第21話 フラッシュ!

「で。今度の日曜日が映画デートの日だったよね」


「ああ。それがどうかしたか?」


「いや別に……」


一軒家のエアコンの取り替え工事をしていた光と雷人は、そう言ってこれから付ける新しいエアコンをよいしょと持ち上げた。


「確認しただけよ……。行くわよ?せーの!」


「おお……重?」


こうして工事を終えた二人は光の運転で帰って来たが、彼女はボソと話し出した。


「あのね。私、日曜日にちょっとした会にでるから。輝男さんと冴子さんを……誘っても良いかな」


「構わないけど。何に出るんだよ」


「そ、それはね」


この時、雷人の電話が鳴った。


「なんだ?もしもし」


この電話は彼が以前工事したラーメン店だった。


「マジすか?なあ、光。エアコン壊れたっていうんだけど。今から無理だよな?」


「何言ってんの!行くに決まってるでしょう。型番は?」


「はあ……もしもし?行きますよ……」



詳しく型番を聞いた雷人だったが、カミナリ商会には同じ型のエアコンは無いと言った。


「どうするんだよ。お前のところにはあるのかよ」


「そのラーメン店って、うちの手前でしょう?まあ、このまま行って見るわよ」


「はいはい」


そして二人は真夏の夕刻のラーメン店にやって来た。


「どうも!って、暑?」


「当然でしょう?こんばんは!」


店内ではカウンターに客がいたがエアコンがある畳の上には誰もいなかったので、光と雷人は壊れたエアコンをチェックした。


「それ。付けても付けても、止まっちゃうんですよ」


「まあ。完全に壊れてますね」


「直すのは無理だな」


「こんなに暑いのに?」


店で汗だくでラーメンを食べている客も、団扇で仰ぎながらこの様子を見ていたが、光は雷人を車まで引っ張って来た。


「どうすんだよ」


「あのね。さっき外したエアコン付かないかな」


「ええ?」


「だってこれ。壊れたわけじゃ無いもの」


このエアコンは、古いのため電気代がかかるので交換されただけで、どこも壊れてないと光は言った。


「だから店長さんに聞いてみて。新しいのは今度付ければ良いじゃ無いの」


「わーたっよ。聞いてみっか」


そして二人は店に戻って今の話をした。すると常連らしき客の方が返事をした。



「店長さんよ。新しいエアコン付くのだって、いつになるかわかんないぞ」


「そうだよ。それに、そのエアコンだって、冷えるんだろう」



「……雷人さん。今日の工事代はお金をもらわないで。新しいのを付けた分だけもらいましょうよ、ね?」


「そうだ!奥さんの言う通りにしろ」


「あのね?お客さん。私は嫁じゃ無いですから!ほら、店長さん、どうします?」


「あの。それでお願いします……」


こうして二人は、客に断りを入れてあっという間にエアコンを取り付けたのだった。


「どうかな。涼しい風が出てると思うけど」


「お客さん。どうっすか?そっちまで来てますか」


「涼しい……」


「ああ、生き返るぜ」


カウンターの客に喜んでもらった二人はようやくカミナリ商会まで戻って来た。


「あ。私、頼みごとがあったんだった。ごめん、片付けお願いね」


「あ、ああ」


車から荷物を下ろすのを雷人の任せた光は足早にカミナリ商会に入って行った。


そして出て来た。


今夜は遅くなったので光はさっさと帰ってしまった。



「疲れた……。なあ、光の頼み事って何だったんだよ」


「ん?日舞のステージのことか?」


「日舞?ステージ?」




食卓の輝男は、そういって酒を飲んだ。



「そうだよな?母さん」


「ああ。あれ?どこに行った……チケットは」


「その封筒じゃ無いの。おばあちゃん」


「貸せ!俺に寄越せ」



奪い取った彼は中を見た。



「日舞って、舞妓さんか?」


「日本舞踊だよ。光ちゃんはそういう着物を着て踊るんだってさ」


「踊る?光が」


いつもキリリとしている彼女からまったく想像できなかった雷人だったが、母はこのステージを見に行く約束をしたと言った。




