつうか、俺はイヤなんだよ」

 

「断りにくいわけね」

 

そこで光に恋人を演じて欲しいと話した。

 

「……他に方法は無いの?、まあ、婚活彼女には無理だし。元奥さんも無理か」

 

「だろう。よってお前しかいない」

 

「偉そうに言うんじゃ無いわよ」

 

それにこの作戦は響がそうしろと言ったと雷人は言った。

 


「つうか。光じゃ無いと無理だってよ」

 

「そうでしょうね。それは一理あるわ?アハハ」

 

 

少しさびしい笑顔でだったが、光は珍しく承諾してくれた。これに気を良くした雷人は、次の仕事を実に手早く終わらせ、二人でランチにした。

 

停めた車の中で二人は雷人の母が作った弁当を食べていた。

 

「はい。おしぼり。よく拭いて」

 

「わーってるよ?うっせーな」

 

「それが、人にものを頼む態度なの?まったく」

 

しかし、手のかかる彼に微笑んだ彼女は仲良くおにぎりを食べていた。

 

「ところで、奥さんはどうしたの?」

 

「ああ。今度会うんだけど。たぶん、再婚の話じゃねえのかな」

 

自分と別れるきっかけになった男だろうと雷人は淡々と話した。

 

 

「サラリーマンで、バリっとした男なんだ。まあ、俺とは真逆だな」

 

「……私は何も言うことはないけどね。ほら、海苔がついてるし?」

 

彼の口の横の海苔を取った彼女は、婚活彼女はどうしたと話した。

 

 

「ああ。今度、向こうは子供を連れてくるってさ」

 

「こっちは?響君も連れて行くの」

 

「行かないってさ」

 

「そう」

 

そんな話をしていたが、光は食べ終わったので車を走らせた。そして仕事をどんどん済ませた二人は、約束の日。一緒に県外のバレーボール大会の会場にやってきていた。

 

 

「すごい熱気」

 

「ああ。俺はあの試合が観たいんだ、あ。どうも!ご無沙汰してます」

 

 

早速他校のコーチや指導者に出会った雷人は挨拶をして行った。その背後で光はそっと立ち見守っていた。

 

「遠藤さん。そちらの方は?」

 

「ああ。まあ、彼女です。最近ボランティアで手伝ってくれているんで。光。こっちに」

 

「どうも。遠藤がお世話になっています。初めて来たんですけど、すごい熱気ですね」

 

 

バレーボールの指導者の長身揃い中、165センチの光はにこと笑顔で返した。

そして向こうで見ていると雷人に言い、挨拶を終えて座っていた。

 

雷人は一通り挨拶を済ませると光の隣にドカと座った。

 

「助かった……。お前が話した人達、結構偉いんだぞ」

 

「そう?まあ。これで少しクリアかな?」

 

そう微笑んだ今日の彼女は、雷人に合わせてスポーティーなスタイルだった。彼女はこうして彼の隣に座り一緒に試合を観戦していた。

 

雷人は目的の選手がいるようで、彼の動きを光にもチェックしてくれと言い彼女も特にすることがないのでこれを手伝っていた。

 

「ねえ。やっぱりあれって、サインよ。今のポーズは」

 

「まじで?そうか」

 

女性ならではの鋭い観察力でたくさんの情報を拾った光は、試合が終わったので別の席に移動しようと会場を歩いていると、今回のミッションの青葉高校のコーチが現れた。

 

 

「ど、どうも!遠藤です」

 

「いやいや。元気そうだね。ん?そっちの女性は?」

 

「ああ。その彼女です。自分の仕事を手伝ってくれていまして」

 

「はじめまして。遠藤がお世話になっております」

 

挨拶をした光を、ベテランコーチは鋭い眼光で見た。これに負けずに光も微笑みを返した。

 

「……そうか。こんな女性がいるなんて。君も隅に置けないね」

 

「いや?アハハハ」

 

そしてこの場に他の指導者も足を止め、おしゃべりが始まっていた。その中をそっと後ろ足で下がった光は、何気に廊下の隅に佇んでいた。

 

そんな時、大会関係者が足早に行ったり来たりしていた。

 

「何があったんすかね」

 

「ああ。一体どうしたんですか」

 

雷人達の声に答えた役員は、試合時に使用する機材が故障したと話した。

 

「ブザーが鳴らないんですけど。今は予備がないんですよ」

 

さっきまでは使えていたのにおかしいと言った役員に光は進み、自分に機材を見せてくれと話した。

 

 

「光、でも。お前、道具は」

 

「ジャーン。小さいけどいつも持ち歩いているの。じゃ、いってくるね!」

 

こうして光は雷人を置いて颯爽と走っていってしまった。やがてこの場所にも機材の鳴ると音が聞こえてきたので雷人達はおおおお!と拍手をした。

 

雷人の連れが機材を直したと話題になったが、光はこのまま他の機材もチェックし、それは試合が終わるまで修繕していた。

 

 

「ごめん。夢中になっちゃった」

 

「いいんだよ。俺も試合を観れたし」

 

そこに青葉高校のコーチが光に礼を言いに来た。

 

 

「助かりました。凄腕なんですね」

 

「とんでもないことですよ。それに電気の腕は遠藤さんの方がずっと上ですので。次回は彼に」

 

「ハハハハ」

 

嬉しそうにしている雷人は、他のコーチに呼ばれて行ってしまったが、光は青葉のコーチと二人きりになってしまった。

 

「それにしても。あなたのような人がサポートしているんじゃ、うちのチームは勝てないな?」

 

「お上手なんですね?選手のモチベーションをそうやって上げていらっしゃるんですね?さすが!」

 

「ハハハハ。君もなかなか上げてくるよ?」

 

「お待たせ。さ、光、帰ろう」

 

そういって雷人は光の手を握った。

 

「何を言っているの?。先生にご挨拶が先でしょう?すいません」

 

「わーってるよ。先生、今度は公式戦で」

 

「ああ。それに光さん。今回はありがとうな」

 

 こうして二人は駐車場まで歩いたが、雷人は手を離そうとしなかった。

 

 

 

「ねえ。この手。いつまで繋いでいるの?」

 

「お前さ……俺以外の人と楽しそうにすんなよ」

 

「は?あれは社交辞令でしょう?」

 

「……でもさ。なんかこう、むかつくんだよ」

 

子供のようにむくれている年上バツイチ子持ちの男に、彼女は肩を落としながらもまだ手を繋いでいた。

 

「あのね……私はあなたの奥さんでもないし、彼女じゃないでしょう」

 

「ああ」

 

「仕事仲間で、ムカつく生意気女なんでしょう」

 

「よく知ってるな」

 

「なんでも知ってるのよ。それにね、あなたにはね、結婚してくれそうな女の人がいるんでしょう?」

 

「まあな」

 

そう話す彼女は雷人の手を優しく握り返した。

 

「だからね。こういうことは今日で最後よ?今度からは彼女に頼みなさい。わかった?」

 

「……」

 

「お返事は?」

 

「はい……」

 

しかし。雷人はなかなか手を離せずにいた。夏の終わりの道はどこか切なく彼の心に風を吹いていた。

 

 

この夜の帰り道の運転の雷人は、信号待ちの間、助手席でうたた寝をしている彼女を見ていた。なぜかこの寝顔に胸がチクと痛んでいた。

 

 

こんな夜と終えた雷人は、翌日の夜、元妻に会った。

 

その再婚話がどうでもいいように聞こえた理由を彼はわかっていなかった。

 

 

つづく

 

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