12話:ロッタの村、ネコのポーズ


「なんか変な格好の人がいっぱいいるね」

「ミレネシウス教徒だよ。昔は来た時はこんなにいなかったんだけどな……」


 俺とミウが降り立ったその場所の名は――ロッタの村。


 【ルエッダ大森林】からほど近い場所にあり、村と言ってもそこそこの規模の大きさで、村の中心に走る大通りには結構な数の人が歩いている。その中にはミウが言う通り、白い法衣を着た人が目立つ。


 俺はミウを連れてとある店へと入っていく。


「こんにちは、冒険者さん。あら、可愛い魔物を連れているのね」

「ありがとう。とりあえず携帯食料7日分貰おうかな? あとはポーションと解毒剤と……」


 俺は【ルエッダ大森林】内での捜索の準備をここで行っていた。森の中には魔物もいるし、野営するとなるとそれなりの準備は必要だ。


 冒険者向けのアイテム店のお姉さんが俺は見て、すぐに冒険者と分かったのには理由があった。


 俺はいつもの服の上に、黒い骨のような素材で出来た軽鎧を纏っており、肩の上にはルクスの部下である【光癒妖精ヒーリングフェアリー】が飛んでいる。更に足下には、真っ黒の狼――レーヴェの部下である【影狼シャドーウルフ】が大人しく座っていた。

 

 村の上空では、ゼテアの部下である【ブラックドラゴニュート】が周囲を警戒してくれている。


 まあどう見ても、俺はテイマーにしか見えないだろう。この纏っている鎧も実は【ボーンデッドメイル】というクロムウェルの部下の魔物だ。鎧に擬態して身に付けた人間を呪い殺すという恐ろしい魔物だが、テイムすると防具として装備する事が出来るのだ。装備すると、あらゆる毒や呪いや弱体化の魔術を防いでくれる上に金属よりも遙かに頑丈で軽く、正直着ている感覚がないほどだ。ちなみにいざとなったら、自律してスケルトンのように動けるらしい。凄いな。


 ミウはというと、あのドレスではなく、駆け出し冒険者のような格好していた。布の服の上に革製の軽鎧を着て、腰には短剣を二本ぶら下げている。ただしどれも駆け出しっぽいのは見た目だけだ。全て四天王が作った物なだけあり、多分性能はその辺りの上位ランク冒険者の装備よりも上だ。


「昔、この村には来た事あるけど、こんなにミレネシウス教徒が多くなかった気がするな」


 俺が買い物しながらさりげなく情報集をする。


「ええ。昨年の【緑王戦争】でこの村がミレネシウス教団の支配下になってからは、大森林攻略の前衛拠点として使われるようになったの」

「支配下? ここは王国の領土じゃないのか?」


 このロッタ村は、大陸中央部に位置する大国であるキズニス王国の領土のはず。この大陸で〝王国〟といえば、キズニスの事を指すぐらいには、力のある国なのだが……。


「ええ、国王がミレネシウス教団に、貸したという形らしいのだけど……実質譲渡みたいなものよ」

「なるほど……生活が変わった感じだな」

「そうねえ。でも、森林の魔物からは守ってくれるし、悪い事ばかりではないわ」

「それもそうだな。となると当然エルフ達との交流はもう……」

「ないわね。あったら即刻異教徒扱いで処刑されるもの」


 ミレネシウス教は、異教徒にはかなり厳しい。

 かつてこの村は、排他的なエルフ達が唯一人間達と交流をすることを良しとした緩衝地だった。なのでエルフ達の居場所を知っている人がいるかもしれないと期待していたのだが……。ちと無理そうだな。

 

 もう少し情報を集めたいところだが、変に噂になってミレネシウス教団に目を付けられるのはまずい。ただですら、魔物を従えるテイマーはあまり良い顔されないからね。


 俺は受け取った食料やポーションを腰のポーチへと入れていく。このポーチも四天王お手製の物で、見た目以上に収納できる上に重さを感じさせないというとても便利なものだ。


「では、お気を付けて、冒険者さん。ネコのご加護がありますように」


 お姉さんがそう言ってミレネシウス教に伝わる、簡易の祈りポーズをする。両手の拳を握り、前に倒してまるで手招きしているかのようなポーズだ。


「ありがとう」


 俺も真似してそのポーズで返す。ミウも慌てて俺に習って同じポーズをした。その獣耳と尻尾に、そのポーズは妙に似合っていた。


 店を出た俺に、ミウが目をキラキラさせながら質問をしてきた。


「今のなに!? ネコのなんとか? だっけ?」

「ネコのご加護がありますように、だな。あー、そっかミウは知らないのも無理ないか。ネコってのはミレネシウス神の別名なんだよ。

「別名?」

「そう。ミレネシウスってちょっと言い辛い上に堅苦しいだろ? だから教徒達は親しみを込めてネコとかネコ様って呼ぶんだよ。んで、さっきのは〝ネコのポーズ〟と言って、ミレネシウス教の祈りのポーズなんだ。まあ簡易の物だから神官とかは使わないけどね」

「なるほどー」


 納得いったかのような顔をしてミウが、祈りのポーズをした。


 なぜだろう、滅茶苦茶似合う。もしかして、前はミレネシウス教徒だったのかな?


