第8話 コンセント物語

「なあ、光、明後日のエアコン工事の後だけど」


「何?」


「俺の仕事を見て欲しいんだよ」


エアコンを設置しながら雷人は頼れる女電気工事士、年下の光に相談していた。



「俺の知り合いでさ。部屋のコンセントを増やして欲しいって言うんだよ」


「あなたが増やせばいいでしょ」



しかし、自分は気が利かないので一緒に来て欲しいと彼は言った。



「年頃の娘さんの部屋だっていうしさ。俺じゃちょっと」


「……わかったわよ。いいから、そっち持って。ほら」


「はいはい」


そんな光は外した古いエアコンを雷人と持って車に戻って来た。


「……これで終了か。ねえ、家の人に終了にハンコもらって来て」


「ああ……」


今日の彼女はちょっと疲れた様子だったので雷人は家人にハンコをもらって車に戻って来た。


「じゃ、行くわよ」


「おう」


腰痛の雷人を庇うように光は重い物を持ち工事を進めているが、今日の彼女はどうも調子が悪そうだった。



「そうか、お前はそうか……」


「何よ?」


「いや?なんでも無いし?そうか」


一人納得した彼は、次の工事先でもちゃっちゃと仕事を進めていた。




「なあ、光。大丈夫か」


「ん?何が」


「腹が痛いなら無理すんなよ」


「??」


「わーってるって。お前、あの日なんだろう。無理すんなよ」


「……」


バツイチの雷人は光が生理の日だと思い、優しくしようとしている事に光は気がついた。



「どうしてそう思ったの」


「ん?お前さ。昨日からちょっとイライラしてたし。なんか、身体、辛そうだしよ」


「まあ、そうだけど。よくわかったわね」


「俺の前のカミさんさ。生理の前はすげえイライラしてたんで、俺も鍛えられたんだ」


そういって彼はヨイショ!と段ボールを運んだ。これをみて光は慌てて一緒に運んだ。


「大丈夫?あなたも腰が悪いんだから無理しないで」


「これくらいは平気だ。よっと!」


そんな光は痛み止めを飲んでいるから気にするなと言った。


「いちいち言い訳してられないもの。だから気にしないで」


「……女は大変だな。でもよ。俺は相棒なんだから甘えてくれよ。じゃないと俺はお前に甘えられねえし」


そう素直に自分を見つめてくる雷人にドキンとしたことを光は必死で隠しこの日は仕事を終えた。



こんな二人はコンセントを増やす工事のために一軒家にやって来た。


「どうも。この部屋なんです。娘が今の場所だと不便だっていうので」


「はい。失礼します」


「どうもっす!」


家人の案内で女子高生の部屋に入った二人は、増やす箇所を確認していた。


簡単なのは隣の部屋のコンセントの裏側のこちらの壁にコンセントを増やすやり方であり、この方法を家人に了解を得た光は雷人に工事をさせていた。


「後もう一箇所ですね。どこにしようかな、あ。ここにどうかな」


後の箇所は、現在の配線を壁の中で伸ばすことになり、工事がしやすい箇所が限られるため、光は設置場所を家人に確認し、この場所でOKをもらった。


「だってさ。雷人さん。ねえ、そっちはどう?」


「今、C型はさみ金具を新しくしてたんだけど。あのな、光。これなんだ?」


雷人は見慣れない小型の黒い配線を持っていた。


「なあ、これって、もしかして。むぐ!」


「黙って!静かに……」


光に口を塞がれた雷人は、彼女に黙るように目で指示されたのでうんとうなづき、離れた部屋で開放してもらった。


「はあ、はあ……お前、マジ怖かった?」


「うるさいわね?あれは盗聴器よ」


ここにやってきた家人の奥方に光はひそひそと話をした。



「ええ?盗聴器?娘の部屋で」


「まだ外してませんが、なにか心当たりありますか?」


「……すみません。ちょっと気分が」


「奥さん座ってください。こっちに」


ここで雷人は優しく奥方をソファに進め、自分達に用意されていた麦茶を奥方に飲ませていた。



「気分はどうっすか」


「……ありがとうございます。優しいんですね。うちの主人とは大違いよ」


「いや。自分はそんな?」


「ふふ。電気屋さん。これは多分、うちの主人の仕業です」


奥方はそういって部屋に飾られた家族写真を見つめた。

彼女の話によれば、夫は介護のために近くにある夫の実家に住んでいると話した。


「ここの家には私の高齢の母がおりまして。それに主人は在宅の仕事なので、実家で仕事をして最近はそのまま住んでいるんですよ」


「別居ですか。でも、どうして盗聴器を?なあ、光」


「……たぶん、ご主人は自分の留守の間が気になるんでしょうね」


「そうだと思います。心当たりがあります」


自分達が遅くまでテレビを見ていると、早く寝ろと電話がかかってきたり、夕食のメニューを知っていたりと、今まで不思議だったことが合致したと彼女は話した。


「焼きもち焼きなだし、年頃の娘の事が気になったんだと思います」


「じゃ、外しますか?工事のついでに見つけたって」


そんな雷人に光は黙って奥方を見つめた。



「雷人さん。そんな事をしてもご主人の気は晴れないわ」


「そうですね。また付けるだろうし」


