第4話 あついぜ

「ええと。今日も蒸し暑いわね」


「ああ。だからエアコンを買いたくなるんだよな」


二人は本日の工事先へ車を走らせていた。



光も雷人も町の個人電気屋であるが、最近は直接買いに来る人はおらず、仕事は大手電気量販店からくるエアコン等の電気工事が主である。


その他には、やはり電気工事仲間の人手不足のSOSや、大手住宅メーカーの新築アパートのエアコン設置など、仕事はたくさんあった。


しかし。今年の夏は梅雨が長く蒸し暑い日が続き、さらに熱中症患者の急増から、エアコン工事の仕事が多数来ていた。



「あ、そうだ。あのね。雷人さんにあげたいものがあるの」


そういって信号待ちの間に、光はビニール袋を取りだした。


「何だ?食いものか」


「これは雪駄せった。仕事中に履いてみてよ」


「なんで?」


「家に出入りするのに、楽よ、それ」


「ふーん」


スニーカーのカカトを踏んでいる雷人の態度が目についた彼女は足袋ソックスも用意していたので、雷人は、しぶしぶ助手席でこれに履き換えた。


「いい感じじゃね?」


「それ。おじいちゃんに買ったんだけど。サイズが大きかったものなの。雷人さんにはちょうどでしょう」


「まあな。合わなくても穿くけどさ」


「フフッフ」


自分の助言を素直に聞く年上のバツイチ男に思わず笑みがこぼれた光は、仕事先である戦場にやってきた。



「さあ、行くわよ」


「はいよ」


本日の一件目は新築の一戸建てで、小さい子供が玄関に立っていた。



「おはよう。工事に来たわよ。お母さんは?」


「……ママ!ママ!来たよ!ママ!」


可愛い子供に、雷人も思わず笑みがこぼれていた。


この若夫婦の家の奥の部屋にエアコンを設置する二人は、どんどん工事進めて行った。


工事をするのが面白そうなのか、子供は行ったり来たりしていたが、やがて母親の元に掛けて行った。



「ママ。僕、トイレ」


「よし!行こう」


おむつを外すトレーニング中のようで、子供は若い母とトイレに入って行った。しかし、今度は別室から赤ちゃんの泣き声が聞えて来た。



「あらあら。ごめんね。ママは赤ちゃんを見ないと」


「ママ!僕、トイレだよ!」


しかし赤ちゃんはぎゃあぎゃあと泣きだした。


「……悪い。俺、ちょっと行ってくるわ」


「はい?」


光に断りを入れた雷人は、子供が入っているトイレの方に向い、母親と代わった。



「おい。僕、どうだ。でそうか」


「……まだ」


「そうやってじっと見ているからでないんだ。目を瞑って、川が流れているのを想像してみろ」


「……」


「ほら?」


「出た……」


すると雷人は男の子に拍手をした。



「すげえな?一人でできたじゃないか?じゃ、流して、手を洗え。よーし。お前は天才だ!」



雷人に頭を撫でてもらった子供は嬉しそうだった。



「ほら。ママに褒めてもらおうぜ。ママさん。彼はやり遂げました!」



子供は母に褒められて嬉しそうにしがみついていた。



「僕は水を流すのが上手だな?今度は一人でやってみろ。ママはもっと褒めてくれるぞ」


「うん!」


「ありがとうございます」


「あ。俺は工事だっけ?」


しかし、そこはすでに終っていた。


「すまない。何にもできなくて」


頭をかいている雷人に光は無表情で背を向けた。



「……もういいわよ。ハンコだけもらってきて」


こうして雷人は家人から終了のハンコを押してもらった。



「お世話になりました」


「おじさん。バイバイ」


「ああ。一人で頑張れよ!」


こうして母子に見送られた雷人を乗せた光は、発車させた。



「さすが父親ね」


「まあな。響の時も時間掛かったからな」


「ふーん」


「それで。次は?」


「すぐよ。今度は頼みますね」





到着したのは古い歯科医院だった。


「どうも。エアコンの工事です」


「はい。どうぞ」


ここを親から継いだという若い歯科医は、今日の患者は常連しか来ないので、遠慮なく工事をしてくれと話した。



「ここは……古いエアコンが付いているんだな」


「でもね。全室集中型なのよ」


天井の大型エアコンは全室と繋がっており、当時は優れていたが、今は壊れていると話した。



「それに使う部屋は数箇所なのよ。だから、この古いエアコンはこのままにして、今日は持って来たエアコンを四部屋に付けて欲しいって事です」



「おう!」


こうして二人は手際よく工事をして行った。



「大したもんだね。女で電気工事なんて」


「あら?奥さんでも、出来ますよ?」


「ハハハ」


待合室のエアコンを、治療を終えた高齢患者と話をしながら光は工事をして行った。



そして終えた彼女は今度は雷人が工事している患者のいない診療室に入って行った。



そこでは雷人が医師と楽しそうに話しをしていた。



「そうか。そうやって話しをすればいいのか」


「先生。今度試してくださいよ」