「ま、こういうミレネシウス教の影響の強い場所では使う事もあるから覚えておくと良いよ」

「分かった!」


 通りに出ると、ぴゅーっと何かが降ってくる。それは透明な何かで背後の景色が僅かに歪んでいる。


「お、どうだったニュート?」


 景色が揺らぎ、現れたのは犬ぐらいの大きさの黒い竜だった。ゼテアの部下の【ブラックドラゴニュート】で、俺はニュートと呼んでいる。ちなみに【光癒妖精ヒーリングフェアリー】はフェア、【影狼シャドーウルフ】はシャル、【ボーンデッドメイル】はメイルだ。


 覚えやすいからそれで良いんだ!


「ぎゃるう」

「ふむふむ。神官みたいな黒い集団がこっちに向かってきてるって? なるほど危険を感じて戻ってきたのか」


 ニュートは竜なのだが、戦闘能力はさして高くない。ただし飛行速度が速く、周囲の景色に溶け込む能力などを持っているおかげで、斥候には最適だった。


 更にシャルは普段は俺の影の中に潜んでおり、フェアは腰のポーチにしまえるので、一見すると魔物を連れているように見えない。


 そういう場面も出てくることを想定しての人選だと俺は思っている。


 そしてニュートに話を聞く限り、どうやらその時が早速来たようだ。


「ミウ、隠れよう」

「ふえ? なんで?」

「ミレネシウス教徒でかつ黒い奴らなんて、ろくでもないやつばっかりなんだよ。魔物を連れている俺も、獣人であるミウも関わらない方が良い」


 俺はシャルを影に、フェアをポーチに隠し、ニュートには森林の中に隠れるように指示した。メイルについては正体を現そうとしない限りはただの鎧なので問題ない。


 俺とミウが建物の陰に隠れていると、黒い集団が村の入口から入って来た。


 黒い法衣に、腰には分厚い聖書。首から十字架を模した銀のナイフをぶら下げている。


「ちっ、やっぱり【異端審問官インクィジター】か」

「イン……なに?」

「【異端審問官インクィジター】……ゲスの中のゲス。外道の中の外道。あいつらに比べたらベイグもラーズもまだマシだよ」


 大義名分を盾に人を傷付け、殺す事を良しとする最低最悪の集団だ。


 でもなぜこんな辺境の村にあんな人数が? 見れば、少なくとも五人はいるぞ。


 良く見ればその内の一人が、少女を縛り上げており、それを無造作に引きずっている。


「あ、あの子!」

「ミウ、静かに」


 【異端審問官インクィジター】達が村の大通りに立つと、その少女の金色の髪を引っ張り、顔を周囲に見えるように晒した。

 幼いながらも整っており、とても可愛らしい少女なのだろうが、その顔は見るも無惨に腫れ上がっており、身体も良く見れば無数の傷が付いている。


 俺は、一瞬であいつらがその少女に何をやったかを把握し、吐き気を催した。


 【異端審問官インクィジター】の一人が大声を上げた。


「この中にこの異教徒の家族がいればすぐに名乗りでよ! この異教徒は愚かにも、エルフなる唾棄すべき異教徒と通じている事が分かった。そうなれば家族も同罪、我らの厳正なる裁判を行う必要がある」


 つまり、あの子とその家族を全員殺すぞ、と宣言しているようなものだ。


「……誰もいないか。今ならば、事情によっては恩赦を言い渡せるところだったが……孤児ならば仕方ない。ミレネシウス神の名の下、簡易裁判を行う。ルイナンテ殿、罪状を読み上げよ」


 ほら、見ろ。勝手に裁判始めやがった。ああやって家族を燻り出そうとしているんだ。


「カルマス殿……その少女は異教徒と接触、更に援助まで行っていた。これは明らかな大罪であり、異教徒幇助罪となる。よって、百打ちの形が妥当かと」

「ルイナンテ殿、ありがとう。では、百打ちの刑に処す。聖罰棒を」


 ルイナンテと呼ばれた男が、隣の男から、禍々しい棍棒を受け取った。金属の棒は多角形になっており、血で黒ずんでいる。一体、何人の無実の人があれの犠牲になったのだろうか。


 あんな物で叩けば、あの少女は一回目で死んでしまう。


 ルイナンテがもったいぶって、何度も素振りをする。少女は気絶しているのか、自身の死が近付いている事に気付いている様子はない。


「ルイン!」


 見なくても、ミウが怒りに震えているのが分かる。


「俺は勇者でも英雄でも何でもないし、何ならその真逆の魔王だけど――見過ごしてはいけない、許してはいけないものぐらいは分かるさ。だからミウは――隠れてろ」


 俺はそう言うと、大通りへと飛び出した。騒ぎを起こす気はなかったが、こうなっては仕方ない。


 【異端審問官インクィジター】共が、俺を見て、ニヤリと笑ったのを見逃さない。次の獲物を見付けたかのような笑顔だ。


 だからこそ、俺は不敵な笑みを浮かべ、こう叫んだ。


「よお、腐れ外道ども。そんな子は放っておいて俺と遊ぼうぜ? 俺はほら、お前らの大好きな――?」

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