第6話 水と電気

「……どうも!あの、お父さんは?」


「なんか今までいたんですけど」




カミナリ電気で店番をしていた響は、仕事の事でやってきた様子の光にドキとしていた。


「そう?じゃ、車で待ってますね」


「はい……」


家族が不在の時。本当は店の中で待っていて下さいと言い、祖母がやっているように缶コーヒーでも出さないといけなかったが、多感な彼はそれが恥ずかしくて店の奥に引っ込んでゲームをしていた。


そこに父の雷人の車が戻って来た音がした。そして足音も聞こえてきた。


「……おい、響。なんでアイツを車の中で待たせておくんだよ」


「ちょっと?止めてよ」


怒っていた父の腕を彼女が引いていた。


「うるせ!おい、お前そうやってゲームばっかりして」


「だから!私が待っているって言ったんだから。そんなに頭ごなしに怒らないでよ」


「うるせ!離せ」


「……すいませんでした」


そう言って彼は奥に引っ込んでしまった。この様子に雷人は頭をかいていた。



「くそ……あいつ。だらだらしやがって……」


「いいから。行きましょう」


こんな親子げんかを目撃した光は、雷人を車に乗せ仕事に連れ出した。

そんな車中、助手席の彼は口を尖らせていた。


「勉強もしないで……遅くまでゲームしてよ。昼になって起きて来て」


「夏休みでしょう?どこの中学生もそんなもんじゃないの」


「お前は人の親じゃないんだから知らないんだよ」


プンプンに怒っている彼は、そういって助手席で大きく腕を組んだ。そんな彼に彼女はまっすぐ前を見ていた。



「まあ、確かに私は親じゃないですけどね……」


そんな二人はエアコン工事をさっさと終え、カミナリ電気に戻ってきた。

そして雷人を置いた光は、夕刻、その足で本屋に寄るとそこに響がいた。



「響君。さっきはごめんね」


「いいんです。いつもの事だから」


そんな光は、元気がない響が気になったので、併設しているカフェに誘って二人で飲み物を飲んだ。


「お宅のお父さん。ずいぶんガミガミなんだね」


「勉強しろって煩いんですよ」


「自分はしたのかしらね」


「してないから、僕にはして欲しいみたいです」


「『自分を棚に上げる』とはまさにこの事よ?ねえ。今度受けたテストをお父さんにもやらせてみたら?」


ここで二人はふっと笑った。年相応の笑顔に光はそっと囁いた。



「君はそうやっていつもスマホをいじっているでしょう?だからお父さんの時代はね、スマホも無いから。君がずっとゲームばかりしていると思っているのよ」


「そんなことないですよ。ニュースを見たり、小説を読んだりしてるのに」


「頭が固くて理解できていないのよ。だから誤解されないように家族といる時くらいは止めてみれば?」


「そう、ですね……」


光はそんな話からやがて進路の話を何気に聞きだした。親が離婚している彼はこの夏休みは父の家にいるが、普段は母のマンションで暮らしていると話した。



「うちは母さんもうるさいんで。進学校を目指さないといけない感じです」


「私は家族が構ってくれなくてさびしかったけど。君のようなのも大変ね」


「僕は放任主義の方が良かったです」



ここで光は、彼がいつも家にいるので、友人がいるのかどうか探ってみた。


「みんな部活や塾なんですよ」


「響君はやってないの?じゃ、彼女は」


「いないです」


「つまんないのね。夏なのに」


中学時代をエンジョイしていない響に、光はがっかりした顔でアイスティーのストローを手にした。


「友達とプールとか行かないの?」


「遠藤家は水が苦手で。僕も泳げないから。断ってます」


「おいおい……少年、今、何て言った?」


光はニヤと笑った。


「お姉さんがなんとかしてあげようか?」


「何をするんですか?」


「フフフ……」


ここで光は彼に笑顔を見せ、後日、冴子と輝男に相談して話しを進めようと言った。



「でさ。お父さんには秘密にしようよ。ぎゃふんて言わせたいし」


「言わないですよ?でも短期間で泳げるようになるならお願いしようかな……」


こうして後日。


光は冴子から予算を預かり、響をスイミングスクールに連れて来た。


「ここはマンツーマンで教えてくれるから。すぐに泳げるようになるわ」


知り合いのスイミングスクールだと言う彼女は、受付に出て来たインストラクターにお願いをして響をプールに送り出した。


そんな彼女は見学できる窓からずっと彼を見ていてくれた。




響は一応泳げるが息継ぎができないレベルであったので、プロのインストラクターの指導であっと言う間に形になっていた。


こんな彼は嬉しそうに着替えを終えて出て来た。


「お疲れ!見て。この動画。これが最初の響君。溺れているみたいでしょう」


「ひどいな」


「で、こっち。最後の泳ぎ。どう?」


「マジで?いい感じじゃないですか?」


「やるじゃん!さあ、帰ろう!」


こんな彼を彼女は車に乗せて夕刻のカミナリ電気に戻って来た。


「着いたよ……ってやばい?隠れて」


「うわ」


外には雷人が立っていたので、光は慌てて自分が先に降りた。



「ど、どうも~」


「おう。どうした?」


「明日の予定を、確認しようかなって」


「今朝話しただろうが」


「いいじゃない。あのさ、ちょっと来てよ」