「ねえ。工事は」


「あ?もう少しです」


「……代わるわ」



力仕事は済んでいるので、この後処理を光は手早く進めていたが、医師は雷人と楽しそうに話していた。



「じゃあさ。値段もいいのかい」


「そうですよ。俺の時はそうでしたから」


「いい事聞いた!今度はそれで行くか」



「……終ったわよ。雷人さん」


「あ?先生すいません。工事終了のハンコお願いします」



男2人がすっかり話しこんでいるのを受付の奥方は呆れた顔で光を見た。



「女の子に仕事を任せて。困った男の人達ね」



しかし光は嬉しそうだった。


「それだけ頼りがいがあるってことにしましょうか?フフフ。では」



そんな彼女は雷人を乗せ、車を走らせた。



「ええと。次を片付けたら、お昼にしましょうね」


「おう」


「それにしても。ずいぶんと仲良く話をしていたわね」



「あ?ああ。あの先生、今度、結婚記念日に家族を連れて泊まりで大型遊園地に行くそうでさ」



予約したホテルの部屋は花火が見えない部屋なので不服だと言う話しをしていたが、雷人はアドバイスをしたと言った。



「ああいうホテルはな。結婚記念日、とか、妻の誕生日なんです、とか話すと、空室だったら料金はそのままでスイートルームにしてくれるんだよ」


「本当なの?」


「俺の時がそうだったんだ。知らずにフロントでそういったらさ、部屋を移してくれたんだ」


「ラッキーじゃないの」


「ああ。あれは響もいたし。きっと若い夫婦の時は、そういうサービスするみたいだぞ」


「どうして若い夫婦なのよ」


「これからも泊まりに来てもらいたいからじゃねえの?よく知らねえけど」


「……」


そういって雷人はペットボトルのお茶を飲んだ。



「お前も飲めよ。トイレはコンビニで入れば良いんだから」


「ご心配なく」


子供のようであるが、時には父の優しさを見せる雷人に、光は驚きっぱなしであったが、当の本人はケロリとしていた。



「あーあ。それにしてもお前のお握り楽しみだな」


「別に普通ですけど」


「いいんだ普通で!それより次はまだ着かないかよ?俺はお握りが食いたいんだよ〜」



「はいはい。お待ちくださいませ」



今度は恋人に甘えるような雷人の母性本能をくすぐる攻撃に、光は深呼吸をして運転をして行った。


そして3件目も神業であっという間にエアコンを付けた二人は、公園の駐車場でお昼にした。



「どうぞ。お母様のようには行きませんが」


「三角だな。いいぞ」


「なにがいいのよ」


「ん?あのな。結構三角お握りを作れない女子っているんだぞ」



誰かと自分を比べている雷人にちょっとカチンと来た光であったが、顔に出さずに他の食事を進めた。



「美味いな?この具、何?」


「オキアミ」


「オキアミ?」


「そう。オキアミ」


「オキアミ?なんだ。オキアミって」


「フフフ。アハハハ」


「なんだよ。教えろよ。俺はバカなんだから」



そう言って雷人は揚げ物を口に入れた。


「これも美味いな?タコか」


「そう。タコのから揚げ」


「タコのから揚げ?タコをから揚げにしたのかよ?」



「そーんなに驚くこと無いでしょう?ハハハ」



初めて見る光の笑顔に、雷人も笑みを浮かべた。



仕事女として気を張っている彼女がちょっと気になっていたが、こうして話をしていると優しい女性だと感じてくるのだった。



「お前も食べろよ。卵焼きもあるぞ」


「食べています。良いから黙って食べて」



すると雷人はジャガイモの煮物を口に入れた。


「この芋、うまいな」


「『とうや』っていうの」


「もういいや?難しいから!それよりお前、料理が上手いな……」



そういってもくもくと食べてた彼とその後仕事をした彼女は、仕事の終了後、彼をカミナリ電気に置いて帰って行った。




「ただいま」


「おかえり。どうだった。お弁当」


「なんでそんなこと聞くんだよ」


部屋でマンガを読んでいた響は、え?と言う顔をした。



「だって楽しみにしていたからさ」


「そうか?お前、ちゃんと勉強しろよ」


そういって父は風呂に行ってしまった。



「ねえ、ちょっと。雷人はなんだって?」


遅れて来た冴子は孫に息子の様子を訊ねた。



「美味しかったんじゃないの?そんな顔だったよ」


そこへ父の輝男が帰ってきた。


「……誰が何を食べたって?母さん。俺の飯は」


「お父さん!雷人が光さんのお弁当を食べたんだって!」


「ほう?そうだ。今度俺と仕事をしてもらおうかな」


「ハハ。僕は部屋にいるから、ご飯が出来たら呼んで」



そんな話をされていると知らずに、雷人は風呂に入っていた。



腰の痛みはどんどん取れていた。


そろそろ梅雨明けの街だったが、二人の暑い夏はこれからだった。



つづく

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