そんな奥方はこのままにしてくれと話した。



「私達は聞かれて困るような事はしていませんし」


「でも。奥さん。娘さんのプライバシーがありますので、これ、壊しましょうか?」


「「壊すぅ?」」


外さず接触不良にし、使えないようにすればいいと光は言った。


「娘さんの部屋っていうのは、やっぱりダメですよ?奥さん」


「……」


光は娘の部屋はいつも施錠し、盗聴器をつけたくば、居間につけさせろと言った。


「そうですね。確かに」


「……すいません。ご家族の話なのに。では、雷人さんは奥さんをお願い」


「うっす!」


そんな光はこの破壊工作をし、新たなコンセントも増やしミッションを速やかに解決していた。その頃、居間では雷人が奥方の相手をしていた。



「はあ、しかし、盗聴器なんて」


「ショックですよね。まあ。気になる気持ちも分かりますが」


「あなたもそうなの?」


奥方の目を見た雷人は、その目に、元妻の不安そうな顔を思い出していた。



「……自分のいない間って、気になりますね。まあ、自分は盗聴器はつけませんが」


結婚経験のある雷人は、奥方にご主人へこまめに連絡をしたらどうかと話した。


「くだらないことでもいいんですよ。メールで『今夜はカレーだったよ』とか」


「いちいちですか」


「そっすよ。そして夕食も誘うとか。たぶん、寂しいんですよ。ご主人は」


「……まあ、確かに向こうの親に任せてほったらかしだったかもしれませんね」



こうしてコンセントを増やした二人は、請求書を置いて帰ってきた。


「しっかし。色んな人がいるんだな」


「そうね。盗聴器は結構あるから今後も扱いに気をつけないとね」


「ああ。しかし、今日もお前がいて助かったよ」


「そうでも無いわよ……」


雷人が奥方を慰めていたことを光は思い出していた。そんな彼女は運転をしながらカミナリ電気に向かっていた。そんな光の横顔を雷人はじっと見ていた。



「なに?」


「いや。盗聴器をつけるなんてさ。よっぽど家族が気になるんだなって」


「まあ、ご主人と決まってはいないけどね」


雷人は自分はそこまでやってらんねぇと話した。



「そうね、心配しているようだけど、束縛でしょ?私なら即、通報ね」


「おお怖?でも大丈夫だ。お前の旦那になるやつは盗聴器は仕掛けねえから」


「どうしてなの?」


雷人はアハハハ!と笑った。


「だってさ。お前って丸わかりで隠し事できねえから。な!安心しろ……ハハ」


「……」


何も言うことはない光は冷ややかな目で彼を一瞥し、車を運転してた。


「着きました。じゃあね」


「おう!あ。これ。やるから」


「何これ」


いいからいいから!と雷人は笑顔で車から降り家に入って行った。



「何よ……これは。ドリンク?」


鉄分とカルシウム入りの栄養ドリンクが助手席に置いてあった。

これを見た光は、気を取り直して自宅へ帰って行ったのだった。



後日。


この奥方の家に二人は代金をもらいに立ち寄った。




「お手数かけました。あの、主人なんですけど」


盗聴器が壊れたせいか、夫は頻繁に家に来るようになったと彼女は話した。


「今は昼食を一緒に取るようにして、コミュニケーションを図ろうかと」


「そうですか」


「……また何かあったら言ってください。行くぞ、光」


こうして二人は次の工事へ向かった。


「ところでなあ、光。お前さ、どうして今日は髪を下ろしているんだよ」


「さあ?当ててみてよ」


この夏。長い髪をいつもアップにしている光は、今は長いまま下ろしていたので雷人は気になっていた。


「私の事はなんでもわかるんじゃなかったの」


「くそ……あ。そうか。お前は首のキスマークを隠しているんだな?」


「ああ、そうよ。よくわかったわね🎵」


「マジで?」


冗談で言ったのに光が肯定したので青ざめた雷人は慌てて運転している彼女を向いた。


「昨夜の彼がしつこくて?参るわホント……」


ホホホと朗らかに笑う光に雷人は本気で彼女の肩を掴んだ。



「なあ……おい、見せろ?光、ちょっと!?光!男ってなんだよ」


「危ない?もう!肩から手を離して?もう、あのね、これよ……」


信号待ちで髪をかき上げた彼女の細い首には、湿布が貼ってあった。



「寝違えたの。これ、痛くて」


「どらどら?はあ、良かった……アハハ?なーんだ」


ほっとした彼は助手席に深く座った。これをみた光はフフフと笑った。



「心配した?フッフ」


「くそ……俺とした事が?まあ、お前に男がいようが女がいようが俺には関係ないし?」


「あ。そう?それはどうもすみませ、痛たたた……うううう」


「大丈夫か?なあ、俺が運転代るぞ」


「う、うん。ごめん、あなたも腰が痛いのに……」



痛みで涙目になっている光を見て、雷人はいてもたってもいられず車を停めさせた。


太陽に照らされた幹線道路沿いのコンビニの駐車場で運転を代わった二人は、眩しい日差しの中、次の工事先へと車を走らせたのだった。




つづく

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