第9話 プラスとマイナス

「やべ。メールするの忘れてた」


「今すぐしなさいよ」



エアコンを設置した帰り道の助手席の雷人に光は呆れた様子で言った。


「どうしようかな……電話がいいかな」


「急ぎなら電話でしょ?」


「そうだけど」



大人しくなった雷人に何がったのか光は訊ねた。


「婚活で知り合った彼女なんだ」


「婚活?雷人さん結婚したいの?」


「お前、失礼!?くそ……」


そんな雷人に光が謝ると彼はポツポツ話し出した。



「俺さ。ギックリになる前に知り合ったんだけどさ。腰悪くした時、元気になったら連絡するって言って。そのままだったんだ」


「もう一カ月ね。その間全然連絡してなかったの?」


「……だって用も無いし」


溜息しか出ない光だったが、今晩正直に電話をしろと言って彼をカミナリ電気商会に降ろした。


その夜雷人は電話をしたが、相手はもう電話しないで、と言って切ってしまった。



翌日、雷人はこれを光に報告した。


「それはそうでしょうね。一か月ほったらかしで」


「悪い事したよ……いい人だったんだけどな」


このバツイチ男に結婚願望があったとは知らなかった光は、どんな婚活をしているのか聞いてみた。



「それなんだけどさ。今までは普通の婚活パーティーに参加してたんだけど。俺、今度、違う会に行こうと思って」


「どんな会なの」


「離婚歴のある人ばっかの会なんだってさ」


「そういうのが有るんだ……」


そんな未婚の光はエアコンを付けながら、興味津々で聞いていた。



「俺さ、年は若い方だから普通の会を勧められるんだけどさ。バツイチだから、このステージではダメなんだよな……」



「ライバルは未婚だもんね」



「そうなんだよ。俺は最近それに気が付いたんだ」


「最近?フフフ。ねえ、そっち持って」


「おお!」


そんな雷人はいつも数回会った後、大きな子供がいるのがちょっと、と言われて振られると話した。


「響には悪いけど。そう言われるんだよな」


「……あのね。雷人さん。それだけじゃないと思うよ」


「は?」


光は大きなダンボールを片付けながら話しだした。



「いい?雷人さんの何かが嫌で交際を断りたいとするでしょう?そうだな、例えば、食べ方が嫌いとかそういう理由って、相手はあなたにそれを言えないわけよ」


「ふんふん」


「だからあなたを傷つけないように、子供を理由にするってこと」


「……そうか。じゃ響のせいじゃないってことかよ」


「うん。だって初めから子持ちって言っているんでしょう?だったらそうよ」


「なるほど……」


感心している男を無視して光は片付けて行った。




「あのな、光?じゃあさ。俺はなんで振られるんだろうな」


「私が知るわけないでしょう」


本気で婚活している様子に光はなぜか寂しくなっていた。




そんな二人は、今日は公園の駐車場で、光が作った弁当を広げていた。



「でもね。今度は離婚歴同志の婚活なんでしょう?だったら近道かもね。はい、おしぼり」


「ああ。だから話しが早いと思うんだ」


光が渡したおしぼりで手を拭いた雷人に、彼女は海苔を巻いたお握りを手渡した。


「はい、焼きタラコ。でも向こうにもお子さんがいるわけでしょう」


「おお。でも俺、子供好きだし」


「そう、だったね」


工事をする家の子供と仲良くしている様子に、これが本当だと光は思っていた。



「ま。頑張って。応援するから」


「……それよりもこれ美味い?まだあるか?食いたいんだけど」


「はいはい、どうぞ」


そんな話しをしていた数日後。


雷人は週末に婚活に行く事になったので、光はこのために仕事を調整して早めに彼をカミナリ電気に連れて来た。


この日は雨だったので光は雷人を駅まで送ってやろうと彼の支度が終わるのを待っていた。


「お待たせ。駅まで頼むよ」


「……本気なの」


「え」



彼の私服はハーフパンツにアロハシャツだったので、光は頭を抱えてしまった。


「俺はいつもこれだぜ。勝負服」


「せめてポロシャツは無いの?一緒にいて恥ずかしいレベルだよ……」


「まじで」


見かねた光は、響に声を掛けて響の服を出させた。



「この白いシャツ!ズボンもこれ!早く」


「は、はい!」


こうして着替えた雷人を、今度は響のヘアワックスで髪を整えてやった。



「……後はどうしようもないわ。そうだ、腕時計は?」


「ないよ」


「子供みたいでカッコ付かないわ……いいや?私の貸すわ」


大ぶりのスポーツウォッチを付けさせ、靴も選んだ光は彼を車で送り駅で降ろした。



そして翌日。


工事の仕事が無いが、雷人は時計を返そうと光の家の太陽電気に顔を出した。



「お。なんじゃ雷人か」


「どうもっす!光は?」



彼女は近所のちょっとした工事に出かけてしまったと銀次郎は話した。そんな彼は少し物さびしかったが、時計を返し家に帰った。


