第10話 映画デート
「……ところで、この前はどうっだったの。婚活」
「ああ。一人だけ連絡先を交換した」
「すごいじゃないの」
車の中で婚活の成果を話す雷人は、にっこり笑ってからショボンとした。
「どうしたの?」
「エアコン工事をしてるって言ったら、エアコンを付けてくれって頼まれたんだ」
「仕事の話か……」
がっかりしている雷人だったが、光は彼の膝をポンと叩いた。
「いいじゃないの。これからよ」
「そうか?」
「私だったら嫌いな人にはプライベートなことは頼まないもの。良かったじゃないの」
「ああ」
どこか不安そうな雷人の横顔をチラと見た光は、スッと息を吐いた。そして到着した家の工事は、昼寝効果であっという間に済ませた二人は、夜道を帰ったのだった。
その数日後。
雷人は例の彼女の家のエアコン工事の日程を電話していた。
「それで。部屋は何畳ですか?ええ?わかんないの?じゃあ、今付いているエアコンはどんなのですか」
「もう!代わりなさいよ……もしもし。お電話代わりました」
光が的確に尋ねている様子をカミナリ電気の居間にいた雷人と響は黙って聞いていた。
「はい。繰り返しますね。製造番号は〇〇ですね?はい、そしてそれは西芝で。わかりました。では今、社長に代わります!」
「え?社長は親父で」
「いいんだよ!父さんが出なよ」
こうして光が段取りしたので、雷人は工事の日程を彼女を取り決めたのだった。
「ふう?やれやれだな」
「なにがやれやれよ。しっかりしなさいよ」
「そうだよ。もう、参るよ」
光と響にあきれられた雷人だったが、光は話を続けた。
「でね。その工事をするのはいいけど。その後はどうなの」
「後って?」
「次のデートをどうするのかってこと!父さん、本気で結婚する気あるの」
「そうか。デートをしないといけないのか」
「響君。あなたのお父さんって……結婚してたんだよね」
「うん。僕の母さんと」
「うるさい!いいだろう別に!」
しかし。響は映画に誘えばいいと話した。
「それなら父さんでも言えるでしょう」
「シネコンに行けばいいわよ」
「シネコン?なんだそれは」
これを聞いた響と光は顔を見合わせて下を向いた。
「……響君。後は任せたわ」
「いや?僕、部屋で勉強するね」
「はい?」
こんな雷人を連れて光はこの日も工事を済ませたが、その翌日はエアコン工事が早く終わった。
「今日はこの後予定は無いんでしょう?」
「なくて悪かっったな」
「……じゃあ、ちょっと付き合ってもらおうかな」
そんな光が連れてきたのは映画館だった。
「シネマコンプレックス、映画の複合施設よ」
「今はこんな風になっているんだ?へえ」
「どの映画が良い?戦隊モノやアニメもあるわよ」
「俺を子供扱いするな!」
すると光は、ちょっとだけ目を伏せた。
「……ごめん。冗談よ」
「まあ。嫌いじゃ無いけどさ」
そんな中、光はハリウッドのアクション映画を選んだ。
「よし。じゃ。チケットを買ってみよう」
「俺が?まあ、練習か」
ここで雷人は光に見張られながら席を選び、やっとの思いで席まで辿り着いた。
「この肘掛けに、こうやってトレーを固定させるのよ」
「すげ」
「はい。コーラ。ポップコーンよ」
「おお!うまそう」
そして映画が始まった。結構面白かったので2人は盛り上がって見ていた。
しかし、シリアスなシーンでは、光が泣いていたので雷人は黙って見ていた。
「はあ……面白かった」
「そうね。良かったね……」
まだクライマックスの影響でしんみりしている光を励ますように雷人は映画館を出た。
「……そうだった。この後なんだけど、食事に行かないと」
「お前。大丈夫か?」
うんと光はゆっくりうなづいた。
「大丈夫。あのね、デートだから、映画の後は食事に誘わないとダメでしょう?だから、こっちに来て」
