第2話 ビリビリビリ


「こんにちは!太陽電気の光です」


「……まあ。まあ。太陽さん?うちのバカがお世話になって」



午前中に一件、エアコン工事の仕事を片付けて来た光は、これからの打ち合わせをしようと自らカミナリ電気商会にやってきたのだった。


「どうぞ。ここに座って」


「はい」


店の奥は小上がりの畳みになっており、光は言われるままここに腰を掛けた。



「あの。若社長さんは?」


「今日は仕事を休んで、部屋で横になってるわ」


普段から電気関係の職人の相手をしているカミナリ夫人の冴子はそういって光に缶コーヒーを出した。


「ありがとうございます……あ。こんにちは」


「こんにちは」


夏休みの期間、遊びから帰ってきた響は光に挨拶をして家の中へ入って行った。中学生の無愛想な挨拶をフォローするかのように冴子は光を見た。



「……あれは孫。雷人の息子」


「ずいぶん大きいお子さんですね」


「ああ。19歳の時の子供だもの」


「19?」


あまりの若いパパに光は驚いて缶コーヒーをそばのテーブルに置いた。



「結婚して仲良くしてたんだけど。嫁さんも若くして結婚したからね。色々あって今は離婚して別々なんだ」


そんな響は、夏休みなので、食事付きこの家で過ごしていると話した。


「そうですか。てっきり奥さんの子供かと思った」


「私の子供?いやね!」


そういって光の背をビタンと叩いた冴子は嬉しそうにちょっと待ってと奥へ引っ込んだ。


その時、のそと雷人がでてきた。



「大丈夫なの?」


「あ、ああ……。ちょっと悪い、俺、そこに座りたいんだ」


「はい。ここね、ゆっくり、ゆーっくり」


光に手を貸してもらった雷人は、こうしてやっと椅子に座った。



「ふう!悪かったな。来てもらって」


「だって。無理でしょう?それに早く計画を立てたいし」



そしてここに冴子が予定表を持ってやってきた。



「あら?あんた起きたの?いなくていいのに……。はい、光さん。うちのエアコン工事の予定はこうなのよ」


「見せてください。うちの予定と照らし合わせますね」



光は持参したスケジュール帳を開き、確認していた。


「ここは……社長の輝男さんと、若社長の雷人さんでやっているんですね」


「そうだ」


輝男はベテランなので二階や大型エアコンも一人で工事できるが、今の雷人は腰の事もあるので、すべて光とコンビを組まないとできないと冴子も話した。



「……でもこの件数は多いので。二組で回すのは大変だから。うちのお爺ちゃんが若社長と組んで仕事を見守ると言っています」


「マジで?俺と」


「うん、なんか若社長さんを見ていられないって」


「……待て。あのな。その若社長って止めてくれ」


「?」


わかがバカに聞えるんだ」


「それで合ってるじゃないの?雷人」


「フフ」


「おい!?」


母のセリフをケラケラ笑う彼女に彼は思わずドキンとしていた。



「笑ってすいません。わかりました。雷人さんって呼びます。私も光でいいから」


「ふん!」


こうして光は時間をくれと言って、ノートパソコンを取りだし、予定を組み始めた。



そして出来た資料をカミナリ電気商会にメールしそこからプリントアウトした。さらに彼女は雷人とのナンバーを交換し、あっという言う間に予定を組み終えると、さてと立ちあがった。



