第13話 退場

 今俺は回復科の授業を受けようとしたところ躾けとして教師に連れ出され、戦闘科実技訓練場にいる。

 更に、此処で実戦授業もやるらしい。

 此処は戦闘科用に作られたとはいえ、かならずしも戦闘科以外が入って来ないという訳ではなさそうだ。


 それにせよ、今は確か初級回復科の授業だったよな? この教師は完全にパワータイプだ。俺を殴った時の力といい、容易に人を片手で持ち上げる異常な体幹と握力。どう考えても回復担当という柄では無い。

 恐らく回復魔法を持っているというのはついでだろう。攻撃と回復の併せ持ちは、単に特攻目的と考えても良い。

 敵の攻撃を真っ正面に受けながら、自己回復しつつ突撃する。敵にとってこれほど厄介な相手はいない。


 ただし、それとこれは別。この教師はこの科目に向いていない。


「よぉし、全員集まったなぁ? これより、回復科授業、『応急処置』の方法を教える。確か、貴様はカオスと言ったなぁ? 生意気な名前しやがって。これから、貴様は俺様と戦え。

 どちらが勝っても良し。まぁ、勝つのは当然俺様だがなァ……。倒した方を応急処置させる方法をこれから教える。

 もし、貴様が俺様に勝ったら……次はぶっ殺してやる。回復魔法も出来ねえクソ野郎に殺されかけるなんざぁ、それ以上の侮辱は無いからなァ……」

「分かった。そうしよう。理事長よりは対等に戦えそうだ。 そう言えば聞き忘れていた。お前の名前は?」

「お前だと……? マジで貴様、殺されてぇようだな。俺様はジガンだ。よぉく、その頭に叩き込んでおけ。ぶっ倒されて記憶飛ぶんじゃねぇぞぉ!?」


 ジガンの合図で戦闘が始まる。先に動いたのはジガンだった。

 身体を岩石の様に丸め、そのままの姿勢で突進してくる。


「オラアアァッ!!」


 俺は手脚を筋力増加し、それを受け止める姿勢に入る。

 そして衝突する。ジガンの巨体とその筋肉は、鋼の様に重かった。そんな重さを人間の身体である俺が受け止め切る事も容易では無く、何とか勢いを抑えるのが精一杯だった。


「くっ……重過ぎるッ!」

「俺様を受け止めようとするなんざぁ、舐められたもんだなぁ!? どぉりゃああ!」


 ジガンは俺が勢いを抑えているのを見ると、丸めていた身体を勢い良く開き、俺を弾き飛ばす。

 弾き飛ばされた俺は、背後の壁に叩きつけられそうになるが、直前で何とか受け身を取り、ジガンを見据える。

 俺は次の攻撃に備えようとするが、ジガンは既に攻撃の姿勢に入っていた。


「そのまま潰してやるよぉ!!」


 助走を付けた強烈なブロウ。

 此処で俺は物は試しと一つ閃く。グロースが俺に放った雷撃弾。力で勝てなければ魔法でどうにかならないだろうか。

 俺は片手を銃の様に構え、人差し指の先に魔力を集中させる。


「死ねやああぁぁ!!」

「くらえ」


 ジガンの拳が俺の顔面に後数ミリで減り込む直前に、片手から魔力の弾丸を放つ。

 グロース程の威力では無いが、ジガンを吹き飛ばすつもりで全力で込めた魔力の弾丸は、ドンッという鈍い音を響かせると、ジガンの胸板で弾ける。


「ごあっ!?」


 弾けた弾丸は強烈なジガンの突進攻撃の勢いも合わさって、衝撃波を生む。

 衝撃波は、弾丸を打ち出した反動もあって俺は姿勢が若干後退するが、弾丸は運良くジガンの鳩尾みぞおちに入ったのか、抉る様に吹き飛び、ジガンの巨体を浮かせる。


 そこから俺は間髪入れずに拳に素早く魔力を集中、筋力を増加し、床から身体を浮かせるジガンの懐に滑り込み、腹目掛けて本気でストレートを叩き込む。


「ふんっ」


 魔力を込めたストレートはジガンの腹に減り込んだと同時に更なる衝撃波を発生させ、ジガンをより遠くに吹き飛ばす。


「ごはぁ……っ!!」


 だがこれだけではジガンは倒れなかった。


「はぁっ! はぁ……! マジでふざけんじゃねぇぞ貴様ァ……」

「正直危なかった。壁際の一撃をくらっていたら本当に死んでいたかも知れない」


 出来る限り冷静さを保ち、自分にも負があったと伝えると、もう一つ言葉を付け加える。