光はそう言って雷人の服を袖を掴んで歩き出した。
しかし、彼女が歩く先は隣接しているショッピングモールのレストラン街ではなく、しゃれた雑貨屋さんだった。
「買い物か?」
「この奥に店があるの。すいません。2名です」
そして席に座った彼女は、映画が終わった後はどの店も混むと話した。
「ここは穴場なの」
「ふーん」
「ねえ。何にする?ここはハンバーグとパスタの店なんだけど。どっちにする?」
「俺は飯が喰いたい」
「じゃ、私はパスタにするわ」
こうしてオーダーした光を雷人はじっと見ていた。
「どうしたの?」
「いや。お前。ここに来たことあるのかよ」
「雑貨は見たけど、食事はしたこと無いの」
「ふーん」
以前、他の男と来たのか気になった雷人だったが、そういうわけじゃなさそうなので安心して、明日の工事の話をしていた。
やがて出てきた料理はどちらも美味しそうだったので、二人は分けて食べていた。
こうして映画デートの予行練習をしてもらった雷人は、光に送ってもらい家に帰ってきた。
「おかえりー。で、結局観たのは戦隊モノ?」
「……なんでそうなるんだよ?ハリウッドのアクション映画だよ」
「なんだ?てっきり、戦隊モノかアニメだと思ったのに」
息子のこのセリフに、思わず雷人は眉を潜めた。
「なんで、お前がそんなことを?……もしかして。お前、光に聞かれたのか」
「うん。お父さんの好きな映画でしょう。教えたよ」
「……くそ」
つい光に強く言ってしまった自分にイラとした雷人は風呂に入ったが、やはり悶々としていた。
「そんなに気になるなら、電話すれば?」
「うるせ。お前は風呂入って寝ろ」
そう言って彼は電話をかけた。
『……何?』
「何じゃ無いだろう?どうして映画の話、響が言ったって言わなかったんだよ」
『別に。私の勝手でしょ』
映画の時はあんなに可愛かった彼女が、なんか今はやさぐれているので、この変わり様に雷人は、何があったか聞いてみた。
「言えよ。ほら!」
『なんでも無いって、もう寝るから……切るわよ』
「おい待て?良いから聞けよ」
『……』
「今日は楽しかった。ありがとうな」
『わかった……じゃ、おやすみ』
「おやすみ」
最後は優しい声だったので雷人は安心して床に着いた。
その翌日は普通に一緒に仕事をしたが、光はどこか元気が無かった。その理由を聞かないまま、雷人は婚活で知り合った彼女の祖母の家のエアコンを取り付けに行った。
ここに設置するエアコンは光が選んだものであったが、これを使用する老婆はとても喜んだ。
「前と同じリモコンだ?これなら婆ちゃんも使えるよ」
「同じ西芝ですからね」
そして雷人は光の指示で、おばあさんがいつも座る場所にエアコンの風が当たらないようにセッティングしてやった。
「良かった。今までは寒かったんだよ」
「……遠藤さん。ありがとうございます。おばあちゃん良かったね」
「ああ。こちらこそ」
そして工事が済んだ雷人は、彼女から映画に誘われた。
「良いっすよ」
「良かった!じゃ、あとで連絡しますね」
「はい……どうも」
こうして上手くいったはずの雷人は、自宅のカミナリ電気に帰ってきた。
「ただいま……。あれ。響は?」
「なんかね。運動不足とか言って、光ちゃんとプールに行ったよ」
「マジで?どこの」
なんでそんなこと聞くのと顔に書いてある母は面倒くさそうに話を続けた。
「……たまには楽しんだ方が良いって、お父さんが流れるプールの割引券を」
「俺も行く!」
仕事着を脱ぎ捨てた彼は、Tシャツとハーフパンツ姿で車に乗り込んだ。
エンジンをかけながら息子に電話をし、自分も行くと伝えた。
夏の夕刻の道を、彼は鼻唄混じりで進んで行ったのだった。
つづく
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