第3話 電光石火



「それしてもだな。どうしてお前は電気工事なんてやっているんだよ」


「おかしいですか?」


「おかしくないけどさ。なんでかな、って」


「太陽電気は私の実家なんです」


運転しながら彼女は話し出した。



「父はサラリーマンで跡を継がなかったんだけど、私はやってみたかったから」


「あの家で二人暮らしか」


「そうです。両親は仕事で他県だし。兄姉は結婚して家を出たし」


「へえ……お前いくつなんだ?」


「27」


「じゃ。結構ベテランなんだな」


そういって雷人は自分の話をした。



「俺さ。結婚して違う仕事をしていたんだけどさ。嫁さんに慰謝料払ってさ、息子の養育費を払わなくちゃならないから、金になるし実家の仕事を手伝うことにしたんだ」


「……そうですか、とか言いようがないんだけど」


「だな?アハハハ」


身の上話で打ちとけた二人はアハハと笑った。



「でも。うちはお爺ちゃんが引退だから。エアコン工事は今年が最後になるんで。憂愁の美を飾ると言うか、お爺ちゃんの為にしっかり工事をしたいんです」


「元気そうだけどな。まあ、俺もやるだけやるから」


腰の痛みは取れて来た雷人は、そう呟くと窓の外を見た。

そんな横顔を見た光は、一路カミナリ電気商会へ戻ってきた。



「では、明日ね」


「ああ」


車から降りた雷人に光は指示を飛ばした。



「痛み止めとか、もちろんベルトもして下さいよ」


「ああ」


「痛みが取れたからって無理しないで。その腰は明日の仕事に取っておいてよ」


「わかったよ。お前うるさいな」


「あなたを信用していないんで?じゃ!」


「俺もだぜ?気が合って嬉しいぜ!」


そういってなぜか手を挙げて微笑んだ雷人は、光に言われた通りお風呂に入って早く休んだ。



翌日。


光は雷人を迎えにきた。



「行くわよ」


「はいはい」


「光ちゃん。うちのバカをよろしくね」


そういって冴子は作った弁当を光に渡した。



「お弁当ですか?ありがとうございます。まあ、息子さんはなんとかしますね」


「ごめんね。むちでもなんでも打っていいから」


「はい」


「はああ?」


そんな毒舌女子のエールを受けた雷人は、大人しく助手席に座り光と出発した。



「本日の一発目は、一戸建ての高齢者の家ですから」


「なんでそんなのわかるんだよ?この依頼書には名前と住所だけしか書いてないぞ」


「みなさいよ。その名前。昭和の名前でしょう?」


「確かに」


それに購入したエアコンからそう想定できると彼女は話した。



「高齢の人は挨拶とか気にするから。ちゃんとして下さいね」


「お前な?俺を何だと思っているんだよ」


「……あ?あれかな、カーナビを見て!」


「くそ」


こうして光の運転する黄色い車は、本日の工事先に到着した。



「うん。9時ぴったり!行きますよ」


「はいはい」


光がチャイムを鳴らすと高齢の女性が顔を出した。


「どうも。よろしく」


「こちらこそ!宜しくお願いします」


本日は交換なので、雷人は室外機を見る為に屋外を見せてほしいと言った。


「庭の方です。草がありますけど」


「平気っす」


「雷人さん。そのお花を踏まないでよ」


「わーってるよ」


本当は踏みそうだったので彼はそろっと室外機を確認し、戻ってきた。


その間、光はあっと言う間に玄関から工事する部屋までシートを引き、工事の用意を進めていた。



「早い?っていうか。俺もやるぞ」


「……あ?待って。それじゃダメよ」


「なんだよ」


光は靴を脱いだ雷人をストップさせた。



「その靴下じゃだめ!この家は綺麗でしょう?ここの奥さんは綺麗好きなのよ」


「これだって。綺麗だぞ?」


しかし汚れの目立たない黒いソックスは、家人の印象が悪いと光は言った。



