9話:魔王、約束をする
「っ!!」
「ルイン! 逃げよ! なんか嫌な予感がするの!」
粉々に砕け散った水晶が降りしきる中、いつの間にか立ち上がっていたミウが俺の手を引っ張った。結構強く蹴られたというのに、ミウは平気そうだ。
「お、おう!」
持っていた大剣を再び指輪へ戻し、俺は地面を蹴った。ベイグが呆けた顔をしているのが良い気味だった。あいつはプライド高い奴だ。おそらくそれも剣と一緒に砕けてしまっただろう。そうなったら……もう終わりだ。
もう関わる事もないし、どうでもいいな。
大騒ぎになっている通りを俺達は逆走するように手を繋いで走って行く。
なぜか、笑いがこみ上げてきた。
「あははは!! なんだあれ!! すげえ!! あんな馬鹿みたいにデカい水晶が砕けたぞ!」
「凄い!! 指輪が剣になった! あれゼテアちゃんみたいな匂いがしたよ!」
ミウも獣耳をぴこぴこ動かして笑いながら俺へと嬉しそうな顔を見せた。
なんで、ゼテアと分かったんだろうか。鼻が良いのかな?
「そう! 他の指輪もきっと何かの武器になるはず!」
「魔王様はやっぱり凄い!」
気が付けば、俺達は街外れの崖の近くに来ていた。ここまで来たら、さすがに人の姿はない。
「うわー! 綺麗だね!」
その崖からは街の全景が見えた。夕日を受けて煌めく水晶に彩られたベールの街は美しかった。
でも、それを見つめるミウの横顔の方が綺麗だった。
まるで……女神のようだ。
なんて恥ずかしい事が言えるはずもなく。俺はただ、そうだな、と答えた。
「ごめんな、なんか巻き込んで。痛かっただろ?」
「あはは、大丈夫。反射的に後ろに飛んだから、全然痛くなかったよ! 掠った程度かな?」
ベイグは仮にもS級冒険者で、しかも前衛職である剣士だ。本気ではないとはいえ、あの蹴りに反応できるミウは……一体何者なのだろうか。
いや、考えても仕方ないな。俺は気を取り直して、これからどうするかを考える事にした。
「ミウが大丈夫なら良いんだ。しかし、どうするかなあ……戻るわけにも行かないし」
「うん。あとね、ミウ、あの人の言葉で何か思い出しそうだった」
絶景を見つめたまま、ミウがポツリとそう言った。
「あいつの言葉?」
「うん。〝勇者〟って言葉」
「ああ……そういえば言っていたな、勇者候補がどうのこうの」
勇者候補とはなんなんだろうか。俺も聞いた事のない単語だ。当然、勇者は分かる。
この世界に、魔王が目覚めると同時に、現れるという勇者。勇者は神の加護を得て、英雄達を従えて魔王に戦いを挑む存在だ。いわば――魔王と対を為す者。
そして、俺が魔王として覚醒したのなら……必然的に勇者が生まれていても不思議ではない。
「そうか……そういうことか」
「なにが?」
「いや、勇者候補って言葉。ほら、あのルクスがやった例の事件。あれのせいで大陸中に、魔王が目覚めたっていう噂が流れたんだ。同時に神も降臨したと。だとしたら、各国はどう動くと思う?」
「えっと確か、昔の魔王は悪いやつだったから……きっとみんなは今回の魔王も悪いやつだと思うから……倒そうとする?」
「うん。そして、そんな魔王から人間達を守る為に、神が降臨した、という噂も流れた。まあどっちもルクスの仕業だけど!」
あいつほんと、邪神だよ。人の心をなんだと思っているんだ……。
「そして、魔王が目覚めたということは必然的に、
「そっか、それで、勇者候補なんだ」
「そう。実力者を集めて、勇者候補とするんだ。そこからどうやって本物の勇者を探すのかは分からないけど……」
しかし、勇者か。昔の俺だったら、自分も勇者候補になりたいと思っただろう。
だけど、今はまるで立場が違う。
勇者は――立場上、敵なわけだ。
「勇者か……話せるやつなら良いんだけどなあ……そしたら、俺はもうあの島か、どっかの僻地でのんびり暮らすから見逃してくれって頼めるのに」
「ルインは悪いやつじゃないから、きっと大丈夫だよ!」
ミウがそう言って、綺麗に笑った。うん、とりあえず四天王達はともかく、ミウには俺の本音が伝わっている。それは、なぜだかとても俺の心を軽くしてくれた。
「あのね、ルイン。ミウは、多分……勇者を探さないといけないの」
「へ? 勇者を探す?」
「うん。ミウは、それをしないといけない……と思う」
「あー、そういえば勇者に纏わる伝説でそういうあったな。勇者が目覚めると、それと連鎖するように――英雄達が生まれるって。そして英雄達は、勇者の下へと神によって導かれる」
「えーゆー?」
俺は、ミウのあの身体能力を思い出して、その推測が正しいかもしれないと思い始めた。英雄ならば、ベイグの蹴りなんて効かないだろうし。
「そう、英雄。きっと世界中で、勇者の出現と共に隠れていた英雄達が覚醒しはじめるんだ!」
ああ、なんだろう。凄く、凄くワクワクする! まるで伝説が始まったみたいだ!
「だからミウもきっとその内の一人だよ! 記憶は無くしていても魂が求めているんだ――勇者を」
「そっか……ミウも英雄か……」
なぜかそれを聞いて、ミウの耳と尻尾が垂れた。
その表情には、複雑な感情が渦巻いているように見えた。自分の事が少し分かった反面……俺とは対立する立場にいるかもしれないという、不安。
ああ、ダメだな。可愛い女の子がそんな顔をしていたらダメだ。死んだ親父も言っていた。泣きそうな女の子がいたら、全部放り出して、笑顔にしろって。
よし、決めた。
「ミウ。勇者捜し、俺も手伝う」
「え? ダメだよ! ルインは魔王だもん! 勇者は敵……なんでしょ? だったら、その仲間の英雄である……ミウも敵になっちゃう。なのにミウのお手伝いをするなんて……みんな怒るよ」
ミウが、怒ったような表情でそんな事を言いだした。
「あいつらが怒るかどうかはまあ置いといて、少なくとも勇者は、
俺の言葉を聞き、ミウの顔に笑顔が咲いた。
「そっか……そうだね! ルインは良い魔王だもんね!」
「そう! 良い魔王なんだ! だから、勇者も探すさ。探して、挨拶して、必要であればプレゼントも渡して、頭も下げて説得する。だからその時は英雄という立場から、ミウには俺が悪い奴じゃないって口添えしてほしいんだ。それが、俺がミウの勇者捜しを手伝う為の対価」
俺がそういうと、ミウがこくりと頷いた。
「わかった。約束だよルイン?」
「もちろんだとも」
「じゃあ、勇者を探そう!」
「おお! とりあえず……飯だな!」
「さんせー!! ミウもお腹ぺこぺこ!」
俺達は笑い合いながら、二人で手を空へと突き上げた。
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