5話:四天王、魔王軍を結成する

 

 そこには巨大な城があった。


 いや、言い方が悪い。城があった……じゃない。城が出来た……だ。しかも1日と経たずにだ。


 その城は――あまりに歪で、そして何よりも美しかった。


 巨大な竜の骨と天を貫くような大樹が融合した外観に、黒曜石のような煌めきを放つ金属によって補強された城壁。

 人工物と自然が融合しそして歪ながらも城という形になっている。


 それらは全て、四天王の力によって一から作られた物だ。


「よし、前向きに考えよう。マイホームをただで手に入れたと……」


 ……いや、凄いよ!? でも、こんな空の上の伝説の島に家を建てる気なんて一切なかったんですけど!?


「さ、早速中に入ってみようよ」


 ルクスがそう言うと、俺の身体がふわりと浮いた。おそらくは飛行魔術の類いだと思うのだが……これ確かもう失われた魔術だったような。


 俺はそんなことはもう今さらな気がして、もう無の境地でふわーっと城がある中央の島へと向かう。


 その時、ふと下を見たのは、本当に偶然だった。


 中央の島へと行く途中、人が三人も立てばもう埋まってしまうほどの小さな島が浮いているが、そこに――少女が倒れていた。


「ん? ルクス! 女の子が!」

「はい? ここは人間の生息地の遙か上空ですよ~。魔物すらも近付かない場所ですから人なんているわけが……あれほんとだ」


 俺は急いでその小さな島へと向かう。


 そこにはまるで獣のように丸まっている少女がいた。長い銀髪に褐色の肌。顔は見えないけど、薄い肌着のような物を着ているだけの姿だった。


「お、おい、大丈夫か!?」

「ふぁー……」


 その少女はあくびすると、身体を伸ばしていく。その過程で、可愛らしい顔に似合わず大きな胸が揺れて俺は思わず目を逸らした。


「獣人? いや、それにしては……」


 ルクスの言葉で、もう一度視線を戻すと、確かにその少女の頭部には銀色の獣のような耳が生えており、足の間からは同じく銀色の細長い尻尾が見えた。


 でもあの耳と尻尾にあまり見覚えはない。獣人の冒険者はそれなりにいて、俺も何人か知り合いはいるけど……。


「えっと、俺はルインっていうんだけど……君は?」


 俺が恐る恐る、その少女にそう話しかけた。すると彼女はキョトンとした顔で首を傾げ、その桜色の小さな唇を開いた。


「……みぅ」


 それはまるで、子犬か何かのような可愛らしい鳴き声に一瞬聞こえ、俺はそれが名前だとしばらく気付けなかった。


「えっと……ミウって名前なのかな?」

「みう? 名前……わかんない」


 どうやら喋れるようで、俺は一安心した。だけど、名前が分からないって。


「ここは……?」

「えっと、多分、【レギエ浮遊諸島】ってところなんだけど」

「ふゆー?」


 そうしてその少女――とりあえずミウとここでは呼ぶ――が上を見て、そして下を見た。当然そこには空が広がっており、遙か下に雲が見える。


「っ!! みぃぃぃ!!」


 突如、飛び上がったミウはそのまま、俺へと飛び付く。ルクスが動こうとする気配があったので、俺は制止するようにとルクスへと手を向けた。


 俺はそのまま抱き付いてきたミウを片手で落ちないように抱える。


「そ、空が! なんで……下に! 高いところ怖い……」


 ミウは泣きそうになりながら、俺の腕の中でカタカタと震えていた。どうやら高いところが苦手なようだ。


「とりあえず、怪我はなさそうだが」


 あー、どうしようか。放って置くわけにもいかないし。


「連れていこうか。それでいいよねルクス」

「……仰せのままにだよ、旦那様」


 思うところがありそうなルクスの言葉に俺は頷いて、そのままミウを連れて城の方へと向かった。


 その時は深く考えなかったけど……なぜ、高いところが苦手なミウが。それにもし俺が気付いていれば……あるいは何かが変わっていたかもしれない。



☆☆☆



【まだ名のなき城】――玉座。


「すごい! ルインは王様だったんだね!」


 玉座の間に皆がいると言われ、俺はミウの手を引き、ここまでやってきた。その広間は縦にも横にも広い空間で、奥に行くに連れて段になっており、その頂点に玉座があった。その玉座のすぐ横にはクロムウェルが立ち、玉座の後ろにはゼテアが、前にはレーヴェがそれぞれ寝そべっていた。


 あの空の玉座に座るのは、きっと俺なんだろうなあ……。


 目をキラキラさせて俺を見てくるミウに、どう言い訳しようかと考えながらとりあえず玉座へと向かうと、ゼテア達の目線がミウへと集中した。


 その目線には、興味と敵意が半分ずつ含まれているように感じたが、なぜかミウは平気そうだった。俺だったら、あんな目で見られたら恐怖で泣きそうになるけど……。


「我が愛しの君よ。その獣人は?」

「どこから連れてきたのでしょうか……この城の周囲一帯に、人がいないのは確認したはずですが……」

「……」


 レーヴェだけは何も言わず、ジッとミウの耳と尻尾を見つめていた。やはり同じ獣ということで思うところがあるのだろうか?


