第27話 自然の神

 俺はグラーフ侯爵の問題を解決すると、すぐに学院へ戻り、グロースに事の顛末を報告する。フィーリアは無事救出し、途中ウィルが暴走し多数の死傷者を出した事、そしてグラーフは全ての記憶が消え、二度と同じ事をする事は無いと。

 しかしもう一つ。自分のやった事は正しいのかとグロースに質問した。


「ほっほっほー。いやはや、例えどんな結末になろうともウィルとフィーリア達やカオス君が無事でなによりだ。それと良くやった。本来なら貴族に刃向かうのは止めるべきなのだが、大事な生徒を一人でも失うのは私としても悲しいからのぉ。貴族の罪被せを恐れず、生徒を救出してくれたカオス君に、私は今とても感謝している。ありがとう」

「あぁ、それは良かったな。ただ……人間であるお前に聞きたい。俺は今回、内に秘める力を使ってグラーフ侯爵の記憶を抹消した。そしてフィーリアとウィルも一瞬だが平伏ささせてしまった……。俺はこの力を正しく使えているのだろうか」


 あの時は、ただ愚かな人間に対し、ただ怒りをぶつけたに過ぎなかった。傲慢な貴族の態度に、怒りを鎮めぬ男に、命の殺害を厭わぬ者達への怒り。グラーフ侯爵に対しての行動もあれが最善だったのだろうか。

 俺は決して自らの手で人間を殺さないという誓約を結んでいるが……一切の手出しを許されない状況を作ることもまた、人間を殺していると同等の事をやっているのでは無いだろうか。

 そう、俺が悩んでいると、グロースはゆっくりと口を開く。


「ならば正直に答えよう。カオス君の行動は側からみれば正しくは無い。また学院としても貴族を制圧した事は悪い噂となり得る。君の行動は、間違った行為だ。

 しかし、それは全体から見た時の考えで、私は違う。

 カオス君は、貴族を制圧し、生徒を救い、一人の記憶を消した。正にこの成果は、特級魔法科生徒でも到底一人で熟せる物ではない。私はこの行動に対して何も言うまい。正しいか、間違っているかなんて、それはその状況を見た人間の感情に左右されるだけで、本当の答えは誰も分からないのだ」


 俺はただ黙り、グロースの言葉を続けて聞く。


「例え、国王が恐怖政治で国民を制したとしたよう。テロ組織が街を襲撃し制圧したとしよう。それらの行動は、世界の平和や平穏を目指すに当たっては間違った行為だろう。

 しかしだな。とうの国王やテロ組織は世界の平和など求めていないのだよ。国王は国民の安寧より自身の安定の為に。テロ組織はハズレ者の自分たちが何も心配する事なく生きていける生活を。ましてや欲望の為と言っても良い。

 私のこの発言で、世界から法が無くなっても、生きる人間にはそれぞれ、その行動に意味があるのだ。だから逆にそれを壊してでも世界の平和の為にと行動する者達の方が間違っているかもしれないのだ。

 つまり、カオス君。君は自由でありなさい。法など無視しても構わない。君の信じる道を君の思うままに進みなさい。恐らく多くの人間が壁となり君を止める事もあるだろう。だが、私はそれを止めようとはしない。

 カオス君はな……何処か他の生徒と違って、私達には想像に達し得ない何かを持っている気がするのだ」


 正しいか間違っているか、それは誰も分からないか……。ならばそうさせて貰おう。


「そうか。そこまで言うのならば、俺は今まで通りに好きにやらせてもらおう」


 俺はグロースの言葉によって決意した。今更神が人間に対する扱いに悩んでどうする? 確かに。人間が神を咎めるなどなど出来やしない。これからは手加減などせずに自由に有り余る力を持って、元の力を取り戻すとしようか。


 俺はグロースにそう言って、部屋を後にした。今日は中級魔法科になって初の授業となる。幾ら力を失ったとて、神が魔法を一から学ぶ事になるとは今考えても思いもしなかったと言いたい。


 特に俺の力の一部であり、最も大きな力をである『創造の権限』は今は土のかまくらを作る程度しか出来ない。

 これは熟練度とかでどうにかなる問題では無い。創造とは即ち、大地を盛り上がらせる事も第一だが、火を起こし、水を湧かせ、風を吹かせ、天を作り影を作る。これら全てが揃わなければ完璧な創造とは言えないのだ。

