第22話 眩しい

「あいつは?」


「終わって控え室にいたから、一緒に写真を撮ってもらったよ」


「まだいるか?」


「いや。着物は脱ぐって言ってた」


「くそ……」


そしてやってきた両親にも今頃来てどうするんだと言われた彼は、頭にきて先に一人で帰ってしまった。


その夜、雷人は母が買ってきたうな重を食べながら、息子が撮った動画を見ていた。



「それ、藤娘だよ。綺麗だね……母さんもやってみたくなったよ」


舞台で舞う彼女は、美しく気品にあふれており、冴子は見様見真似で踊り出したが、響に全然違うと笑われた。


「なあ、これは一人で踊るのかよ」


「ああ。藤娘という演目はな。まあ、花形、スターだぞ」


「そうみたいだね。光さん、ずいぶん写真を撮らせて欲しいって頼まれてたよ」


「お前も撮ったんだろう、見せろ!出し惜しみするんじゃんねえ!」


息子の画像を見た父はやはりこれを自分のスマホの転送していた。


家族には婚活彼女とのデートの話を聞かれたが、雷人は特に語らず部屋に行き、サッカーの試合なんか観て寝た。



翌日。


光は雷人の心配をしてきた。


「映画の後は、あの雑貨屋で食事をしたの。どうだった?」


「美味いって言って食ってたぞ」


「……そう。で、次の約束は」


「誘ってくださいって言ってたし」


「じゃ、上手く行ったってっことか」


「ああ」


しんみりした二人はこうしてエアコン工事をして行った。



そんな二人が光が作ったお弁当を食べている時、雷人が口を開いた。これは次回はいつ発表会があるのかということだった。


「一年後ね」


「まじで?」


「そんなに観たかったの?」


「だってさ。みんな観たのに俺だけ観ていないんだもんな。ひでえよ」



こんな34歳のバツイチ男を可愛いと思ってしまった彼女は、コロコロと笑った。


「なんだよ」


「わかった!わかった!そんな顔しないで?じゃあね、連絡するから、待ってね」


こうして仕事を終えた雷人は、夜、彼女から連絡をもらった。


それは明後日の夕刻。


ひまわり老人施設に来いというものだった。



翌日、彼女と仕事をしたが、彼はあえてこの話をせず、この日までウキウキする気持ちを大切に過ごしていた。




そしてやって来た。


「あの。こちらに日舞の」


「はいはい。関係者の方ですか?どうぞ」


雷人は部屋に進むと、広いフロアには入居している老人達が席に着いていた。

彼も席を進められたが、一番後ろに立っていた。


するとホームの関係者が司会を始めた。



「それではお待たせしました!藤娘の登場です。どうぞ!」


拍手で呼ばれた舞姫は美しい着物姿で三味線老婆と手を繋いで登場した。


そしてゆっくりと老婆を座らせて、彼女はスタンバイをした。


やがて三味線の音で、舞踊が始まった。


……綺麗だ……なんであんなに優雅に……


光の舞う姿に雷人はすっかり心を奪われて、彼女を観ていた。



そんな眩しい舞は、終わった。



拍手に包まれた光は挨拶のためマイクを握った。


「ありがとうございます。もう一度、貞奴姉さんに拍手を!」


この声に拍手がアップしたので、三味線担当の老婆はまるで少女のようににっこり微笑んだので雷人はもらい泣きをしていた。


そんな彼は、老人達と握手をした光と最後に握手をした。


彼女は澄まして囁いた。



「あのね。このまま控え室に来て」


「わかった」


こうして顔を出した控え室には、貞奴というお婆さんがいた。



「貞奴姉さん。ほら、若い男性よ」


「まあまあ……どうだった?私の三味線は」


「最高でした」


「どれ、ハグをしてもらおうかね」


「いいっすよ。お?いい匂いがする」


「ハハハハ!」


やがて貞奴は施設の人と部屋に戻っていったので、光と雷人ははあ、と椅子に座った。


「フフフ、やるじゃないの」


「いやいや……でも嬉しそうだったな」


「そうなのよ……」


光はそう言って、巣の顔に戻っていた。


貞奴は光の師匠の知り合いで、最近まで稽古に通っていたが歳を取りこの施設に入居していた。そんな彼女が、寂しそうだと発表会の後の酒の席で師匠から相談を受けた光は、ここで踊ることにしたと話した。


「三味線は忘れないのね……さすがだわ」


「それにしても。お前、すごいな」


「見直した?」


「いや。それはない」


「え?」


そんな雷人は、真面目な顔でスクと立ち上がった。



「だって俺。お前のこと、最初からすげえ、尊敬してるし」


「そう……ありがとう」



本当は赤面している光だが、真っ白に塗っているので雷人にはバレずにいた。

だが、雷人は彼女にまだ攻撃を仕掛けて来た。


「なあ、写真撮っていいか。欲しいんだ」


「うん」


彼女は傘を持って、藤娘のポーズを決めた。彼はこれを撮っていた。

ここにやってきた施設の職員は、気を利かせて二人の写真を撮りましょうというので、ようやく二人はくっついた写真を撮った。


「アハ?俺、普段着だから浮いてるし?」


「まあ。私の格好に似合う服って無いと思うよ……。ねえ、雷人さん」


「な、なんだよ」


彼女にじっと見つめられた雷人は、その瞳が悲しそうに見えていた。



「……ごめんね。あの、仲間外れにしたわけじゃ無いのよ。あなた、デートだったから」


「いいんだよ。そんなの別に」


「まあ?こんな感じよ。じゃ、着替えるから。先に帰っていて」


「ああ」


しかし雷人は光が施設から出て来るまで待っていた。



「……もう。帰っていて良かったのに」


「うるせ!なんか食って帰ろうぜ」


先程まで着物だった彼女は、髪を結ったまま涼しい白い浴衣姿になっていた。白いうなじは普段見えない部分なので、雷人はドキンとしていた。



「そう?じゃあ、ラーメンがいいな」


「お前好きだな……」


そんな彼女の車と二台で彼はラーメン店に向かっていた。


夏の暑さが残る夜。


彼はじっと前を走る車の彼女を見ていた。


柳が揺れる街路樹に彼の心も揺れるのだった。



つづく。




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