第17話 彼女の理由
この日は新築のアパートにエアコンを設置するカミナリ電気の仕事で、他の電気屋と一緒に作業することになっていた。
この日に仕事を終えなくてならないので、光も雷人と協力して仕事を進めていた。
そんな中、他の作業員達と会話しながら作業を進めていると、この日の夜、打ち上げをやろうという流れになった。
「光ちゃんも来るだろう?」
「わ、私ですか?いえ、その。皆さんだけで」
逃げ腰の彼女に同僚達は首を横に振った。
「もう!いつもそうやって逃げるし?」
「それにいつも、雷人と一緒だしさ。もしかして付き合ってるの?」
「違います!?ねえ、雷人さん」
「あ、ああ」
こうして引っ込みがつかなくなった光は、飲み会に参加する羽目になってしまった。
「そうか。お前、飲み会来るの初めてだったな」
帰りの車の中で、光はうんとうなづいていた。
「実は私……外で飲むって初めてなの」
「はあ?」
いつもは女子会とか、後は銀次郎と家飲みだと彼女は言った。
「だから。どうなんだろう……不安だな」
気が強い彼女の気弱な様子に雷人はドキとしたが、まあ、気にするなと話した。
「俺も行くからさ」
「うん……。そんなに飲むつもりないけど。ごめんね、こんな私で」
「こんな私で、とか言うなよ。大丈夫だから」
この言葉にうなづいた彼女にドキドキしっぱなしの雷人は、彼女を送ると一端着替えてから、会場の居酒屋に着いた。そんな彼は、まだ来ぬ光の事を仲間から尋ねられた。
「へえ?この夏は一緒に作業してるのか」
「おう。俺がぎっくり腰をやっちまってさ」
「俺もぎっくりになりたいなぁ〜そしたら、一緒にいられるんだろう?」
「ふざけんな!」
こんな中、彼女が恐る恐る店に入ってきた。
「あ。こっちだよ!光ちゃん」
「みなさん、こんばんは」
どこか緊張している彼女だったが、いつもの作業着と違って、白いシャツにデニムのスカート姿で長い髪もゆったりと下ろしていた。こんな女性らしい彼女を見たことがなかった同僚達は彼女を隣に座るようにラブコールを送った。
「うるせ!光はここだ、ここ座れ」
「あ、ありがとう」
そして彼女は雷人の隣に座り乾杯の声にビールのジョッキを持ち、口をつけた。
「無理して飲むなよ」
「うん。でもおいしいわ」
お酒が飲めないわけではないので、仕事終わりの光は、楽しく飲み始めた。
「光ちゃん。これ食べなよ」
「どうもです!ん?おいしい」
「……おい。俺のもやるぞ。そんなにがっつくな」
女性1人ということもあって光はお姫様扱いされて、気分良く飲んでいっった。
その間、雷人は機嫌が悪かったが、光は同僚達と話し込んで酒席は進み、そして終わった。
「さて、二次会はカラオケだぞ」
「だって。どうする。光」
「私は帰る……ふわぁ」
これからの仕事の付き合いもあるので二次会に行くことにした雷人は、光をタクシー乗り場まで送った。ここには、このまま帰るという仲間がいたので彼に託して雷人はカラオケに向かった。
そして盛り上がり、この夜は機嫌良く彼は家に帰ってきた。
翌日。
午後から仕事があった雷人は、太陽電気にやってきて、光は単独で出かけたので、この日は銀次郎と一緒に出発した。
「昨夜は遅かったみたいだな」
「そっすか?光は一次会で帰ったんすけど」
「そうか?午前様だったぞ」
「マジですか?」
彼女をタクシー乗り場まで連れて行ったのは、9時台だったはずなので、雷人の頭は真っ白になった。
「ん?お前さんが一緒じゃなかったのか」
「え。あ、アハハ!一緒ですよ。ヤダな?」
こんな風に自分まで誤魔化した彼は、この日の仕事終えた後、奥の休憩室で光が帰って来るまで待たせてもらっていた。
「……ただいま。あれ?ここで何をしているの?」
「何ってお前。それはこっちのセリフだろう」
何か揉め出したようなので、銀次郎は今夜は近所のスナックに行くと言って家を出て行った。
「銀さんが言ってたぞ。お前の帰りが遅かったって」
「……別に、何もなかったわよ」
しかし、彼女の元気のない瞳に雷人は黙っていられずに彼女の両腕を掴んだ。
「言え!何かされたのか」
「何もされてないって」
「じゃ、何をしていたんだよ」
「……その、あのね。良く覚えてないんだけど」
この言葉に雷人は背中に嫌な汗をかいた。
「怒らないでね。その、あの人とタクシーに乗って帰ってきたらね」
車の中で眠くなった光が目を覚ますと、家に着いたので降りるように彼が言ったと話した。
「で」
「そこが、なんか知らないところで。目の前がラブホテルだったの」
「本当かよ……」
そんな光は走って逃げてきたと話した。
「でも。タクシーは来ないし、スマホは充電切れで。だから歩いて帰ってきたの」
「それで遅くなったのか……くそ」
「え?」
雷人はこのまま光を昼寝用の布団に押し倒した。
「ちょっと?何よ!」
「……ごめんな。お前が一緒にいてくれって言ってたのに」
彼が小刻みに震えていたので思わず光は頭を撫でた。
「もう、平気だから。ね?顔を上げて」
「平気じゃねえし。ぶっ殺す……」
光の話している男は、自分で電気屋をしているやり手の同業者で、カミナリ電気にも仕事を回してくれている既婚者だった。
「何を言っているのよ?でも、私、今日、相手にはっきり言ってきたから」
「何を」
「二度と一緒に仕事しないって。ね?だから、ほら」
そう言う光は胸の上の雷人に笑顔を見せた。しかし。彼はまだ許せなかった。
「そんなことはどうでもいいんだ……。マジでごめんな」
「いいんだっば!そうね」
光は自分に抱きついている彼にこれからラーメンでも食べに連れてってと話した。
「ね?行きたいの。連れてって」
「いいのか、そんなんで」
「いいの!だから、ほら、いい加減に起きて……」
こうしてやっと雷人は光から離れたが、今度は手を握った。
「お前な、その……何もされてないよな」
「何って。何よ」
「身体を触られたり、抱きつかれたとか」
今それをしているのは彼だったので、光はおかしくなって微笑んでしまった。
「無いよ!ささ。行こう。ね」
「わかった……」
なぜか涙ぐんでいる雷人を慰めるように彼女は彼の肩を抱いた。
自分を思ってくれている彼には交際を開始しそうなの女性がいたが、今だけは甘えるように腕を組んで二人は店に向かったのだった。
つづく
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