第23話 防犯カメラ
「なあ、雷人」
「なんだよ」
地域の人とバレーボールをしていた彼は仲間の山形と向かい合わせになって交互にトスを上げていた。
「お前さ、いつになったら俺に紹介してくれるんだよ」
「誰を」
「黄色い車の女の子」
「あ。山さん。そういえば車検ってどうした」
「誤魔化すな!」
こんな言い合いをしていた彼らは夜の楽しくバレーボールの練習をしたが、この後の飲み会で雷人はバレー仲間の主婦、恵子から相談を受けた。
「この前さ。雷人に防犯カメラを付けてもらったでしょう?でもまた空き巣に入られたのよ」
「マジで?何を盗られたの」
「何もなかったの。でもね……」
犯人は嫌がらせに冷蔵庫に入っていたマヨネーズやケチャップを部屋にぶちまけて出ていったと恵子は話した。
「旦那が怒ってさ。だからまた防犯カメラを増やそうと思って」
「あれはダミーだったからな。そうか」
怒り心頭の恵子の話を聞いた雷人は翌日、エアコン工事をしている時に光にこの話をした。
「ふーん。あれって、つける場所も重要なんだよね」
「俺は言われた場所につけたけど」
「でもダミーだしね。どんな家かわからないからけど、泥棒が嫌がる方法が色々あるのよ。玄関にカメラをつける人が多いけどね……ん?どうしたの」
自分をじっとみている雷人に光はドキとした。
「お前さ……このカメラ工事。俺と一緒に行ってくれないか」
「私が?」
ああと彼はうなづいた。
「俺はそんな風に泥棒の気持ち、わかんねえもん」
「行かないから!?」
こう返事をした光であったが、雷人がしつこく頼んできた。
「なあ、頼むよ!俺が防犯カメラをつけて空き巣が入ったって言われたら、俺んちにもう仕事が来なくなるし!」
「まあ、そうでしょうね」
「お願い!なんでもするから」
「なんでも?」
必死の雷人に光はどうしようかと彼を眺めていた。
「そうね……」
「ああ。なんでも言え。お姫様抱っこだってしてやるよ」
「……」
このお姫様抱っこでも、と聞いた瞬間。光は急に寂しそうな顔をした。
「いや。いいわよ……そんな事してくれなくても、私、手伝うから」
「?そうか?」
「うん……だからこの仕事早く終わらせよう」
そういって口数少なくなってしまった彼女は、エアコン工事を手早く済ませ、彼を乗せてカミナリ商会に戻ってきた。
「じゃ。明日また」
「ああ」
どこか元気のないままの光を見送った雷人は、どうにも解せぬまま風呂に入り夕食の食卓に着いていた。
「どうしたの?光さんと喧嘩したの」
「うっせ!喧嘩なんかしてねえっつうの!」
「そう?でもお父さん、元気無いね」
息子にそう言われた雷人はモヤモヤしていたがこの日は早く寝た。
そして翌日の光も元気がない様子で雷人は心配したが、数日後は一緒に防犯カメラの工事にやってきた。
「ここです。この勝手口から入られちゃって」
「ここは……良くないですね」
バレー仲間の恵子の案内にはっきり話す光に雷人はどうしてなのか尋ねた。
「それは後で。他にも見ていいですか?」
「は、はい」
光は家の周囲をぐると見渡し、一つの見解を出した。
「この家は死角が多いんですよ」
「「死角?」」
向かいの家の間に塀があるのがよくないと話した。
「泥棒は家に入るのに時間を費やす事や人に見られるのを嫌います。でもこの家の庭は、塀に囲まれて誰からも見られないし、安心して窓を押し破れますよ」
「塀が死角を作っているってこと?」
「まあ。この塀が高いもんな」
そんな家だが、光はまず家の周囲には音が鳴る砂利を敷くように話した。
「踏むと音がするんですよ。これは結構嫌がります」
「砂利ね。それは買おうっと!後は?」
「後はですね。家の中に誰かいるようにしたほうがいいですね」
気配がすればいいと彼女は話した。
「家を空ける時に照明とつけたままにするとか、ラジオをかけて出るのも有効ですよ」
「そうか」
他にもアドバイスをした光は、監視カメラの場所を移動させた。
「今の場所ではカメラがあるのが見えなかったので、ここならありますよ!って感じでしょう」
「まあな。これはダミーだし。録画するわけじゃねえもんな」
「そうか。意味がなかったわけだ?良かった、確認してもらって……」
「後はこれです」
光の手にはドアに付ける鍵があった。
「これはダミーなんですよ。ドアの上に付けるんですが、これがあると鍵をこじ開けることを諦めますね」
