第25話 キラキラお星様

「光、頼みがあるんだけど」


「……何?」


「エアコン工事なんだけどよ」


雷人の話では、彼がボランティアをしている高校の工事だと話した。


「実はさ。今のエアコンが壊れているんだけど予算が無くて直せねえんだよ」


「だから?」


「だからな。どっかの工事で外した古いエアコンがあるだろう?あれを付けてやりたいんだ」


「あなたが一人でやれば良いじゃないの」


そんな冷たい彼女に雷人は口を尖らせた。


「女子更衣室なんだよ。だから頼んでいるんだよ」


「……」


黙って運転している彼女に雷人は必死に頼み始めた。


「なんつうかさ。俺、最初は電気工事をしているお前のことさ、なんで男に混じって仕事してのかなって思っていたけど。最近お前がすげって思ってさ」


「どういう点で」


「女ならではの工事をしているからだよ」


工事先の家人にきめ細やかな対応をしたり、使用する電化製品をわかりやすく説明したり、さらに女性の部屋などはやはり女性が工事したほうが家人は安心だろうと雷人は話した。


「だってお前が工事した先って。また頼んでくるし」


「たまたまよ」


「だからお願い!光様!俺を助けてくれ……」


最後はこの部屋は光も知っている男子バレー部の女子マネージャーの詩織も使用する更衣室と聞き、光はこれを承知したのだった。


こうして雷人と光は、エアコンを携えて夕刻の高校にやってきた。


「どうしてそんなコソコソするのよ?」


「監督の誠には言ってあるけど本当は県の教育委員会にちゃんと許可を出さないといけねえんだよ……」


しかし、交換なので壁に穴を開けるわけではなく、料金も発生しないので、校長の黙認で密やかに交換すると雷人は話した。


夏休みの今。部活中の生徒しかいない高校で二人は速かに工事を始めた。


「ここね。女子更衣室」


「ああ。女子マネの詩織が今日ここを使う女子生徒に話をしているはずだから」


先に部屋を偵察した光は今は無人だというので雷人も入り、古いエアコンを外し始めた。


女子の更衣室は結構脱ぎ散らかしてあり、雷人はびっくりしていた。


「こんなもんか?女子って」


「そうよ。男の目線がないところはひどいものよ……」


こんな女子あるあるに驚きつつ、二人は工事を進めていた。


「今日って、どの部は使っているの」


「体育館は今は女子バレー。もうすぐ男バレー」


「……これなら雷人さんは練習に行けそうよ。待ってね」


「ああ」


態度も口も悪いが、いつも自分のために融通してくれる光に雷人はここで話を突いてみた。


「なあ、あのさ。お前って優しいよな」


「そう?こんなもんでしょう」


光はこれは雷人が太陽電気のエアコン工事を手伝ってくれているお返しだと話した。


「あなたも優しいから、きっと婚活もうまくいくんじゃないの」


「そう?」


「うん。ねえ。それ取って」


「おお、でもな。お前って結婚ってどうなんだ」


「……そんなこと聞いてどうすんの。今は考えてないわよ」


「マジで?あの、その」


「お取り込み中ですけど、雷人コーチ」


「「うわ!」」



いつの間にか更衣室に入っていた詩織は、後どれくらいかかるか尋ねてきた。


「もうすぐ女子バレーが終わりますよ」


「そう?じゃ、雷人さんは退場!私だけでやるから」


「カッコイイ……」


「おい。詩織!」


そんな雷人は片付けるものを持って先に女子更衣室を出て行こうとした。



「ええと。これもか」


「違うわよ。それはうちのじゃない、待って?」


光が制して見つけたのは、バッグからのぞいているスマホだった。


「これ。動画を撮ってるわよ」


「え」


「まさか。盗撮か」


「嘘……」


青ざめる詩織に、光は瞬時に自分のスマホを部屋に設置した。


「詩織ちゃんの脱いだ制服の、ポケットに入れさせてもらうよ。この角度で映ると思うし」


「何をするんですか」


光は今から犯人がこのスマホを取り戻しにやって来ると話した。


「それを私のスマホで撮影するのよ」


「マジかよ?」


「雷人さん、早く撤収よ。犯人は私達がいると来ないから」


急かす光に推されて、詩織と雷人は女子更衣室から出て行った。

そして光も後から部屋から出てきた。待っていた二人はどこにいれば良いかと聞いてきた。


「ここにいたら、誰も来ないわ。そうね、向こうにいましょう」


少し離れた所で隠れていると、ここに一人の男がやってきた。


「マジで?う!」


「静かに!黙って」


「光さん……怖いです」


そんな三人は男を見届け、光は雷人の動画でこれを撮影したのだった。

そして彼が去った後、三人は女子更衣室に戻ってみた。


「無くなっているな。光の動画は?」


「……映ってる。っていうか、あの人誰?」


「「……」」


男を知ってる雷人は、苦しそうに話し出した。彼の話によれば、男は女子バレー部に来ているマッサージ師だと話した。


