第5話 ラブじゃないホテル

「ええと。明日の工事はね。ホテルのエアコンだって」


「どこだよ。それって」



エアコン工事の設置工事の合間。光が作ったサンドイッチをかじっていた雷人は彼女の説明に眉を潜めた。


「ここ」


「ラブホテルじゃねえか。これって休みの時にするのか」


「ええとね。朝から始めて午前中のうちにやって欲しいって話よ」


「営業中のままでやるのか。ふーん」


「……ラブホテルなのね、ここは」


どこか不安そうな彼女の顔を彼は覗き込んだ。



「何だ?別に工事するだけだぞ」


「わ、わかってるわよ?ほら、食べたら次の工事に行くわよ」


そんな彼女とこの後、電気工事をした雷人は翌日、光と一緒にラブホテルに電気工事にやってきた。


「ここか……。ええと、工事の部屋はどこなんだろう」


建物が複雑な作りでよくわからない様子の彼女に、雷人はこっちだと、彼女を案内した。そして事務所の人と確認した二人は、指示された部屋のエアコンと交換し始めた。


この時間は営業をしてるが客がいないと言われた二人は、さっさと済ませようと工事を始めた。


「この部屋……照明のスイッチはどこなの」


「これだろ。ほら」


明るく綺麗な部屋だったが彼女はいつもと様子が違い、どこか緊張しているみたいだった。

これを気にした彼はどうしたのか尋ねた。


「別に?さっさと済ませましょう」


「あ、ああ」


こんな彼らは作業をどんどん進めていた。


「しかし。綺麗なお部屋ね」


「そうか?こんなもんだろう」


「ふーん」


こういう所に来たことがない光は普通のホテルとどこが違うのか雷人に聞いてきた。



「あれじゃねえか。ホテルって宿泊名簿に名前を書かないといけないだろう。こういう所はそれがねえし」


「なるほど」


他にも雷人は作業をしながら知っていることを光に話した。


「……そうなんだ。ねえ。さっきさ。一人でやってきた男の人がいたけど」


「ここで待ち合わせしているんだろう。いいから進めるぞ」


「はい!」


そんな工事は5部屋であったが、工事の最中どこからか声が聞こえてきた。


「な、なに?これ」


「気にすんな。お客さんだろう……」


「お、お客さん?あ!」


これに動揺した彼女はダンボールを持ったまま、転びそうになった。


「おい!光?大丈夫か」


「う、うん」


危ないと思った雷人は光を抱きしめるように支えた。


「ごめんなさい。もう、大丈夫だから」


「……無理すんなよ」


そうは言ったが今日の彼女は様子がおかしいので雷人は庇うように必死で作業を行った。その間彼女は黙って仕事をしていたが、二人は時間内に工事を済ませた。


「雷人さん。私、片付けるから。終了のハンコをもらってきて」


「ああ」


どこかほっとしている光に安心した雷人は、書類を持って事務所に顔を出していた。そしてハンコをもらい料金の話をして光が待つ駐車場に戻っていた。


「なんだ、あれは」


そこでは駐車場にいた光がサラリーマン風の男に絡まれていた。


「おい!?どうした」


雷人が走っていくと光は男に腕を掴まれていた。彼女は嫌がっているように見えた。


「雷人さん?!あの、人違いです!」


「……」


雷人を見た男は逃げるようにホテルの中に走っていった。これを見た雷人は何があったのか光に聞いた。


「たぶん私、風俗の人と間違われたみたい」


「お前が?」


彼女は暑かったので作業着を脱いでおり、白いTシャツ姿であったが、下は作業用のズボンであった。雷人には見慣れた光のスタイルだったが、仕事で鍛えたノーメイクの彼女は汗が光り、キラキラと健康的に満ちていた。そんな彼女を雷人は抱えるように車に乗せた。


