第14話 帰還

「ふわ?疲れたな」

 

「雷人コーチ。ハリセン行きますか?」

 

「お前、それ本気で使う気か?」

 


遠征帰りのバスの中、助手席の眠そうな雷人にマネジャーの詩織はうんとうなづいた。

 


「だって、ここに書いてあるんですよ。『勝って兜の緒を締めろ』って」

 

「勝ってないぞ?まあ、用心しろってか」

 


そんな雷人にバスの中は昼寝をしているメンバーを味方にした詩織は、光について尋ねてみた。

 

「ん?仕事仲間だぞ。あいつは電気工事をするんだ」

 

「独身なんですか?お綺麗ですけど彼氏は」

 

「いるわけないじゃん。あんなにキツい女に」


 

そういう雷人の足元には大量のお土産があったのを詩織は知っていた。


 

「そうですか。じゃ雷人コーチの彼女じゃないんですね」

 

「ああ、っていうかなんでそんなに気になるんだよ」

 

「美人さんですからね。うちの部員が騒いでいたから」

 

「そんなんだから負けるんだよ!?」

 

「アハハハ。面白いね。今度紹介してよ、雷人」

 

「そうか?キツいぞ?誠なんか泣くからな」

 

そんな話をしながらバスは高校に到着した。


 

「雷人はどうやって帰るんだ。俺が送るか」


 「いや、来たからいい。おい、こっちだ」


 

みんなが注目する中、黄色い車が到着した。


 

「どうもです。皆さん、お疲れ様でした」

 

降りてきた彼女は仕事の終わりなのか作業着姿だった。これがカッコ良かったので男子部員には眩しかった。

 

そんな光に部員達は整列した。


 

「なんなのこれ?」

 

「すいません。いいか、みんな」

 

キャプテンはすうと息を吸って挨拶をした。

 

「今回は!雷人コーチのために!光さんが!仕事を頑張ったと聞きました!ありがとうございました!」

 

そして全員でありがとうございました!と礼をしたので、光はウルウル来ていた。

 

「そ、そんな、いいんですよ。私なんて何もできないのに……」

 


そんな光に詩織は嬉しそうに話しかけた。

 

「いいえ。あのハリセン役に立ちました!」

 

「でしょ?」

 

「そこ!いいから、光も礼をしろ」

 

ここで光もどういたしまして、と挨拶を返しこれで終了した。


「さあ、帰るぞ。しかし疲れた」

 

「はいはい。車に乗って。みなさん、お先に」


 

そういって光は雷人を連れて帰ってきた。


 

「なあ、俺がいない間、何かなかったか」

 

「そうね。まあ、仕事はボチボチね」

 

「お前まさか一人でやったのか?」

 

「……簡単なのを少しだけね」

 

本当は難しい工事をたくさんしたが、雷人が気を使うので黙っていた。

そんな彼はやはり疲れが見えたので、光は自宅まで送った。

 

「今夜はお酒を飲まないで、早く寝なさいね」

 

「わーったよ、はいはい」

 

こんな雷人はお土産を彼女に渡すと自宅に帰ってきた。

そして早々に寝た。



翌日、雷人は光とペアを組んで仕事をこなしていた。


「へえ。響が手伝いを」


「うん。一度言えば覚えるし、賢いのね」


「まあな。俺の息子だもんな」


「ふふふ。そうね」



一見親バカだが、子供の成長を素直に喜ぶ雷人に光は微笑んでいた。


こうしてこの日は少なめの仕事で帰ってきた。


「今夜は地域の人バレーなんでしょう?でも無理しないで。早く疲れをとりなさいよ」


「わーってるよ。じゃあな!」


こうして彼は着替えて、近所の学校の体育館でバレーボールをしていた。




「なあ、雷人」


「なんだ、山さん」


「あの女の人誰だよ」


「誰のことだよ」


二人はボールでトスをあげながら会話をしていた。


「黄色い車の女の子」


「電気屋の娘だよ。山さんに関係ねえし」


「あるよ。美人じゃないか」



そして山さんがボールを取った。


「紹介してくれよ、俺まだ一回も結婚してないんだぞ」


「俺だって好きで離婚したわけじゃねえし?」 



 そこにママさんバレーの女性達が話に食いついてきた。


「知ってる。仕事仲間の女の子でしょう?スッとして綺麗だよね」


「うん。背筋が通った美人って感じ。よく雷人君と一緒に仕事してくれているよね」


「失礼なんですけど!さ。やりますよ」



ここで彼らはバレーボールを始めた。

昔選手だった男女は、この夜も爽やかな汗をかいていた。



そしてその後、飲み会をしていた。



「ふーん。じゃ、高校の方は結構勝てそうだんだな」


「ああ。怪我してたセッターが戻ってきたんで。大会に間に合ってよかったぜ」


そしてアルコールの入った彼らの話はバレーからなぜか雷人の恋人探しの話になっていた。


「ねえ、その光さんで良いじゃないの」


「……ダメなんだよ」



「どうして?ねえ、山さんもそう思うでしょ」


ママさんバレーの中年主婦は、雷人を息子のように思っていたので思わず興奮して山形に同意を求めた。


「ああ。何でだ?もしかして俺に譲ろうと」


「全然違うし?あいつはな、俺なんかにはもったいないんだよ……」


バツイチで子供もいる自分には、女性で電気工事で颯爽と働く光には相応しくないと言い出した。


「まあ、気持ちはわかるけど。そんなに謙遜しなくても、ねえ」


「お前はそこまでじゃないぞ。響君をしっかり育てているし。高校バレーのボランティアもやってるし


「ダメなんだよ……光はいい女なんだよ……」


そう言って酔い潰れた雷人を山形は自宅まで送った。

カミナリ一家は彼が深酔いした理由を知る由もなく、呆れて居間の畳の上に寝かせたのだった。




……🎶🎵……



「何だ?頭が痛え……もしもし」


『おはよう。雷人さん。あのね、今日の仕事なんだけど」


「ああ。もう少し小っさい声で」


『飲み過ぎじゃないの?声がガラガラで……』


先方の都合でキャンセルになったが、その間、他の工事をしたいと彼女は言った。


『どう?できそう』


「やるよ、待ってるから……」


すると彼女の黄色い車が、カミナリ電気にやってきた。やっと顔を洗った雷人は何も食べず助手席に乗り込んだ。



「はい、これ」


「なんだよ……」


紙袋の中には、二日酔いに効くドリンクや、水が入っていた。


「それ飲んで。それに道も混んでいるし、距離があるから。寝ていていいわよ」


「……なあ、光」


「何?」


「……何でもない」


本当は好きだと言いたかった雷人は、この言葉を栄養ドリンクで飲み込んだ。

これを見た彼女は、怪訝そうな顔をしていたが車を走らせていた。


夏の幹線道路。南に上がる太陽に気温は上昇中。エアコンを効かせた車内で眠る彼に自分の薄手の上着を優しく掛けた彼女は、そんな彼の思いも知らず灼熱の仕事場へ爆走していたのだった。




つづく

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