……メールしておくか。『お返しします』と。


しかし、なかなか返信が無く、彼はなぜかやきもきしていた。



そして彼が夕食を終え風呂から出た頃、返信が来た。


これにより彼女は今まで仕事をしていたと雷人は悟った。



「どうしたの」


「……光のやつ。どうして言わねぇんだよ。くそ」


リビング内で響の声も聞こえない様子で雷人は電話をした。



「もしもし。おい、光」


『なによ。いきなり』


「どうして仕事が入っているなら俺に言わないんだよ?手伝ったのに」


『すぐに終わると思ったのよ』


「……それならいいけど」



そんな彼女は疲れた声だったので、雷人は怒りを鎮めて電話を切った。



「くそ。俺ってそんなに頼りないかよ」


そういってビールを煽る父にゲームをしていた息子が口を開いた。


「もしかしてさ。気を遣ったんじゃないの?」


「何を」


「……父さん。夕べ婚活だったから、帰りが遅くなったとか……。もしかして次の日にデートをするとか、そう言う風に思ったんじゃないの」



「まじかよ」


「光さんは……そういう人でしょう」


「……寝る!」


そんな父を見た息子は呆れてゲームをしていた。




翌日の朝。


光はいつものようにカミナリ電気にやってきた。



「おはようございます。あれ?雷人さん」


なんかムスとした雷人に驚いた光だったが、彼はすっと助手席のドアを開けた。



「うっす。行くか」


「はい?」


そしてやけに無口な彼はエアコン工事ではきびきびした様子を見せ、光を驚かせた。



この日は速く仕事が済んだので、次の仕事まで一旦、家に戻ろうと雷人が言い出した。



「いいよ。お前の家で」


「なんで?雷人さんの家まで送るわよ」


「あのな。車、停めてくれ」



光がコンビニに停めると雷人はまっすぐ光を見た。



「あのな、変な気を回すなよ」


「……」


「俺は確かに腰も悪いし頭も悪い。それに嫁さん探しをしているけどさ。お前の仕事には迷惑かけないから!そのな……もっと頼ってくれよ」


「……でも」


「でも、なんだよ?」



理由を自分でも表現できない光は、黙って俯いていたが、うんと頷いた。



「そうか。よし」


「でも……どうして私の家に帰るの?」


「お前が疲れているから!見てらんないの!少しでも良いから昼寝しろよ」


「わかりました」



こうして二人は太陽電気に戻ってきた。銀次郎は不在であった。



「工事は夕方以降だもんね、少し寝るか、ふわあ……」


「俺も眠くなった?ふわあ… …」



そんな光はいつも昼寝をしている店の奥座敷に雷人を連れて来た。



ここには硬そうな布団が一組敷いてあった。



「眠い?……私は畳みでいいから、あなたは布団で休んで」


「お前が布団だろう」


「腰がダメでしょう」


すると雷人は光の腕を取った。




「いいよ。ほら一緒で……」


そして二人は固い布団に横になった。



「この布団!腰にいいな?……」


「……スマホでタイマーセットしたから、ほら、枕」


「半分でいい、お前、もっとこっちに来いよ」


「……スースー……」



同じ枕で背を向けて寝ている彼女の寝息に誘われて、雷人もあっという間に眠ってしまった。


そして雷人はタイマーの音で目が覚めた。





……PPPPP……


「……おい、光。それ、止めろ」


「うん……あれ、どこ……止めて」


「俺?なんでだよ……」


そう文句を言いながら、雷人はタイマーをストップさせた。


「今……何時なの……」


「4時」


「……起きなくちゃ。よいしょっと」


体を起こした光は、いつものようなキビキビした感じではなく、まだ眠そうにもっさりしていた。このあどけない顔に雷人はドキとした。


「雷人さん……その水、取って」


「これか?ほれ」


光は受け取ったペットボトルのミネラルウォーターの蓋を開けようとしていたが、すぐに雷人に返した。


「……開かない」


「開けたぞ?こぼすなよ」


これを両手で持って目をつぶって飲んでいる光があまりにも可愛らしくて雷人は思わずじっと見てしまった。


「ふう。もう……要らない」


「じゃ。蓋するぞ」


「うん。そこに、置いて」


「よし。立てるか」


うん、とうなづいた光はゆっくりと立とうとしたので、雷人は腕を組んで立たせてやった。


「大丈夫か」


「……うん。なんか久しびりに熟睡しちゃったみたいで、ごめん」


「いいんだ。俺が運転するから」


「ありがと……」



そして彼女はトイレに行って用意すると言うので雷人は車で待っていた。


……何なんだよ。あんなに素直で……


そんなドキドキを誤魔化すように彼は車の運転席に乗った。




つづく

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