「大丈夫か?何を言われたんだ?」


「……言いたくない。帰りましょう」


「ああ」


こうして運転をした彼は黙っている光が心配であったが、だんだん、腹が立ってきた。


「何だんだよ、あいつ。お前に何を言ったんだよ」


「別に。相手をしてくれるかと思ったみたいよ」


「ふざけんな!くそ。戻ってぶっ飛ばしてやる」


「いいの!それよりも帰ろう」


怒りに狂っている雷人の腕を掴んだ光は、彼の怒りを鎮めようと必死で他の話をしたが雷人はまだ怒ったままだった。


「ねえ……私は気にしてないから。もうそんなに怒らないでよ」


「うるせ!くそ……」


そんな二人はカミナリ電気に戻ってきた。しかし、彼女が心配な雷人は車からなかなか降りようとしなかった。


「雷人さん。私は大丈夫だから」


運転を代わりこの車で一人で帰ると言う彼女に雷人は口を尖らせた。



「やっぱダメだ。俺が送る!」


そう言い出した雷人は彼女を乗せたまま太陽電気まで車を動かし出した。


「ねえ。ちょっと」


「……ごめんな、光。お前、今日の仕事怖がっていたのに」


「雷人さん」


真顔で運転している彼に光はドキとした。


「すまん。俺、エアコン工事しか気にしてなかったけど。お前ああいう所初めてだったんだよな。マジですまん」


自分のせいのように気にしている彼に光はもう気になっていたモヤモヤがぶっ飛んでいた。


「もういいってば!ねえ、そうだ?あのね。うちに美味しい蒲鉾があるからさ。持って行ってよ」


「……蒲鉾」


「そ。蒲鉾だよ」


こんな話で誤魔化された雷人はまずは夕刻の光の家に上がった。



「あら?お爺ちゃんがいないし。待ってね」


「ああ」


少し落ち着いた雷人をもう少し落ち着かせようと光は冷凍庫からソフトクリームを出してきた。


「これ食べて。美味しいから。今の私のマイブームなの」


「……どれ。俺はアイスにうるさいぞ。う、美味い」


これで機嫌が治った雷人にほっとした光は、彼の隣に腰かけて明日の予定を話した。



そして蒲鉾を持たせて彼を自分の黄色い車で帰らせたのだった。



「ただいま」


「おかえり。どうしたの光ちゃんの車で」


「……あいつが疲れたから今日はこれでいいんだ。明日は俺が迎えに行くし。あ、母さん。これ光から蒲鉾」


「蒲鉾。あら〜?小田原の蒲鉾。やった!」


そういってルンルンでキッチンに向かった母の背を見て風呂に向かった彼は、まだ痛む腰で湯に浸かりながら、今日の彼女の事を考えていた。


……しかし。あいつの事を風俗嬢って、何考えてるんだよ。


自分と一緒に仕事をする電気女はたしかに男勝りだが、内心は結構びびりの乙女だとようやく気がついてきたバツ1男は、これからは彼女を守ってやらにゃならんな、と決意して風呂から出てきた。


そんな彼は母と父と一緒に夕食の時間を過ごしていた。


「美味いな。この蒲鉾」


「お父さん。それ、光ちゃんにもらったんだって」


「確かに美味い?」


こんな両親に雷人は今日の光の話をした。


「あらまあ。気の毒だったわね。でもね、光ちゃんてこう、清々しくて綺麗だから」


「そんなの関係ないだろう!あいつはそんな女じゃねえっつの」


「母さんに怒らなくてもいいでしょう」


「そうだな。あの格好で間違えるのがおかしいが、まあ、光ちゃんは美人だからな」


「ふん!光が悪いみたいに言うな!」


「……お前は何をそんなに怒っているんだい?まったく」


両親に呆れられた彼は、またプスプスして収まらないので、食後、光に電話した。



『……何?』


「何?じゃねえだろう。人が心配してるのに……」


ここで雷人がまた昼間の事でイライラしていると分かった彼女は、ちょっと嬉しかったが、話を考えた。


『ねえ。蒲鉾、どうだった?』


「美味かったよ」


『何つけて食べたの』


「七味マヨネーズ。なあ、こんなのどうでもいいだろうが」


しかし電話の向こうの彼女はコロコロ笑っていた。



『うちのおじいちゃんはね。ワサビつけてたよ』


「マジで?って、お前は」


『そのままだよ?何かつけなきゃダメなの?フフッフ。アハハ!』


「何だよ?何がおかしいんだよ……」


笑う彼女に雷人も笑みが溢れてきた。


「あのな。うちの親父は間違ってソース掛けてたから、母さんが水で洗ったぞ」


『ウフフ。楽しんでもらって良かった。じゃあね、明日は雷人さんが迎えに来てくれるんでしょう』


仕事の車は雷人の家にあるので、光は時間通りに迎えに来てと話した。


『寝坊しないでよ』


「母さんに言っとくよ」


『ハハハ。ダメじゃないの。そうか。私が電話で起こそうか?』


心配していたが元気な彼女の生き生きした声に雷人はうんと電話なのにうなづいていた。


「頼んだぞ。俺は何もしないで寝るからな」


『はいはい。じゃあね、雷人さん。今日もありがとう。おやすみなさい』


「ああ。おやすみ……うわ!」


ふうと電話を切って振り返った彼はそこにいた息子にびっくりした。


「……彼女?」


「違?バカやろう!驚かすんじゃねえ!」


「勝手にびっくりしてるだけだし……ねえ。どんな人?」


「うるせ!そんなんじゃねえ」


子供は寝ろ!といって彼は部屋に向かってしまった。





翌の朝顔の朝。


部屋からご機嫌で起きてきた彼を見た家族は、朝食時に何気に話しかけた。


「雷人、今日の帰りは」


「夕方。もしかして長引くかもな」


「父さんも工事に行くか?俺は今日は午前中に1件だけだぞ」


「いいよ。光とやるから」


「「「ふーん……」」」



母、父、息子は、朝から食欲旺盛の彼をじっと見ていた。



「お父さん……朝、誰と話をしていたの?」


「あ、あれか?光が電話してきたんだ。モーニングコールだな、よし!行ってくるぜ」


こうしてノリノリで仕事に向かった雷人を家族は呆気にとられて見送った。




「あれで本当にギックリなのかね?怪しいもんだよ」


「そうか?俺はまだ治ってないと思うぞ。たまに痛そうにしているからな」


「でもルンルンだね。そうか、光さんか……」



灼熱の北関東の朝。彼女の黄色い車で向かった彼は家族にそんな話をされているとは知らず鼻歌交じりで仕事仲間の元に向かったのだった。


つづく

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