第18話 ヒートアップ
「さ。行くわよ」
「今日も暑いな……」
昨年は冷夏であったこの街は今年は猛暑という予報が出たおかげで、空前のエアコン設置ブームが起きていた。
太陽電気で受けた仕事もさることながら、今年はカミナリ電気の仕事もこなしている光と雷人はとにかくどんどんエココンを設置して行った。
ぎっくり腰で力仕事がアウトだった雷人は光の紹介の針治療や光が買ってくれた変身ベルトのおかげで、元通りの仕事ができるようになっていた。
それに加えて二人の息の合った連携プレイに、同業者も息を巻く速さで合った。
「ええと。次の家はもうカーナビに入れたよ」
「おう。行くぞ」
一件仕事を片付けた二人は、次の家を目指して車を走らせていた。
「しかし。どうしてみんな同じメーカーのエアコンなんだろうな」
「テレビでアイドルがコマーシャルしているじゃないの」
「そんな理由で?」
二人の仕事は大型量販店からの依頼であるので、直接購入者と接したわけではないので雷人はこの意見に驚きつつも納得した。
そんな二人の車が赤信号で止まった時、光は運転している雷人に飲み物を渡した。
「飲んで。熱中症になるから」
「わーってるよ。うるせぇな」
そんな彼がごくごくと飲むの様子を、光はじっと見ていた。
「なんだよ?」
「いや……響君に似てるなって」
ペットボトルを受け取った光に雷人は軽く肩をぶつけた。
「おいおい、光さん?それを言うなら。あいつが俺に似てるんですけど」
「そうね?フフフ。あ、赤だよ」
「わーってるよ」
そんな二人は久しぶりの大きな仕事にやってきた。
「ここか」
「いよいよね」
5階建てのビル。この4階の部屋のエアコンを交換する仕事にやってきた二人は、息を吐いてからチャイムを鳴らした。
家主に挨拶をした彼らはまず、屋外のエアコンの室外機を確認した。
「屋上は暑いわね」
「室外機はここにしか置けないけどよ。絶対、熱の効率は悪いよな」
隣家との空きスペースがないこのビルのエアコンの室外機は、全て屋上に設置されていた。二人は室内のエアコンを外す作業で汗だくになり、さらに屋上で汗をかいた。
エレベーターを使用することはできたが、やがて屋上の室外機と室内のエアコンのホースをつなげる作業になった。
「光!ホースを下ろせ」
「下ろしてるーー!」
「来ないぞ。もっと下ろせー」
窓から身を出す雷人に冷や冷やした家人は自らオーライオーライとアドバイスをし、見事にエアコンの設置に貢献した。
「じゃ、雷人さんハンコもらって来てね。私はゴミを確認してくるー」
「大丈夫か?気を付けろよ……すみません。終了のサインをお願いします」
これに応じた家人の中年男性は、笑みをたたえながら雷人にヒソと話した。
「もしかして。奥さんですか」
「??違うんですけど。どうしてですかね。よく間違えられるんですよ」
不思議そうな雷人に家人はニヤと目を細めた。
「そうですか。彼女がずいぶんあなたに、いえ?すいません!勝手な話で」
答えを教えてもらえなかった雷人は、光と一緒に次の施工先へと向かったのだった。
「はい。飲み物」
「お前も飲んでるだろうな」
「うん。気にしないで」
そんな彼女は水を飲んでいたので、雷人は仕事をどんどん進めていったのだった。
しかし、その帰り道。
光は吐き気がすると言い出した。
「胸がむかむかする……」
「お前。それ熱中症だぞ。水分取っていたんだろう」
「うん……」
こんな彼女が心配なので雷人は車をドラッグストアの駐車場に停めた。そして彼女の額に手を当てた。
「熱いな。それにお前、ずいぶん服を着てるな」
「怪我の防止で、はあ、はあ」
真夏の工事なのに長袖で長ズボンの彼女の顔はどんどん赤くなっていた。
「おい。まず。服を脱げ!な」
「汗で、脱げない……」
「俺が脱がすから。お前は俺のドリンクを飲め!早く」
雷人は自分が飲んでいた経口補水液を彼女の口に運んだ。これを飲ませた彼は、光の上着を脱がせた。
「汗でこんなに?お前、暑かったのか」
「……こんなはずじゃなかったんだけど、はあ、はあ」
やがてキャミソール姿になった彼女は落ち着きを取り戻して来た。
「行くか。病院に?」
「ううん。でもまだ、ゆっくりでいい?」
「ああ。俺、飲み物買ってくるわ」
後ろ髪引かれる思いであったが、雷人は飲み物やアイスを買って車に戻って来た。そして光の看病をした。
「もう。大丈夫よ。でもこの格好ままでいい?」
「俺は気にしないから。帰るぞ」
こうして彼は光を乗せて太陽商会へ向かっていた。
普段は仕事着で化粧っけの無い彼女は、今はタンクトップ姿で、暑さに頬染めていた。