「こんな事だろうと思って。持って来た。はい、これに履き替えて」


「マジかよ……」


ぶつぶつ言いながらも雷人は白いソックスに履き換えた。


「これでいかがですか。光さま」


「うん!オッケー。じゃ奥の部屋ね」


今回は一階の部屋で簡単な作業であったが、コンビ初日であるので、互いのやり方を知るために二人は一緒に工事をする予定で合った。



「つうか。終ってるし?」


「……簡単だもの。ねえ。そっち持って」


「おう」


こうして最速で済ませた二人に家人はペットボトルの飲み物をくれた。


「まあまあ?こんなにあっという間で」


「ありがとうございます。操作方法は以上なので、不明な事は説明書のフリーダイヤルに掛けてくださいね。では!次の工事があるのでこれで、雷人さん、行くよ」


「はい?どうも」


やけに急ぐ感じの光が気になった彼だったが、これに付き合って車に乗り込んだ。



「ふう。行きますよ」


「お前さ。なんでそんなに急いだんだよ」


「なんかね」


発車させた光は奥方の話をした。


「あそこもここも壊れているってぼやいていたんだもの」


「直してやればいいじゃん」


「そりゃ見てやりたいけどさ。ぜったいお金を払わないパターンだよ?」



それに後の予定がずれると彼女は話した。


「だから、修理個所は改めて相談してくださいって言っておいた」


「それならいいさ」


そして彼女は次の仕事先へ車を走らせていた。



「どう。その腰は」


「心配するのが遅いんじゃないか?まあ、痛くてもやるよ」


それにしても先ほどの彼女の手際は早かった。自分は不器用だと思っていたが、改めて彼女のすごさを知った雷人だった。


そんな二人は二件目もさっさと工事をし、公園の駐車場で冴子の作ったお弁当を広げた。



「すごい。美味しそう」


「そうか。いつもこんなんだぞ」


「……そう。これ、御絞りだから」


なんかがっかりしている感じの光であったが、雷人は母の作った弁当を彼女と食べた。しかし次の仕事の電話が入った雷人は、これの対応をし、二人は次の工事先へと急いだ。


こうしてこの日、3件の仕事をこなした二人は、カミナリ電気に戻ってきた。

腰に手を当てる雷人をゆっくり降ろした光は、弁当の器を御礼と一緒に冴子に返し、明日の確認をして帰って行った。



「おかえり。お父さん。どうだった、あの女の人と仕事は」


「……光りの早さで。参ったよ」


「ふーん」


中学生の息子はゲームをしながら腰痛の父に声を掛けた。そこへ母が顔を出した。



「どうだった?母さんの弁当は」


「いつも通りだったよ」


「あのね……母さんが聞いているのは光ちゃんが何て言ってたかってことだよ!」


「?別に、美味いって食べてたぞ」


「良かった!」


冴子は嬉しそうにキッチンに引っ込んだ。


明日は、光では無く彼女の祖父の銀次郎とコンビを組む雷人は少しドキドキしながら、風呂に入り薬を飲み早めに就寝した。


翌朝。


腰痛が少し楽になってきた彼は、自ら運転して太陽電気にやってきた。


「おはようございます」


「よ!行くか」


高齢で目が少し弱い銀次郎は、暗い所の工事が苦手と話したが、びしと仕事着に着替えており、にっこり笑って雷人の車の助手席に乗り込んだ。



光はすでに一人で仕事に出かけたと話す彼は、運転している雷人の横顔を見た。



「あのな。昨日の弁当だか」


「?何かありましたか」


「光が作ったのは口に合わなかったのかな?」


「昨日の弁当……」


銀次郎の話では、光は一生懸命、雷人の分も弁当を作っていったのに、そっくり台所で捨てていたのを密かに見てしまったと話した。


「マジですか?昨日はうちの母親が持たせてくれたんで。そっちを二人で食べたんですよ」


「そ、か。光は男の中で仕事をしているんで、あんな男勝りだが、中身は年頃の娘なんじゃよ」


