第11話 遠雷
「どこだ、どこだ……カップルばっかりで」
夏で多くの人が賑わうプールサイドに、息子の水着を勝手に着た父はキョロキョロしていた。
そして息子を見つけた。
「おい。光はどこに行ったんだよ」
クラスの仲間と泳いでいた息子は驚き顔で父に向かった。
「ええと、あそこで寝そべっているって言っていたけど」
「どこだよ。あ、いた!」
彼女は荷物と一緒にプールサイドに寝そべっていた。
「なに。どうしたの」
「それはこっちのセリフだろう」
そういって雷人は彼女の隣に座った。彼女は水着の上に白いラッシュガード着ていた。
「二人して、何でこんなところに来たんだよ」
「別にいいでしょう?私がどこに来たって」
彼女はそういってスポーツドリンクをスッと飲んだ。そんな彼女の隣に彼は俺にもくれ!とそれを横取りした。
「ところでどうだった。例の彼女は?エアコン付けたんでしょう?」
「ああ。映画の約束した」
「?すごいじゃないの……」
光は少し驚いた様子で飲み物を受け取りバッグに入れたが、雷人に小首を傾げて悪戯顔でささいた。
「まあ、一歩前進じゃないの。良かったわね」
「あ、ああ」
そんな二人は仲良く流れるプールではしゃいでいる響を見ていた。
「……ところでお前、泳がないのか」
「だって、荷物番だし」
中学生に楽しんでもらおうと彼女は響の友人の分の荷物まで見張っていたので、これを知った雷人は流れるプールでここに流れ着いた中学生に一回上がれと言った。
「泳ぎっぱなしは良くないぞ。水飲んで休憩しろ」
「はーい」
女子もいるのでハイテンションになっている彼らを見ていた光を、雷人はそっと腕を掴んだ。
「行くぞ」
「どこに?」
「俺は泳げないの!」
そういって彼は流れるプールに彼女と入っていった。
「俺はお前がいれば何でもできる、あ?冷ぇ!」
「フフフ、ほら!」
「ぎゃあ!」
そして2人は夏休みの親子連れやカップルが満載の夕焼けの流れるプールに漂っていた。
「でも……気持ちいいな」
「ふっふふ。あなたもスイミングに行ってみる?」
「うるせ」
水に身を任せている彼女は、長い髪を束ねた姿で背泳をしていた。水に濡れた上着から彼女の赤いビキニが透けて見えていた。この美しいシルエットを雷人は寄り添いながらじっと見ていた。
「おっと?お前、前の人の浮き輪に当たるぞ」
そういって彼女を庇った雷人に光はニコと笑った。
「ありがとう」
「お、おう」
こうして2人は仲良く一回りしたのだった。
そしてまた中学生に泳がせていた二人は、空を見上げていた。
「怪しい雲行きだな」
「うん。夕立が来るかもね」
その時、遠くからゴロゴロゴロという音が聞こえた。
「雷ね。まだ遠いけど危ないわ」
「ああ。水から出さないと」
その時プールの放送で、雷のためにプールから上がるようにアナウンスがあった。そんな二人はその前に水から出ていた。
「響君。荷物は持ったから早く出て!」
「来い!早く」
わかったと返事をした響だったが、一緒に泳いでいた女の子がプールの底に何か落としたと言い、なかなか出ようとしなかった。
「早く!雷が来るわよ」
「危ないな……光は先に建物に入れ!」
ここでザーーーっとバケツをひっくり返したような雨が降ってきた。そして雷が割と近くで光り、雷光も遅れずに光っていた。
……ドドーン……
「早く!響君、お友達も!」
響と女子は体勢を低くして建物の中にやって来た。しかし、雷人はいなかった。
「雷人さんは?」
「はあ、はあ。あそこに」
流れるプールの途中に橋があり、彼がその下にじっとしているのが見えた。
プールの監視員も危険なので、そのままでいるように彼に注意していた。
やがて雷は遠くへ行ったが、プールはこのまま閉園になった。
「ほら!雷人さん。大丈夫?」
「寒くなった……」
プールに身を沈めていたので体が冷えたと彼は言った。着替え室では温水シャワーが出たが、服を着てもまだ彼は寒がっていた。
「どれ。しょうがないわ。後ろに座って」
「何をするんだよ」
