第7話 雷は家の中にも潜んでいる

「オッス!今日も暑いな」


「夏ですからね」


黄色い車で迎えに来た光の車の助手席に雷人はまだ痛む腰を庇うように乗り込んだ。


「大丈夫?」


「ああ。つうかさ。お前は俺の腰が痛くたって仕事に行くんだろう」


「よくおわかりで?さ、行くわよ」


こんな憎まれ口の二人は一軒家のエココンを付けにやってきた。今までのものは壊れているので、まずこれを外す作業であったが、腰痛の雷人に車に物をとってこさせている間に光は力仕事を済ませてしまった。


「あ?お前また一人でやったし」


「ぶつぶつ言わない。さ、そっちをお願い」


「くそ……」


力仕事をさせてもらえない彼の悔しそうな顔を家人の主婦は笑っていた。


「奥さん。優しんですね」


「いや?あれは嫁さんじゃないんですよ。どうしてそう見えるのかな……」


二人でいると高確率で夫婦に間違われるので雷人はこの主婦に尋ねてみた。


「そうね……まず、仲が良さそうで」


「どこが?!」


驚く雷人を彼女はコロコロと笑った。


「だって、本音でなんでも話しているように思えたので」


「そうですか?まあ、向こうがそうなんで」


「私は普段パートで事務をしていますが、仲間とそんな気安く話はできないですよ?」


「気安く?そうなのかな」


するとここに光が顔を出した。


「雷人さん?終わったの?だったら、外をお願い」


「はいはい……やれやれ」


「やっぱり……ごめん、あのね。?雷人さん」


ふと腰に手を当てた彼を見た光は、ここの工事が早く済んだので、次の工事先の家に早く行っても良いか電話してくれと言った。


「ここはもういいから。外で電話して!ほら!行って」


「わーったよ……」


面倒くさそうに髪をかきあげた彼は、家から出て電話をしに行った。これを見た主婦は光に微笑んだ。


「もしかして。彼の腰を心配したの?」


「そ、そう言うわけじゃないですけど。ちょっと痛めているので」


恥ずかしそうに片付ける光を主婦は目を細めて見ていた。


「優しいのね。でも彼は気が付いていないようだけど」


「いいんです。気が付かない方が……」


無理されても困るし、他の仕事をしてもらいたいと光は話したが、主婦はニンマリしていた。


「そか。彼は幸せ者ね」


「……まあ。ある意味そうかもしれないですね?フフフ」


こんな女子の話を知らない彼は、光の言われた話を済ませ家人に終了のハンコをもらっていた。


「ここっす」


「……ねえ。悪いこと言わないから。彼女を大切にね」


「??はあ?」


そういってサインをもらい家を出た二人は次の工事先へ向かっていた。


「どう。腰は」


「ああ。今日は痛み止め飲まないでやっているんだ」


そんな雷人は、もう少し俺に仕事をやらせろ!言い出した。


「わかってるけど。しっかり治した方がいいでしょ」


「治ってるって!」


「……無理しないでよ」


こうして到着した二人であったが、光はやはり雷人が心配だった。


「ねえ、ここは私が」


「うっせ!俺はやるの!お前はあっち!」


こんな調子で張り切った雷人はやはりこの仕事の後、腰が痛くなっていた。


「もう……どうする?鍼灸院に行く?」


「いや。休めば治るから」


しかし、無口な彼の青い顔を見た光は、まだ仕事が残っているのにカミナリ電気に帰ってきた。


「おい!光」


「降りて。そんなんじゃ連れていけないわ」


「あのな」


「ダメ。さ、早く」


しぶる彼に彼女ははっきり言った。


「健康を保つのも仕事のうちです。健康管理のできない人と一緒に仕事は出来ません」


「くそ」


工事先に行かないといけない時間だとわかっている雷人はここで車から降りた。そんな彼女は無情に出掛けて行った。





「ただいま……」


「早かったじゃないの」


驚く母に彼は腰が痛んだので光に車から下ろされたと話した。



「確かに俺が無理したせいだけどよ、あんな言い方しなくても……」


「そうかい」


雷人は光に対する不満を母に愚痴っていた。


「確かに電気工事士1級はすごいかもしんねえけどさ、あの態度はないよ。それにマジで腰は良くなってきてたんだぜ?だから俺はあいつが大変だと思って


「お前は全然わかってないね……」


「え?母さん?」


すると母は急に大魔神のような顔になった。


「だから嫁に愛想を尽かされたのがまだわからないのかい!?なんとか言いなさいよ!」


「やば?!」


普段は冗談を言うような朗らかな母の地雷を踏んだ34歳の息子は、久しぶりに母に雷を落とされた。



「す、すいません」


「なにが『すいません』だ!あのね。お前はね」


母は怒りのあまり立ち上がり腰に手を当てた。


「自然に治っただけじゃないの!光ちゃんがサポートしているから治ってきていたの!わかる?」


「……どう言う意味?全然わかんね」


首をひねる34歳の息子に母はため息をついた。


「いいかい?もし光ちゃん無しでお前が一人で仕事を始めていたら、こんなに早く治ってなかったろ?」


「まあな」


「なのに。今、無理したら光ちゃんの努力が無駄になるだろう?」


「確かに」


「だいたいね?お前は光ちゃんの気持ちがわかっていないから母さんは怒っているの!」



「……」



「わかっていたら。お前は無理しなかっただろうし。今日痛めてしまった事を光ちゃんに悪かった、て思うはずだもの」


「う?それは」


「だからお前はダメなの!もう、誰に似たんだが……」


呆れた母は風呂を沸かしてくる!と怒って行ってしまった。




「……大丈夫?お父さん」


「もうダメかも?……」


息子は本日の祖母の話をした。



「お爺ちゃんがね。仕事をしてるのは俺だって言ったんだけど、それを支えている私をまるでわかってない!って。ケンカしてたんだよ」


「前哨戦があったんだな」


そんな響は、父にコーラを手渡した。




「おばあちゃんは機嫌が悪かったんだよ」


「いや。そんな事ないさ……俺が悪かったんだ」



珍しく自分の非を認める父に息子は目を見張った。



「そうだよな。光がいるから俺は仕事ができているんだよな、はあ」


こんなため息をついた雷人はこの夜は身体を労って早く休んだ。



翌朝。


雷人が太陽電気に行くと彼女は一人で工事に行く準備をしていた。



「帰りなさいよ。今日は大丈夫。私が一人で行くから」


「いや。行きます!行かせてください」


「でも」


「絶対無理をしません!お願いします!」


必死に頼む彼に、光はどうしてそこまでするのか尋ねた。


「……お前の頑張りに報いたんだ。でも、絶対無理はしないから」


「雷人さん」


「俺はもう絶対、無理しない!お前を悲しませたりしないから!」


「なんだ。騒がしい。ドラマの撮影か?」


外で喋っていたところに銀次郎がやってきた。そんな祖父に光は目を見やった。



「お爺ちゃん……雷人さんがね。私を絶対悲しませないんだって」


「へえ。たいしたもんじゃな。ワシも言われて見たいもんだ」


「いいっすよ?エヘン!『俺は、銀次郎さんを』……」


「もういい。さ、いくわよ。私を悲しませないんでしょう?」


「うっす!」


光に許してもらった雷人はまるで子犬のようにパッと満面の笑みを称えていた。これに頬を染めた光は彼に背を向けて黄色い自動車のエンジンをかけたのだった。


つづく

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