「そして……もしこれが本来の力なら殺していたかもな……」

「あぁッ!? 殺していた『かも』だと? おいおいおい! まさか手加減されていたのか俺はぁ!?」


 もし今の腹への一撃が神の力を取り戻した後の本気の一撃だった場合、腹に大きな空けていたかもしれない。

 当時の俺なら蘇生魔法も使えるが、この一撃だけは細心の注意を払う必要があり、下手すれば相手の心臓を撃ち抜いて、即死させてしまうからだ。

 だから今回はなんの心配もせずに本気で打ち込めたが……やはり記憶は鮮明に残っているせいか、思わず一言言ってしまった。

 どうやらこの一言はジガンの怒りを買ってしまったようだ。


 俺はジガンからは何も学べないと判断した。本気でやり合うつもりも更々無い。

 そろそろ本当の意味で終わらせよう。


「許さねえ……許さねえ!! もうお前は退学たぁ! だから此処で殺すッ!!」

「グロース! 見ていないで止めろ!!」


 すると俺の耳元でグロースの声が囁く。


「ほっほっほ。私はカオス君の使い魔か何かかのぉ……? まぁ良い。私が彼奴を静めても良いが……。

 一つ良い思いをさせてやろう。手を前に出せ」

「は……?」


 俺はグロースの言う通りに片手を広げて前へゆっくり突き出す。

 すると、突然膨大な魔力が俺の突き出した片手に向かって雪崩れ込んでくる。


「ほっほっほー。やっぱりカオス君は只者では無いのぉ。こんな魔力、一気に受け止めようすれば常人じゃあ、腕が吹き飛ぶわ」

「ふっ……そうか。なら遠慮なくやってくれ」


そう言うと、片腕から手に流れ込んでくる魔力の量は更に加速し、俺の片手が緑色に光り始める。


「おい、この力。アイツを殺しかねないぞ?」

「心配するな。彼奴はカオス君を。いや、大事な生徒を殺そうとしておる。あの怒りはもう抑えられそうに無い。

 生徒の目の前で申し訳無いが、『退場』して貰おう。出来る限り、欠片を残さない様に」


 その言葉を聞いて、俺はもう片方の手で突き出した腕を抑える様にグロースを静止する。


「いや待て、俺には誓約がある。『決して人間を殺してはならない』というな。

 殺すなら自分でやってくれ」

「誓約? なんじゃ、一人の男に虐げられていた生徒達を救う救世主にはなりたく無いのか?」

「そんな物は要らん。此処で俺が人を殺すと、もうこの学院に居る必要が無くなる」

「ほほー、それは悲しいのぉ。仕方が無い……ちょいと失礼」


 そういうとグロースは俺の身体をすり抜ける様にしてジガンの前へ出る。

 すると、俺の腕に溜まっていた魔力がグロースの元へするすると抜けて行く。

 

「オラアアァ!! ってグロース!? って止まらねぇっ!?」


 俺を殴り殺す勢いで突っ込んで来たジガンは突然目の前に現れたグロースに反応し切れずに勢いをそのままに突っ込む。


「ジガン……お主はやり過ぎた。消えて貰おう」


 そう言ってグロースは、杖をジガンに向け、思いっきり振り下ろすと、目眩しが起こる程の閃光が走る。

 その直後、けたたましい轟音が耳を劈く。

 グロースの杖から以前俺が撃った光線より遥かに大きく、前方の視界を覆い隠す程の光線がジガンに向けて放たれる。


「おいおい嘘だろッ─────」


 あまりの煩さでジガンの断末魔さえも聞こえない。光線の照射が収まると、そこにはジガンの姿は無かった。

 本当に言ったとおり、跡形も無く、血すら蒸発させる程に一切の物が消えていた。


「ほっほっほー。いやはや、綺麗に吹き飛んだのぉ……」

「なんて力だ……。神にも引けを取らないんじゃ無いか?」

「それは言い過ぎだ。神の力は世界を滅ぼす程だ。私の力なんてほんの一部にも過ぎんよ」

「そうか……」


 これはグロースの本気の力なのかは定かでは無いが、俺はその力を前に圧倒され、唖然としていると、回復科の生徒達も呆然としていた。


 さて、授業を滅茶苦茶にしてしまった。これからどうしようか?

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