第12話 アタック


「そこ!しっかり取れ」


「はい!」


「試合はもうすぐだぞ」


生徒に強烈アタックをして練習を終えた彼に体育館にやって来た教師が声を掛けた……


「ごめんな、雷人。遅くなって」


「いいんだよ、誠。忙しいんだろう」


高校教師の有村誠は雷人の同級生で今年から母校のバレー部の顧問になっていた。しかし、彼は一切バレーボールの経験がないため、顧問として試合には監督で座るが、練習は元バレーボールの選手だった雷人にコーチを頼んでいた。


雷人は離婚して時間があったし、近所の仲間と今でもバレーボールをしていたので、運動がてらコーチをしていたのだった。


そんな誠はいよいよ高校総体だと話した。


「俺は行くけど、雷人はどうかな」


「泊まりだろうまあ、聞いてみるよ」



この翌日、雷人は光に正直に話した。

風邪が治り元気になった光は今朝は雷人が迎えにきた仕事の車で現場に向かった。


「そう。バレーの試合か。じゃあそれまでに仕事を終わらせたいってこと?」


「そうです。いかがでしょうか……」


小さくなっている雷人に光はなんとかなると言った。



「でもね。ちょっと予定を組み直すわね。余裕を持たせたいから」


「やった?やっぱ光でよかった!ヒュー」


嬉しそうに顔を明るくした34歳に、ため息が出る彼女であったが、素直な彼が憎めず微笑みが出ていた。


この日もササとエアコン設置の仕事をこなした二人は渋滞の帰り道を進んでいた。


「じゃあさ、雷人さんって、この仕事が終わったらバレーボールをしているの?」


「そうだよ」


「疲れないの?」


「高校生の練習は骨が折れるけど、最近は部活のやり過ぎを言われてさ。そんなに練習はしないんだ」


それよりも地域の仲間との練習後の打ち上げが楽しみだと彼は話した。


「ふーん。それって、女の人もいるの?」


「いるけど。みんな結婚しているおばさんだな」


「ふーん」


運転している彼女が興味深そうなので、雷人は理由を考えて彼女に尋ねた。



「もしかして、お前もやりたいのか?」


「何を」


「バレーボール」


「いいえ?せっかくですけど」


光は雷人の彼女がそこで見つからないのかな、と思ったと言った。


「ダメだな?みんな結婚してるし。それに俺の好みじゃねえもん」


「選んでいる場合じゃないと思うけど……どういう人がいいの。情報として聞くけど」


「ま、言えることは、そうだな?優しくて可愛くて素直で、慎ましくて」


「いるといいわね〜?そういう人が」


どこかトゲがある彼女だったが、雷人は無自覚で前を見ていた。



「しかしな。楽しみだな〜。県外の試合。海の方なんだ」


こんな無邪気な彼に何も言えない光は、彼をカミナリ電気に送ると帰って行った。



その夜、彼女は予定を組んでいた。


……つまり、雷人さんの方を優先したいわけだけど、うちの仕事もあるから。



この夏はカミナリ電気商会と太陽電気のエアコン工事を同時に受けている異常事態の彼らは、光&雷人と、輝男単独の2チームが基本だったが、この短期内はこれでは間に合わないことになった。


雷人は腰痛だったので光とコンビを組んでいたが、最近は調子がよさそうだし、今はそんなことを言っている場合じゃなかった。


よって、銀次郎&雷人、輝男、光の3チームとした。


そして仕事を難易度で3段階に分け、短時間で回れるように地理も考慮しスケジュールを組んだ。


銀次郎と雷人は難易度が高いが時間をかけて丁寧にやる仕事にし、輝男、光で短時間作業をたくさんこなすことにした。


……早く終われば、現場に応援に行けるし。



そんな事を思っていたら、深夜になっていた。

こうして今夜も雷人のことを考えながら、彼女は眠るのだった。



そんなスケジュールに最初、不満気味な彼だったが、難しい仕事だから!と頼られて銀次郎と進めていった。


この時は輝男が自分も休暇が欲しいと言い、神業で作業をこなしていったので光の予定通りにエアコン工事が進んでいた。


光がこんなに苦労しているのに、当の本人は、バレーボールの試合を楽しみにしていた。


そして、彼が出かける日になったこの日早朝。仕事に行く前の彼女は、ついでに高校まで彼を送っていった。




「ほら、スマホ!それに、シャツが出てるし」


「おお、すまん」



こんな雷人が心配で、光は車から降りて、彼がバスに乗るのを見届けようとした。ここに監督の誠が挨拶して来た。



「おはようございます。あの、あなたは」


「私は仕事仲間です。あの、誠先生ですか?今日は運転されるんですよね」


バスはレンタカーで、大人達は交代の運転で行くと光は聞いていたので、安全運転でお願いしますと頼んだ。


「そして、マネージャーさん、あ、いた」


一緒に行く女子マネジャーを見つけた光は、そっと紙袋を手渡した。



「悪いんだけどね。途中これを使ってね。遠慮はしなくて良いから」


「ありがとうございます!」


「おい、光。なんだ、差し入れか」


不思議そうな雷人に女子マネージャーはクスクスと笑った。


「まあ、そんなところね。さあ、いってらっしゃい!前を向いてボケっとしないで」


こうして光は保護者達と一緒に彼らに手を振ったのだった。




やがてバスは高速道路を進んでいた。早起きした生徒達が眠る中、誠が運転し、助手席には雷人が座っていた。


そんな彼らに真後ろの席の女子マネの詩織が、ブラックコーヒーを渡した。


「どうぞ!他にもガムがありますから」


「気が効くな。ガムはまだいいよ」


「ハハハハ。詩織さんが用意したのかい?」


「いいえ。さっきの女の人です。他にはですね……色んなのが入ってます」


眠気スッキリのドリンク、激辛グミ、そして、目薬も入っていた。


「うわこれ知ってるぞ、すげえしみるやつだし?光のやつ」


「雷人コーチ。ハリセンも入ってました」


「ハハハハ。愉快な人だね」


「まあな?ハハハハ」



そんな雷人は光にメッセージを入力していた。


『おかげ目が覚めました』と送ると、どうせ、いつもの毒舌が来るのだと彼は思っていた。


しかしそこには『気をつけて帰れ』とあった。


これになぜか頬が緩む雷人であった。



つづく






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