「行きますね」


「ああ。明日から仕事だろう?」


すると光はニコと笑った。


「ううん。その腰を治し行くの。さあ」


「は?どうせ整形外科に行ってもブロック注射だけだぞ?」


「……いいから。ほら立って。早く仕事をしたいんでしょう?」


そういって光に立たされた雷人は、光の車にゆーっくり乗った。そして大丈夫だと念を押す彼女の運転で鍼灸院にやってきた。



「ここで治してもらうから」


「鍼治療って。俺やだよ?」


「何言ってんの。行くわよ」


他の患者が居ない鍼灸院の院長夫妻に彼は症状を説明したが、隣にいる光の方がうるさかった。



「とにかく痛みを取って。何でも良いんでこの人が仕事ができる身体にしてください」


「はあ?俺の身体だぞ?」


「治すんだから良いでしょう」



こんな二人が話す間に院長は何やら用意を済ませた。




「はい。遠藤さん。どうぞ?」


「雷人さん。座る!ここに。文句を言わない!」


「……覚えていろよ」


有無を言う隙を与えない光は、マッサージ用のベッドに座らせた。そして院長が肩や腰に機材をペタペタと貼った。



「これはビリビリしますが。強ければ行ってください」


「もう強いですよ?」


「雷人さん。治す為なんだから我慢する!」


「……」


まだ逢って数回の年下の彼女に子供扱いされている彼だったが、マジで痛いので何も言えずに耐えていた。


そんな彼女はカーテンの向こうに行き、院長夫人と話をしていた。



「テレビって、良く映ってます?」


「そう言われればこの前、なんかおかしくなったわね」


「アンテナの向きが曲がって見えたんだよな……」


揺れるカーテンの向こうからの会話を聞いた雷人は、光に声を掛けた。



「お、おい。あのな。こ、この前の台風で、そ、そういう家が何件か合ったみたいだぞ……」


すると光はカーテンをシャーと開けて電気でビリビリ中の雷人に向かった。


「ふーん。じゃ私。屋根に上って見てみます」


「あ、あぶないぞ。あ、後で、お、俺が」


「無理だってば。そこで痺れてなさいよ」


「くそ……」


そういって彼女はさっと院内から出て行ってしまった。

その頃ちょうど、電気マッサージが終了した。



「終りですか?」


「いいえ。今度は鍼ですね」


「やるんですか……」


そして雷人は人生初の鍼治療をしてもらった。



横になっている彼の背に院長が鍼を刺しているようだが、彼には何も見えず痛みも特に無かった。


「どうですか?」


「腰が痛すぎるんで何がどうとか……わかんないです」


するとうつ伏せの雷人のスマホが鳴った。彼は枕もとに置いてあったので、断りを入れてこれに出た。



「もしもし」


『光です!あのね、隣の家もアンテナが曲がっているの。奥さんに言って、隣の家も向きを直していいか聞いて』


「はあ?まったく」


雷人が伝えると院長夫人は隣家に行き、隣人から返事をさせると言った。



「ところでお前はどこにいるんだ」


『屋根の上に決まってるでしょう?』


「気を付けろよ。滑って落ちてくるなよ」


『そっちこそ。早く腰を治しなさいよ。あ、返事が来た』


隣人は二階の窓から、光に話かけている様子だった。


「おい、あのな!ポケットでもいいから降りるまで電話を切るな!心配だろう」


『……わかりました』


そういって彼女は通話のまま本当にポケットに入れようで、ガサガサと作業をしている音が聞えて来た。


雷人はスマホを耳元において治療を受けていた。



「遠藤さん。どうですか?」


「……なんか身体が楽になって来ましたね」


「では。また電気を流しますね」


「え?電気」



彼が返事をする前に、院長は電気をビリビリと流し出した。


「うわああああああ~」


「痛いですか?」


「い、痛くは無いけど、効くっていうか……うわああああああ!」


こうして雷人は電気治療を終えた頃、この場に光も戻ってきた。



「何を絶叫してるのよ。びっくりして屋根から落ちそうになったじゃないの」


「すいません」


「はい。水飲む」


「……はあ……なんか脱力」


「痛みは?」


「痛み……あれ」


彼は今まで痛んでいた腰をさすった。



「そんなに痛くない?マジで」


すると院長がドヤ顔で彼を見た。


「荒療治ですので。まだ治ったわけでは無いので御自愛くださいね」


「ありがとうございます!!」


そして会計となったが、院長は今日は要らないと話した。


「光ちゃんには電気の機械のメンテナンスでお世話になってるしね。まあ、次回からはいただきますよ」


「さ、帰るよ。雷人さん」


「ど、どうも……」


そして二人は駐車場まで戻ってきた。光が車に乗ろうとした時、隣家から白髪の老婆が、彼女に駆け寄ってきた。



「ああ、よかった。修理代を払いますよ」


「いいのに。ちょっと向きを変えただけだし」


「そんな事言っても」


ここで雷人は光に耳打ちした。



「後で高額の修理代をふっかける詐欺があるから。気にしてるのかもな」


「そう?じゃあね」


彼女は請求書をさらさらと書いた。


「修理代、500円!これでどう?」


「いいんですか?それで」


しかし老婆は千円を彼女に押し付けたので、仕方なく受け取りここを後にした。



「しっかし。お前、良くアンテナが曲がっているなんてわかったな」


「……気になるんでいつも見てるの。それよりも、本当に痛みは取れたの?」


「まあな。だいぶ楽になった」


「そう。よかった♪」


しかし彼女の頬笑みが、なんか黒かったので雷人はその横顔をじっと見た。


「……それってさ。俺の心配じゃなくて、エアコン工事ができるから良かった、って意味だろう」


「?まあ、いいじゃない、痛いのが取れたんだもの」


フンフンと鼻歌を歌う光に雷人は呆れていた。



「お前さ……なんつうか、その」


「呆れた?ハハ。だってね。エアコンの工事、半端じゃないんだよ?それにあなたが言ったんでしょ?一緒にやろうって」


「ふん!」


「なによ。それ。せっかく人が腰の痛みを取ってあげたのに」


「取ったのは院長先生でお前じゃ無い」


「言うじゃないの?ハハハ」


はっきり話す運転席の彼女は、化粧気のない顔で喜んでいた。


……このくらい堂々といかないと、男の職場ではやっていけないのかもな。


「おい。光」


「なんですか?」


「……よろしくな。俺、頑張るわ」



素直な彼に彼女は微笑んだ。


そんな二人の車は、国道を南に走って行ったのだった。



つづく

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