響は自転車で来た友人たちとおしゃべりをしている間、光は後部座席に座った雷人をやんわり抱きしめた
「お前。何するんだよ?」
「し!恥ずかしいから黙りなさいよ」
そうして二人はバスタオルに包まっていた。
「暖ったけぇ……」
「本当に冷えてる……家に帰ったらお風呂に入りなさいよ」
「わーってるよ」
こうして光に温めてもらった雷人は元気になったので、車で来た光とはここで別れて息子を乗せて自宅へ帰った。
そして自宅に戻ると、光に感謝のメールをした。
『私はいいから。エアコンの彼女にメールせよ』
「……そうか。俺、映画デートの約束したんだっけ?なんて送ればいいのかな」
「普通でいいんじゃないの。『今日はお疲れ様。映画、楽しみですね』で」
「そうか。ま、送っとくか」
こうして中学生の息子に恋愛のアドバイスをもらった彼は、光の言う通り風呂に入り酒も飲んで体を温めて寝た。
その翌日。
「あれ?光は」
仕事で彼女を迎えに来たのに、出てきたのは違う人物だった。
「ああ。なんか今日はその、ダブルブッキング?みたいな?かんじ?」
この日は彼女ではなく祖父の銀爺さんとペアを組んだ雷人は仕事を終え、銀次郎を太陽電気に送り自宅に帰ってきた。
「あれ?響はどうした」
「昨日のプールで風邪引いたんだね。熱が出たんだよ」
そう言って冴子は孫のためにおかゆを作って寝床に運んでいた。これを見た輝男は座卓の前にどっこいしょと座った。
「なんか。友達も風邪引いたみたいだぞ。お前は平気か」
「ああ。俺しばらく風邪なんて引いてないし」
「そうだったな」
「……ん?もしかして」
胸騒ぎがした雷人は光に電話した。
『なに?』
どこか苦しそうな彼女の声に雷人はおもわず目をつぶった。
「お前も熱か」
『……あなたも熱出たの?』
自分を心配する彼女に雷人は、胸が熱くなった。
「俺はなんでもないから!なあ、どーして言わないんだよ?」
『大丈夫よ。もう、寝るし』
そんな光は雷人も用心するように言って電話を切った。
「全く……」
「なんだ、光ちゃんも風邪か?そんなに入ったのか」
「……くそ」
何も知らない父にムカついても仕方ないが、この後、夕食をささと食べた彼は、息子のベッドに下に布団を敷き、看病をしながら夜を終えた。
そして翌朝。
彼は母が作ったおにぎりを携えて太陽電気にやってきた。
「早いな、今日の仕事は午後だろう?」
「はい。あの、光は?部屋ですか」
「へ?あのその」
そういって雷人はずんずん上がって彼女の部屋のドアをノックして開けた。
「いた……どうだ。調子は」
「雷人さん?……今、何時」
「いいんだよ。仕事は」
そう言って彼はペットボトルの蓋を開けて彼女に水を勧めた。
「ん、起きるから……手を貸して」
「よっと!お前、まだ体が熱いな」
パジャマ姿のまだ熱い背を彼は押して布団から体を起こしてやり、水を飲むのを見守った。
「はあ……ふう」
「熱は、どうだ」
自分の額に大きな手を当てた雷人に彼女は目を瞑ったまま答えた。
「気持ちいい……あなたの手」
「微熱だな。本当に大丈夫か」
「うん、手を貸して、トイレに……行きたい」
寝起きで熱が下がったばかりの彼女は、もっさりしていたので、雷人はそっと抱き寄せて一緒に廊下まで出て、トイレまで送った。
そして、彼女に持参した朝ごはんを食べさせていた。
「薬。これは、市販薬だけど飲め」
「……ずいぶん気が効くと思わないおじいちゃん?」
「ああ。さすがバツイチじゃ」
「子持ちって言ってください?じゃ。俺はこれで」
そして午後の仕事も1人でやると言って彼は帰って行った。
「やる時はやるんだな」
「知らなかったの?私はもう少し寝るわ、昨夜はよく眠れなかったんだ……」
そんな彼女は薬を飲んで、ベッドによろよろと入った。
彼が作ってくれた氷枕に頭を置いた彼女は、額におかれた彼の手の温もりを思い出しながら眠りついた。
つづく
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