白い肌、シャンプーの香りにまざる彼女の汗の匂いに雷人は惑わされないように彼女を家まで連れて来た。
「ありがとう」
「俺に捕まれ。無理すんな」
「おかえり。あ。どうした?」
銀爺さんが驚く中、光は雷人に腕を組みながら歩き、奥の昼寝用の布団に寝転んだ。
「どうしたんじゃ」
「軽い脱水症状ですね。でも、だいぶ良くなったな」
そんな雷人は勝手にキッチンに行き、冷蔵庫の冷凍室からアイスノンを取り出し光の頭の下に置いた。
「気持ち良い……ごめんね、色々と」
「謝んなるなよ……お前は無理しすぎなんだよ」
雷人はそう言って汗の光の額にかかる髪を優しく撫でてやった。
「俺だってさ、まあ、お前に比べれば全然まだまだだけどさ。少しはさ。同僚として頼ってくれよ」
「……そう、ね」
同僚というフレーズに、一瞬、光は目を伏せていた。
「わかった……今日もありがとう。今夜はゆっくり休むね」
「あ。ああ」
こうして雷人は家路に向かった。
……なんであんな。寂しそうな顔で……
バツイチの彼は、当時の彼女を妊娠させたことがきっかけで結婚した男で、実は恋愛に関しては素人に等しい男だった。
そんな19歳で結婚した彼は息子を授かり幸せを感じていたが、勢いだけの幼い結婚は妻の浮気で幕を閉じていた。
……あいつマジで大丈夫かな……
そんな彼は家に帰ると見覚えのある車が停まっていた。
「なんだ、来てたのか」
「どうも。響を待っているんだけど、まだ出てこないのよ」
夏休みだが夏季講習があるので、元妻は息子を迎えに来たと話した。
「そうか。今、呼んでくるよ」
「早くしてって言って」
離婚しているので元夫の家族には会いたく無い元妻は、仕事帰りのスーツ姿でイライラして彼に言い放った。
そんな彼女の疲れを察した雷人は家に上がって息子に声をかけた。そして荷物をまとめさせた彼は車まで響とやって来た。
「じゃあな。気を付けてな」
「うん。父さん、また講習が終わったら来るから」
「また来るつもり?まったく。ここの家の人が甘やかすから本当に困るわ」
「すまん。でもな。マジで気をつけて帰れよ」
そんな二人を見送った彼は静かな足取りで家に入った。
「行っちゃったね」
「せっかく夕飯を食おうとしたのにな」
「しょうがねえさ。母親と一緒が一番いいだろうさ」
そういって雷一家は三人で静かな食事を済ませた。
そんな彼は風呂上りに連絡をチェックをすると、婚活で知り合った彼女から連絡が入っていた。
……『お仕事お疲れ様です。今日はどんなお仕事だったんですか』、か。
息子が不在のため、なんと返事をしようか彼は思案していた。
そもそも雷人はこういうやり取りは苦手であり、喋ることも本当は面倒だと思っている男だった。
元妻は気分屋でヒステリーなところがあり、結婚生活をしていた時の彼はずいぶん頭を悩ませていた。
なので今は婚活彼女に何という返事がベストなのか、悩んでいたが送ってみた。
『いつも通りですが、暑かったです。そちらはどうですか』
『私の職場はエアコンの設定が27度で暑かったですよ』
「なんて返事をすればいいんだよ……」
女子は話を聞いて欲しいだけなのだが、それが面倒な男は困っていたが、なんとか絞り出した。
『水分補給をして下さい。今度逢える日を楽しみにしています』
何とかこうしてメッセージを送った彼は、やはり心配で彼女に電話した。
「おい。どうだ具合は」
『うん。あの後、買ってくれた経口補水液を1本飲んだし』
彼女の声を聞いた雷人はほっとしていた。そんな彼に彼女の優しい声が聞こえて来た。
『……どうしたの。元気ないけど』
ドキとした彼は響が帰ったと正直に話した。
『そ、か……。でも。また来るんでしょう』
「まあな」
『あんまりべったりでも嫌われるわよ。もっと自分の時間を作ったら?』
「まあな」
『それに。彼女ができそうなんだもの。今はそっちが優先でしょ?』
「そう、かもな」
なぜかこれに納得できない彼は、首を傾げて彼女の声を聞いていた。
『もう、寝ましょう。明日また、仕事だもの』
「おう。お前も寝ろよ」
『うん……。今日もありがとう。おやすみなさい』
「おやすみ……」
こうして電話を切った彼は布団に入った。
「『今日も』か……」
今日も色々あったが、彼は光の言葉に胸を熱くして目蓋を閉じた。
夏の窓辺の月は青く光り、彼の部屋に差し込んでいた。
この夜の夢に誰が出て来たのか、雷人は誰にも言えない夜を過ごしたのだった。
つづく
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