「楽しみ!それに光ちゃんはお師匠さんに言われて、文化センターの客席を埋めないといけないらしいし」


「なあ、母さん。俺、何着て行けばいんだ?」


「父さんなんかこの前着た背広でいいわよ。まだクリーニングに出してないし」


「僕も行く。面白そうだし」


「おお?そうだな。じゃあ、帰りに寿司でも食うか」


「おじいちゃん。僕、ウナギがいいな」


「いいわよ。響の好きなものにしようね」


「……くそ」


悔しそうな息子に、母はため息をつきながら話を続けた。



「だってさ。お前はその日、デートでしょう」


「そうか?例の婚活の」


「映画に行くんだよね」


「……ごちそうさま」


そんな彼は風呂に入ると、さっさと寝てしまった。



翌日。


光と仕事をした彼は、彼女に日本舞踊の話を聞いた。


「私の祖母が昔やっていて、私はよく一緒に行っていたから、まあ、何となく」


「俺よくわかんないんだけど。舞妓さんみたいなやつなんだろう」


「まあ、そのイメージでいいわよ」


年に一度の発表会は、もちろん銀次郎も来るが、せっかくなのでカミナリ一家も誘ったと彼女は言った。


「しかし。お前がそんなことができるとはな……」


「ま。これが趣味ってやつね。さあ、着いたよ。やりますか」


「おう……」


自分だけが行けない寂しい彼だったが、仕事は普通にこなしていた。


そんな彼は日曜日を迎えた。



「お父さん。行ってらっしゃい」


「ああ。なあ、動画撮ってくれよな」


「わーってるよ」


こうして雷人は婚活彼女と待ち合わせてシネコンにやって来ていた。


ここは以前練習デートで光と来たところだったので、スムーズにエスコートをして彼女と座席に座っていた。


彼女は嬉しそうに話をしてくれていたが、雷人はその話が頭に入ってこなかった。


こうして映画が始まりどこかホッとした彼は、隣の彼女と一緒にスクリーンを見るようにしていた。


やがて映画が終わり、雷人は光と来た店でランチを注文した。



彼女はシングルマザーで、女の子を育てていると話した。



「私は未婚の母なんですよ。だから税金とか高くて」


「離婚したシングルと違うってやつですね」


結婚を約束した彼は、妊娠を知り去ってしまったと彼女は話した。


「失礼ですけど、雷人さんの離婚の理由は」


「あ、その……嫁さんが他に、その」


「そうですか」


ここでシーンとなったが、彼女はスマホを取り出し雷人に子供の写真を見せた。



「どれ……可愛いですね。うちの息子はこれです」


「うわ?大きいお兄ちゃんなんですね」


こうして結構突っ込んだ話をした彼女は、ホッとしたと言った。



「私。今まで一人で子育てして来たんで……」


話を聞いてくれる雷人に、彼女はつい愚痴を話し出した。

しかし元妻に鍛えられていた雷人はうんうん、うんうん、と彼女の話を聞いてあげていた。


「そうですか、大変でしたね」


「わかっていただけますか?嬉しい……」


「あの、そろそろ。出ますか」


食事も済んだので、彼女と店を出た雷人は彼女を車に乗せ、送り出した。



「お嬢さんは?今日は?」


「親に預けています。だから時間は気にしないでください」


「……でも、せっかく日曜日だから。お母さんを待っているんじゃ無いですか」


「大丈夫ですよ。いつも預けているんで」


「そうですか」


会話もまずまず弾み、お互いそんなに気取らずに過ごせた感じの二人だったが、雷人はどこにも寄らず彼女の家までやって来た。


「あの。今日、楽しかったです。また、誘ってください」


「あ?ぜ、ぜひ」


こうして彼は彼女の家を出てきた。




……今、何時だよ?ああ、もう!……


ダメで元々、雷人はめちゃくちゃ行きたかった文化センターにやって来た。

正面玄関には響が立っていた。


「あ。お父さん。終わったよ?」


「くそ……」



つづく




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