こうして光が雷人を連れ出している隙に響は車から降り、そっと家に入った。



これを見届けた光はほっとしていたが、目の前には怪訝そうな顔の雷人がいた。


「なんだよ」


「あ……。あのね、雷人さん、顔に何か付いているから、取って上げるから」


そんな嘘を付いて彼が首に巻いていたタオルで顔なんかこちょこちょ拭いた光を、雷人はじっと見ていた。


こうして秘密のレッスンを受けていた響の最終日は、プールに光も入ってきた。



「光さんも?」


「私はここの会員なの。さ!やってみよ?」


スポーツスイムの彼女にドキドキしながらも、響はインストラクターの教え通りに泳ぎ始めた。



「良いわよ……そう。力を抜いて」


バシャバシャと泳ぐ彼は綺麗なシュプールを描いていた。


そして息継ぎをしながら、端から端まで彼は泳ぎ抜いた。



「お見事!先生。ありがとう」


プールサイドにいたコーチにお礼を言った光に、彼は謙遜した。


「いいえ。だって響君は、ほとんど泳げたんだし」


「ねえ。光さんも泳いで!」


「行くわよ」


そう言って泳ぎ出した彼女のバタフライは、ダイナミックで響は圧倒された。


「はあ、はあ……こんな感じよ」


「すげ?じゃ、僕も泳ぎます」



こうして仲良く泳いだ二人は、プールを後にした。



「この映像をお父さんに見せるといいわよ。驚くわよ」


「そうですね」


この夜は雷人が飲み会で不在と聞いていたので二人はラーメンを食べて、カミナリ電気に戻り彼女も帰宅したのだった。




その数日後。


一緒にエアコン工事をしていた雷人は運転をしていたが機嫌が悪くピリピリしていた。


「なんなの?」


「うるせ。いいから手を動かせ」


「動かしてますけど」


「ふん!」



あまりにもイライラしているので、工事が完了して車に乗った時、光は彼に尋ねた。


「あのね。何を怒っているのよ。私、何かした?」


「……この前、お前、俺達の飲み会に来なかったろ」


「そうね」


「大事な用事があるって言ってなかったか?」


「あったわよ」


「男とラーメン食べていたって……」


そういって彼はふくれて窓の外を見てしまった。その顔を見て光はドキンとした。


「……あの?それはなんていうか」


すると彼は外を見ながら話を続けた。


「俺さ。別にお前に彼氏がいてもなんとも思わないけどさ。秘密にしなくてもいいと思うんだけど……」


むっとしながら話す彼に、光はにやけそうな気持ちを押さえて彼の肩を叩いた。


「待ってね。今、彼に確認するから」


「?」


そういって光は彼に、この話しをメールした。すると、帰れば自分が説明すると話した。


そして仕事を終えた二人はカミナリ電気に戻ってきた。


「どうも。響くーん」


「あ、お帰り。父さん、あのさ」


「なんだよ?」


話を聞いていた冴子も輝男も店にやってきた。



「父さん。これから上映会をするから見ててね」


「?ああ」


響は店の中にあった大きなテレビで、自分の水泳特訓記録の動画を流した。



「これ僕」


「おおお?すげ?お前泳げるようになったのか?」


「へへ!」


「ね?やればできるんだよね」


嬉しそうな光に冴子と輝男も頷いていた。



「で、光は、なんなんだよ?ラーメン男はどいつだ」


「お父さん?いいから、続きを見てよ」


そこにはバタフライで泳ぐ光が映っていた。これをみた光はテレビの前にサッと立ちカミナリ一家に見えないようにした。



「やだ?この映像は要らないでしょう?見ないで」


「どけ!……これはお前の仕業か……」


恥ずかしがっている光をどかした雷人は、彼女の泳ぎを黙って見ていた。



そして映像が終った後、彼はおもむろに息子に向いた。




「よし!……よくやった。お前は偉い!」


「イエーイ!」


「雷人、響だって、やる時はやるんだよ」


「そうだよ。あとでおじいちゃんが小遣いをやるからな」


「また甘やかして……あれ、光は」


「いないね」


雷人と響が外に出ると、光の車は消えていた。



「用事か?」


そんな父に息子はそっとスマホを見せた。


「さっきはお爺ちゃんとお婆ちゃんがいたから見せなかったけど。これ見てよ」


「どれ」


これはプールから上がった響と光で撮った写真だった。

スレンダーな彼女は嬉しそうに息子と肩を組んでいた。



「スイミングの人にどういう関係?って聞かれて、父さんの仕事関係の人って説明したよ」


「……」


「帰りに一緒にラーメン食べたの僕だから」


「そうか……」


「あ?」


そういって雷人は勝手にこの写真を自分宛てに送信した。



「勝手に?」


「うるせ」


そんな雷人は自分のスマホで光にメッセージを送った。



『息子がお世話になりました』


『どういたしまして』


『これからもよろしく』


『了解』


そして待ち受け画面に設定した彼女と息子の写真をじっと見た。これをみていた響はそっと父の背に声をかけた。



「父さんも行きたかった?」


「うるせ」



……くそ……俺も泳げないのに……


そんな彼はカレンダーを見た。夏を示すカレンダーは海のイラストであった。


つづく

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