「えっと、この島に来る途中の小島で倒れていたらから助けたんだけど」

「ミウだよ! ルイン、凄いね。強そうな魔物ばっかりだ!」


 ミウは、俺が名付けた名前を気に入ったらしくそうゼテア達に名乗った。


「うん、みんな凄い魔物だよ」

「マスター。その娘は……何者でしょうか?」


 クロムウェルが、まるで幽霊でも見たかのような目付きでミウを見た。


「うーん、俺も分からないし、ミウも記憶を失っているみたいで分からないんだ」

「ごめんなさい……」


 謝るミウを興味深そうにクロムウェルが見つめた。


「ふむ……まさかこの島に既に人がいたとはね。吾輩の魔力探知から逃れる術はないはずなのだが……」

「放っておくわけにはもいかないだろ? だからとりあえず連れてきたんだ」


 俺の言葉に、全員が無言になり、そして顔を見合わせると、また例の会議を始めた。


「……まさか妃候補か? 確かになぜだか妙に惹かれる見た目だが」

「耳と尻尾なら私にもあるわ。だったら私で良いのでは?」

「抜け駆けはならんぞレーヴェ。それならば我も立候補するぞ」

「あんたは人化出来ないでしょうが」

「じゃあルクスも妃に立候補~」

「「「お前、性別女だったのか!?」」」

「さてね~」


 やいのやいの議論している四天王を見て、なんだかんだ仲が良いよなあこの四人……とか思いつつため息をついた。


 なんで助けただけでそうなるんだよ。


「とりあえずさ、ミウはそういうのじゃないから」

「そういうのじゃない? ルイン、そういうのってどういうの?」


 ミウが純真無垢な瞳でそう聞いてきて俺はドギマギしてしまう。そういえば、良く見ればミウの瞳は金色で瞳孔が縦長だ。やはり人間ではなさそうだ。


 だけど、獣人達の目は確か人間と同じだったはずだけど……。


「あ、いや、えーっと。とにかくミウは助けた以上は、俺が責任を持って面倒を見るから! いいよね!?」


 俺がそう言うと、四天王達が一斉に喋るのを止めて、頭を下げた。


 そして口を揃えてこう言ったのだ。


「「「「御心のままに――」」」」


 それを聞いて、ミウがぴょんぴょんと飛びながら俺に抱き付いてくる。


「ルインは魔王様なんだね! 凄い!」

「いや……だから……もういいか……」


 とりあえず今、その呼び名を訂正するのを諦めた俺だった。それよりも、俺に抱き付いているミウの甘い女の子特有の匂いと柔らかい二つの物体のせいで、俺は顔が熱くなるのを感じた。


 それを見ていたレーヴェが、まるで凍結地獄のような声を出す。


「――やっぱりその娘は

「なんでだよ! ダメだって言ったろ!?」

「……はーい」


 不満そうに返事するレーヴェが若干拗ねているように見えた。同じ獣? 同士だから敵視してしまうのだろうか?


「とにかく、マスター。まずは玉座に座ってみませんか?」


 クロムウェルの言葉に俺は嫌とは言えず、恐る恐る玉座に座った。その玉座は、シンプルなデザインで黒曜石のような輝きを放っていた。


 そして案外、座りやすい。硬い見た目に反してなぜかふかふかしている。どうなってるんだこれ。


「王がいるのに、配下がいないのは少々寂しいですね――【サモン・ヘルコープス】」


 クロムウェルが手を振ると、玉座の下の広間に、アンデッド系の魔物の大軍が出現した。スケルトンナイトやゾンビ、デーモン系の魔物が整然と並んでいる。


「我も協力しよう――【蹂躙する竜勢ドラグレギオン】」


 ゼテアが吼えると、広間に咆吼が轟いた。天井付近にワイバーンの群れが出現し、アンデッド兵の横に、二足歩行するトカゲのような魔物――リザードマン達が整列していた。その背後には大きなドラゴンが数体静かにこちらを見つめている。

 

「では私も――【妖狐術壱式――跳梁跋扈】」


 レーヴェの尻尾の一本が逆立つと同時に、リザードマンの横に魔獣系の魔物の群れが出現した。種族はワーウルフであったり、ケンタウロスであったりと様々だが、全員がやはり同じように静かに立っていた。


「じゃあルクスも~――【精霊大祭エレメンティアフィースト】」


 ワイバーン達の下の空間に無数の光る存在が現れた。それは炎のトカゲだったり人魚みたいな形の水だったりと様々だが、全て精霊だということが分かる。それらが空中で並んだ。


 俺の目の前に、ちょっとした小国なら落とせそうなほどの数の魔物の群れが現れたのだ。


 そうしてクロムウェルが俺の前に来ると、膝をつき頭を垂れた。見なくても、ゼテア達も同じようにしているのが分かる。


 そして、その場にいた全ての魔物が――俺へと膝を折り、頭を下げた。


「マスター。まだ小規模ではありますが……これが貴方の、いや魔王の――

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