「へえ。こんなのがあるんだ」
「他にもこれ。百円ショップの鍵ですけど。サッシにはめ込む二重鍵で」
どれも単純なものだが、こういうものが付いている家は防犯意識が高そうだと思われると光は話した。
「だから、この家を選ばなくなりますよ」
「なるほど?すごいわね」
そんな光は今回の仕事の料金はこのグッズの代金で良いと話した。
「え?でも」
「いいんです。何か設置したわけじゃないし」
そういって車に乗ってしまったので雷人は慌てて彼女を追って車に乗った。
「ありがとうな。俺がお礼するよ」
「……要らないわよ。さあ、行くわよ」
やはり元気のない彼女は、この日はこれで仕事が終わったので雷人をカミナリ商会で下ろした。
「お疲れ様」
「ああ。お疲れ……」
しかし光が気になった雷人は、しっくり来ないまま夕刻、高校のバレーの練習に顔をだし、汗を流していた。
「雷人コーチ。これ。水です」
「ああ。サンキュー」
「何かあったんですか?」
女子マネージャーの詩織は、男子部員から雷人の様子がおかしいので聞いてこいと言われて何気に探りにきたのだった。
「ああ。あのさ。お前、女だよな。話聞いてくれるか」
「はい!」
男子部員が着替えている時に、雷人は女子マネージャーに防犯カメラの経緯を話した。
「……そうですか。お礼か」
「そーなんだよ?俺、わけわかんないし」
「たぶんですよ、たぶん……」
光は御礼とか無くても協力するつもりだったのに、あんまりこれを強調されたので傷ついたのではないかということだった。
「なんで傷つくんだよ?」
「何ていうか。お金がないと動かない人みたいに思われてるのかな?って思ったかもです」
「そんなんじゃねえぞ!」
「私に言われても……あ?鍵ちゃんと掛けたー?今、行くねー」
そういって去った女子高生の言葉に、雷人は胸を痛めていた。
この夜、雷人は思い切って光に電話をした。
『……何?』
「あのさ。今日は悪かったな」
『何が』
雷人はお礼の件をしつこく言って済まなかったと話した。
『別に気にしてないわよ』
「いや。気にしている。お前は俺を嫌いになりつつある」
『そうかもね』
「おーい!光さん!?」
しかし電話の向こうの彼女はフフフと笑っていた。
『もう、いいから!』
「いや良くない。俺の何が気に入らなかったのかハッキリ言ってくれ。眠れねえよ……」
こんな電話の彼に光は、本当にもう気にしてないと話した。
『だから早く寝てちょうだい。明日も仕事なんだから』
「本当だな?俺はもう解放されたんだな?」
『はい、そうです!だから、おやすみ。ほら、ベッドに入って』
「わーったよ。おやすみなさい……」
こうして彼女へ詫びを入れた雷人だったが、翌日はキリキリと仕事をしていった。
そんな二人は、エアコン工事を終えて次の工事先に移動していた。
「どう?腰は。調子良さそうだけど」
「ああ。だいぶ良くなって来た」
「そう?良かったわ……」
この時の光の優しいけれど少し寂しそうな顔に雷人はドキとした。
「それにあなた。最近手際が良いし。そろそろ、私無しでも工事ができそうね」
「いや。それは」
「何?自信がないの?大丈夫よ。今日も上手だったし」
運転する彼女の横顔を雷人は見れずに窓の外を見ていた。
「……やっぱり俺が嫌いになったんだ」
「はあ?違うって言ってるでしょう」
「だって。俺を除外しようとしているし……」
「除外?あのね。あなたは子を持つお父さんでしょ?」
急にふて腐れた雷人に光の方がドキドキした。
「だってそうじゃねえか。急にそんなこと言い出して」
「もう。困ったわね……」
そして信号待ちで車が止まった時、雷人は光にまっすぐ向かった。
「俺はまだお前と一緒がいい。腰が痛いのもあるけどさ。お前、やっぱり工事が上手だし。そばにいて習いたいんだ」
「……少し考えさせて」
こうして次の現場にやって来た二人は、先の会話を一旦忘れて工事をし、これを終え、カミナリ商会に戻って来た。
「じゃあね。忘れ物ない?」
ある、と言いたかった彼は無いと首を横に振った。
「またな」
「早く休んでね。また明日」
こうして去った彼女の黄色い車を彼は黙って見ていたのだった。
つづく
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