 だからそこ魔法を一から学ぶ必要があるのだろう。そう考える。


 さてと、俺はグロースの部屋を出ると学院の廊下で時間割表を見る。

 時間割表はどうやら全て一つに統一されている様だ。『完全魔法の修得』と。

 つまり何処の教室に入っても変に思われる事は無いという事だろう。

 俺は早速行動に移した。


 教室に入ると既に多くの生徒が授業の開始を待っており、一緒に昇格試験を受けたカロウやルルドは居なかったが、その他試験を受けた者の顔は居た。今、ここに居る生徒達は初級から中級に上がったばかりの人間。

 いつも俺は授業の進行している途中で参加していた。だから突然教師が、「では、この前行った事は覚えていますか?」と聞いてくる。知っている訳が無い。

 が……何とか知識で乗り切ってきたな。


 授業を受ける生徒の数は初級と比べて少なく、俺の入った教室では二十人弱。他の教室でも同じくくらいなのだろうか。


「はい、みんな静かにしてねぇ」


 そう教室全体を眺めていると、一つの掛け声に全員の姿勢が直る。

 が、俺はその声を何処かで聞いた事があった。昔に聞いた声ではなく、つい最近でとても馴染みのある声だった。


 髪色は透き通った空色のショートヘアで、顔は肌は白く好青年の様に整い、瞳は宝石の様に煌く青と緑のオッドアイ。

 服は半透明ながらも、赤青黄緑の四色の魔力が服の内部で中心から全体へ広がる様に流れを常に作っているデザインで、実際に目で見て服が


 俺はこの人物を知っていた。記憶が一致している以上につい最近出会ったばかりと言える程に。


「えーっと此処が中級魔法科の教室かなぁ? うん。間違い無いね。みんな初めましてぇ。僕は此処、ユーラティア王都魔法学院にて、新しく中級魔科の教師に任命されたフィトラだ。気軽にフィー先生って呼んでいいから、よろしくねぇ」


 そう、名前はフィトラ。自然の神だ。性格は兎に角おっとりとしていて、語尾に何度か伸ばし棒を使うゆったりとした口調。


「さてと、今日やる事は……中級に昇格した生徒の為に属性魔法の基本を教えて下さい。かぁ……。じゃあ、習うより慣れろ。外に行こうかぁ」


 こんな口調と性格故、神界でも言い争いが起きた時は毎度コイツが場を和ませていた。

 そう言って全員が一斉に学院の外に出る前に俺はあくまでも生徒を装って手を上げる。


「フィトラ。お前に一つ聞きたい事が有る。後で授業が終わったら話をさせてくれ」

「ふふふ〜先生にお前はダメだよぉ。まぁ、話は後で聞いてあげるけど……」

「あぁ……」


 そうしてから全員一斉に学院の外へ出た。

 

 学院の外。王都の正門前の草原。全ての生徒は集まったが、その大半の生徒の表情がどこか暗かった。機嫌が悪いという意味ではなく、何かに怯えている様子か。

 その様子に感づいたのかフィトラは全員を安心させる。


「えーっと、全員集まったのは良いけど……聞いた話によるとついこの前、授業中に巨体の化け物と遭遇したらしいね?

 みんな、安心してくれても良いんだよぉ? 前にグロース理事長が貼ってくれた結界はあくまでも全力じゃあ無かったから破れたんだ。僕の貼る結界は、破れないから」


 フィトラの言う事は正しい。絶対と言われれば逆に信用ならないのも有るかも知れないが、フィトラは今の俺と違って完全体。神の結界を壊せる者などこの世界には居ないだろう。


 そう言うとフィトラは指をパチンと鳴らすと分厚く堅牢な結界が瞬時に展開される。それでもやはり信用ならない生徒が心配そうな声色でフィトラに聞く。


「本当に大丈夫なんですよね……?」

「うん。本当に。多分隕石すら弾くんじゃあないかなぁ?」

「そ、そうですか……」


 そう答えるとフィトラはさてとと言って、授業を開始する。


「じゃあ、始めようかぁ……」

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