第26話 スコール
「なあ。昨夜はありがとうな」
「もういいから」
女子更衣室盗撮男を発見した光に仕事に向かう途中の車の中で雷人は改めて礼を言った。
「なんかな。あのマッサージ師って、俺達も知らなかったんだけど、離婚して今は一人なんだとさ」
「ふーん。シュッとした良い男だったけどね」
「お前はああ言うのが趣味なのか」
運転している彼女は呆れながら一般的な話だと言った。
「まあ男の人ってさ。結婚していた時は奥さんのプロデュースでカッコ良くても離婚したらいきなり全然ダメになることあるわよね」
「俺の事か?」
「あなたの過去は知りませんが、そもそも私は過去はあんまり気にしないし」
「気にしない?」
「声が大きいよ……もう」
光の話では、雷人の過去は気にならないと言う事だった。信号待ちの彼女はそっと助手席の彼を見つめた。
「あなたは、電気工事の仕事をして、響君の息子のお父さんで良いって事」
「ふーん。過去はどうでも良いって事か」
「どうでも良くないよ。あのね」
光は慌てて話し出した。
「私はね、好きな人の過去はきっと気にし出したら、ものすごく気になるから。考えないようにしたいの」
「ほお?」
「だってそうでしょう?『ここは昔、奥さんと来たのかな』とか。『奥さんの手料理の方が好きなのかな』って、考えちゃうもの」
「……」
結構恥ずかしい話を光は夢中で話していた。
「私は男勝りの仕事をしているから。女らしい人には敵わないもの、あ。着いたよ」
そんな光は、雷人とエアコン設置の工事を始めていた。もう2ヶ月近くコンビを組んでいる二人の仕事は神業の如く素早く終えてカミナリ電気に帰っていた。
「なんか雲行きが怪しいね」
「夕立か?」
これから行く先は外部であったので雨が降れば工事ができないので、二人は天気を気にしながら進んでいた。
やがて窓にポツポツと雨が当たってきた。
「うわ。だんだん来そうだし」
「光。そこのパチンコ屋の駐車場に入れ!」
言われて駐車場に入った光だったが、止めた途端、ゴロゴロと鳴り出した。
「来る、あ」
稲光は見えたかと思うと、ゴロゴロゴロ!と音が響いた。
「こわい……どうしよう」
「なんだ。これくらい」
「私、感電したことあるから、キャ!?」
近くでピカ!と光った時、彼女は身を縮めていた。
「ううう」
「まあ。車に乗っていれば平気だ。少し落ち着け」
「う、うん。あ?」
またピカ!と光ったので彼女は目をつぶっていた。
「大丈夫か?こっちに来るか」
「いい……堪えるから」
「バカ!ほら、手を繋ぐぞ」
そう言った雷人は光を優しく抱きしめてくれていた。最近、自分に触れてくる彼であったが、不思議といやらしさがなくお父さん的な安心感が彼女にはあった。
これはきっと子を持つ彼の父親らしさというものだと、光は思っていた。
「ねえ。あのね、奥さんと結婚した経緯教えて」
「はあ?興味ないって言ってなかったか」
「いや、湧いた。社会勉強の一環でお願います」
「マジかよ……」
そんな光に雷人は己の結婚話を始めた。
「俺さ。付き合って間もない彼女が妊娠してさ。まあ、好きだったから大学を辞めて就職して籍を入れたんだ」
「よく決心したわね」
「まあ、向こう水というか、当時の俺にはかなり勢いあったな」
フロントガラスに当たる大雨を見ながら雷人は呟いた。
「結婚して金はなかったんだけど、結構楽しかったぞ。でもな、あいつも若いのに子育てばっかりで、まだ遊びたかったんだよな」
若い嫁は響を実家に預けて遊び歩くようになったと彼は話した。
「ある程度遊べが気が済むかと思ったんだけど。だんだん金が足りなくなるから本人はバイトをするって言うし。そのうちバイト先でいろんな人に知り合って」
「……もう良いよ」
「いや。良いんだ。俺がしっかりしてなかったからなんだ」
そんな雷人の胸から光はそっと離れた。
「ねえ。もう大丈夫だよ」
「そうか。震えは止まったか?」
「うん。ありがとう」
こんな優しい彼は、目下婚活で知り合った女性と結婚に向けて交際をしているのだった。
これ以上彼と親しくなってはいけない彼女は、己を戒めるように彼から離れた。
「でも。大丈夫よ。きっと今度の人はうまく行くわよ」
「まあ、な」
「もう少し雨が止んだら行こうね」
「ああ……」
夏の夕立はそんな二人の時間を止めるかのように、激しく地上に降り注いでいたのだった。
つづく
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