そして銀次郎は雷人には結婚歴があるので、安心していると話した。



「まさか男の職場で女らしくするわけにいかんだろう?だから、結構無理しているんじゃよ。でもな、男職人達には本当にそんな女だと思われて可哀想なんじゃ」


「そうですか。でも、どうして自分だと安心なんですか?」


「お前さんは子供もいるお父さんだもんな。そのへんの若い男より理解力が有ると思って」


本当は自分も光を男勝りのキツイ女だと思っていた雷人は、胸がドキとしたが、うんと頷いた。


「わかりました。お嬢さんとは上手くやって行きます」


「今日はワシだけどな?アハハ」


こうして銀次郎と雷人のコンビは、一件目の工事にやってきた。

ここで雷人は、銀次郎の熟練技に圧倒された。



「いいか。ここを押さえて、そう。そしてこっちだ」


「このやり方が断然早いですね」


「だろう?そしてここに力を入れればそんなに腕力は要らないぞ」


そしてあっという間に工事を終らせた。


その後の工事も雷人は銀次郎に教わりながら、必死にエアコンを付けて行った。




「すげ?もう終った」


「アハハ。あの蕎麦屋で昼にしよう」


そんな二人は店に入り、食事が来るのを待っていた。


「今日の光さんは、何件ですか」


「さあ?行けるまで行くと言っておったぞ」


「恐ろしい?」


「アハハ。だってカミナリさんの工事も手伝うんで、張り切っていたぞ」


「頼りにしてます……ん?どうしたんですか」



銀次郎が真顔で雷人を見ていた。


「お前さんは、光にやられて……悔しくないのか」


「まあ。最初はびっくりしましたけど。本当にすごいし。それに男の女も関係無いですよ。仕事ですから」


「ほう」


「彼女は年下ですけど自分よりもベテランだし。それに向うも俺の事は、犬くらいにしか思ってないんじゃないですか」


「犬よりは上だと思うぞ?ハハハ」


こうして笑顔を作った二人はこの日、仕事を終らせた。

雷人は太陽電気に銀次郎を送ってくると、すでに光は帰っていた。



「よう!お疲れさん!」


「そっちこそ。腰は?」


「だんだん良くなってるし。それとな、あの」


「?」


風呂上がりなのか彼女は濡れた髪にTシャツと短パン姿であったので、この女の子の様子に雷人はドキドキした。



「昨日。弁当を持ってきてたなら言えよ!俺食ったのに」


「お爺ちゃんに聞いたのね?……別にそんな気遣いしなくても」


そんな光を雷人は見下ろした。


「明日は作ってくれるのか?」


「……決めてないけど」


「じゃ。お握りでいいから作ってくれ。俺は手ぶらで行くから。じゃあな!」


「ちょっと待ってよ?」


光は車に乗ろうとしている雷人を追い掛けた。



「これ。今日、薬局のエアコン工事だったんだけど。腰痛に良いサプリだから」


「これは飲むのか」


「サプリだもの。飲むに決まってるでしょ!わかった?」


「おう。また明日!」


こうして彼は颯爽と帰って行った。

そして家に帰り、母に話をした。



「俺、明日は弁当要らないから」


「なんで?母さん、用意したかったのに」


「彼女が用意してくれるってさ」


「フフフ」


なぜかゲームをしていたはずの響が笑いだした。


「なんだよ」


「いや。別に。アオハルだなって」


「なんだよ。それ?」


「青い春でしょう?青春って意味じゃないの」


「新しいゲームか?俺、風呂に入る」


そんな純情な彼を、息子と母は黙って見ていた。



「見た?あの顔」


「フフフ。明日の弁当の感想が楽しみだね」


息子と母にそんな事を言われているとは知らない雷人は、勝手に息子のシャンプーを使って風呂を出た。


月明かりが眩しい夜、鼻歌がこぼれていた。



つづく

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