「奥さんも子供もいるし……俺もよく知っているやつだ」


「そんな人とは思いませんでした」


「外部の人ね。だから今日、ここを工事することを知らなかったのね」


そんな光は、今から男を捕まえて白状させると話した。



「な。待てよ!これから試合が近いんだ。選手が動揺するかもしれないし」


「何を言ってるの?こういう犯罪はエスカレートするのよ」


それに今、捕まえないと証拠を消されてしまうと光は言った。



「被害が出てからじゃ遅いのよ。警察に連絡よ。これは」


「待て!選手達が」


「練習中に撮影してるのよ?もう、確信犯じゃない。しかも自分の担当の女子高生なのに。悪質じゃないの!」


ここで先ほどからいなくなっていた詩織が、男子バレーの教諭である誠を連れてきた。



「詩織君から話は聞きました!今、女子バレーの先生もここに来ます」


「誠……」


不安そうな詩織と驚く誠を見て、光は自分のスマホを雷人に渡した。



「はい、雷人さん。これ、私のスマホ。後はあなたが解決して」


「え?」


自分は部外者なので、と言い残して光は外したエアコンを持って一人で車で帰ってしまった。


この後、女子バレーの顧問もやって来て協議した結果、本人に証拠を突き付けて確認する事になった。


言い逃れのできない状況に彼はこれを認め、女子バレーの顧問に付き添われて警察に出頭したのだった。


「ところで。あなた達は女子更衣室で何をなさっていたんですか?」


「え?あの、その」


現場を調べにきた警察官に動揺する雷人だったが、誠はすんなり答えた。


「はい。彼はエアコン工事の見積もりで。この部屋の様子を見に来たんです」


「見積もりで?」


エアコン工事は秘密だったので誠はそう誤魔化した。ここは取り換えたとはいえ古いエアコンだったのでこれを雷人は信じてもらい、解放されたのだった。


そんな雷人達は気を取り直してバレーの練習をした後、詩織に話をしないといけないので彼女を車に乗せ自宅まで送っていた。



「雷人コーチ。これって光さんはこれを見込んで証拠を隠すために先にエアコンを持って帰ったんじゃないですか?」


「……かもな?しっかし。盗撮って」


「たくさん動画があったみたいだね」


雷人も誠もショックであったが、詩織は映っても下着姿くらいだろうとケロリと話した。


「それに。私は大会が終わるまで誰にも言いませんから。きっとみんな気が付かないですよ」


「ええ。彼には仕事が忙しくなったので来れなくなったと言う言い訳にすることになりました」


「くそ……」


こうして詩織を自宅まで送った誠と雷人だったが、ここから近い太陽電気に寄って欲しいと雷人が言うので彼らはやってきた。


「どうも」


「どうだった。あ、先生もですか」


彼の車の音を聞いた光は外に出てた。

彼女は風呂上がりの姿でTシャツ姿だった。そんな彼女に雷人はスマホを返した。


「それ。証拠の動画は警察に提出したから」


「そう」


「あのな……すまなかった」


今日の盗撮を発見した時、興奮した自分を彼は謝った。


「そんなことないわ。あなたの方が正しいんじゃないの?女子生徒の事を思ったら確かに明るみにするのはショックだもの」


「光」


「もういいから。ごめんなさい、デリカシーがなかったわ。先生もお疲れ様」


そう言って家に入ろうとした光の腕を彼は捕まえた。


「そんなことない……なあ、光。こっちみろ」


「離して。私が悪いんだから」


「お前は悪くない。なあ、光」


抱きとめた彼女はうっすら涙目だった。これを見た雷人はものすごく悪いことをした気持ちになって思わず抱きしめた。


「すまない!お前を傷つけて」


「いいの放っておいて」


「良くない。あのな。光、詩織君が『ありがとう』って」


「……」


「なあ。その、泣くなよ」


「泣いているのはあなたでしょう。もう……」


こんな二人は夏の星の大三角形の下で、静かに抱き合っていた。そんな虫の涼しい音の中、ここで二人は、ハタ!と気がついた。


「オホン、やっと僕のことを思い出してくれましたか」


「す、すみません。ほら。雷人さん」


「あれ?誠っていたのか」


こうして光に背を押された雷人は車に乗った。月明かりの下の彼女は彼らを恥ずかしそうに見送ってくれた。


「なあ、雷人」


「なんだ」


「光さんに感謝しないとな」


誠は今回の盗撮は、光がいたから発見できたと言った。


「それにしても。ああやって見ると可愛い人だね。いつもキリッとしているのに」


「あ。誠、明日の練習どうする?」


「誤魔化した!アハハハ」


同級生二人の車は星空の下、キラキラした笑顔で家路に向かっていたのだった。


つづく



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