間話1:魔王の目覚め、神の降臨


 ルインの慈悲により四度目の死から逃れたラーズ。彼は拠点であるラセンの街へと帰還する途中、ずっと恐怖を抱いていた。


 怖い。怖い。怖い。

 なんだあの化け物は。


 人を人と思わず、自分を殺しては生き返し、殺しては生き返しを繰り返す、極悪非道。


 ありえない。魔術師系のジョブとしては最高峰の賢者である自分が、あんな一方的にやられることなんて、あってはならないのだ。

 

 そもそも奴らが自分へと牙を向けたこと自体がおかしいのだ。


 何年も何年も掛けて古文書を解読して調べた、魔王やその部下に関する伝承。

 何も、間違えていないはずだった。


 なのに。


「なぜだ……なぜ俺ではなく……あの落ちこぼれの愚図テイマーが選ばれたんだ!!」


 生け贄になったからか? いや違う。そんな記述は一切なかった。


「くそ……上手くいっていたのに!!」

 

 賢者ラーズは、その過度な嗜虐しぎゃく性からいくつものパーティに、入っては追放されを繰り返していた。そしてある日【鷹視のベイグ】に出会った時に、ようやく彼はこれまでライフワークとしていた四天王解放の儀式を実行に移せると確信したのだ。


 封印された四天王を解放させるのに必要なのは、強い魂を持った四人の生け贄なのだが、それを用意するのは並大抵の事ではなかった。


 強い魂……それはつまり強い力もしくは才能を持った者と解釈したラーズだが、強い力を持っている者はそもそも生け贄にしようとしても反発されてこちらが返り討ちになる可能性がある。逆に、まだ才能を開花させていない金の卵を見付けようにも、鑑定眼系のスキルを持たないラーズにとって、それは途方もない時間と運が左右する作業だった。


 だがそこで、鑑定眼系スキルを持ちつつもクズでしかないベイグと出会い、ラーズは閃いたのだった。


 才能ある奴を雑用係として雇い、そして口封じと称して生け贄にすればいい、と。


 ラーズは巧みにベイグを誘導し、才能はあるが気が弱そうか、使えなさそう奴を雑用係としてパーティに入れるように進言し、そして処刑場所としてあの生け贄の祭壇を教えた。そうしてパーティに入れた雑用係が才能を開花させないように密かに手も回していた。


 ルインに対してもそうだ。スライムとゴブリンをテイムできないのならば他の魔物を試しても無駄だとベイグに説明し、それ以外の魔物をテイムさせなかった。


 こうして、ラーズは数年掛けて、三人の生け贄を捧げたのだった。

 そして四人目も上手くいき、ベイグ達には気になる事があると言って、一人で生け贄の祭壇へと向かった。


 解放された四天王を使役するべく戻ったラーズを待っていたのはひとときの狂喜と、絶望だった。


「あああああ!! なぜだああああ!!」


 ラーズが、ラセンの街に着くと、安心感が出たせいか、ここまで抑圧していた色んな感情が爆発した。


「俺がああ!! 10年掛けた計画がああ!! あんな愚図に!!」


 三度殺された恐怖は、既に怒りと嫉妬に塗り替えられていた。


「ちょ、ちょっと。どうしたのよラーズ」


 そんな彼に声を掛けたのは、たまたま近くを通りがかった同じパーティのメンバーである女魔術師カティラだった。


「黙れあばずれ!! お前に俺の悔しさが分かるか!?」

「はあ!? 何よ急に! 大通りのど真ん中で叫んでるから誰かと思ったのに……あんた頭おかしくなったんじゃない?」


 数歩ほど後ろに引きながら、カティラが眉をひそめた。


「ベイグは何処行った!? ! だからすぐにぶっ殺さないといけないんだ!!」


 唾を飛ばしながら、ラーズが叫ぶ。既に、彼はルインとの約束を忘れていた。

 そうだ、ルインを殺せばいい。そうすればあの魔物達も誰が真の主人か分かるだろう。


 そういう妄執にラーズは囚われていた。彼はとっくの昔から――狂っていたのだ。


「ベイグなら、急に冒険者ギルドの本部から王都に来るようにって言われてさっきブツクサ言いながら出て行ったわよ? それよりも、あんた本当に大丈夫? あんな穴に落ちて、あの無能が生きている訳がないでしょ」

「お前も他人事じゃないぞカティラ。奴は俺達に復讐をしようとするはずだ!! お前だって散々ルインを虐めていただろうが! 魔法の実験台にして何度殺しかけた? 俺がいなければ死んでいたぞ」

「結果、生きているなら良いじゃない……ま、あんな糞弱い無能はどうでもいいわ。ベイグからはしばらく【ブラッドホーク】での活動は休止って言われているから、私は好きにやらせてもらうから。じゃあね~」


 手のひらをヒラヒラさせ、足早に去ろうとするカティラだったが、その肩をラーズが掴んだ。


「お前も……共犯だろうが。――協力しろ!」

「あんた、殺されたいの?」


 肩に掛かった手を払ったカティラは振り返り、ラーズへと短杖を向けようとしたその時。


「旦那様の事について、誰にも喋らないという約束を破り、罪を白状するどころかまだ隠蔽しようとするとはね……ああ、人間はいつの時代も度し難い」


 ラーズの肩の上に、小さな妖精が現れた。中性的な顔立ちで、少女とも少年とも聞こえる可愛らしい声で、そうラーズとカティラに囁いていた。


 その妖精の着ている服は、古めかしい神官の法衣のような物で、カティラはそれをどこかで見た記憶があった。


「ああ……ああああ!!」

「あんた、その妖精……何?」


 発狂するラーズをあざ笑うかのように、その妖精は光の尾を引きながら、二人の周囲を回り始めた。


「旦那様の慈悲を無下にした貴様と、そして旦那様を虐げたそこの女も――


 妖精の感情無き言葉と共に、ラーズとカティラの足下に複雑な紋様を描いた魔法陣が出現した。


「これは――古エルフ式の魔法陣!?」

「あああ!! 待ってくれ!! 違う、違うんだ!!」

「さあ極光となって、魔王再臨の狼煙となるが良い――【極天核アルマヌクレアール】」


 妖精の声と共に魔法陣から光が溢れる。


「これはまさか……そうかあの法衣は――」


 光に飲まれながら、カティラは思い出した。かつてエルフの里を襲撃し虐殺をしていた時に、神殿に立てこもった女子供を魔術で神殿ごと焼き払った際に神殿の奥に見えた、エルフ達が信奉する神の像。


 その像とこの妖精はよく似ていた。そして使い手はもういないと言われる古エルフ式の魔術をいとも簡単に使ったその力。


 それはつまりこの妖精が……エルフ達が信仰する神、【光輝輪廻リンカーネーション】ルクス・ルーチェであると……そう気付いたのだった。


 そしてそれが――カティラの最後の思考だった。


 次の瞬間、ラーズとカティラを中心とした光柱が天を貫いた。それは後に、【魔王の目覚め】と呼ばれる現象として……歴史書に刻まれる事になる。


 その周囲一帯――ラセンの街の約半分の面積がその余波で吹き飛んだが、なぜか死傷者は中心地にいた二人の冒険者を除いて、誰もいなかったという。


 ラセンの街にいた人々は、自分達が無事だったのは【妖精】に、もしくは【神】に守られたからだと口にし、魔王が目覚めたと同時に、神もまた救いの為に下界に降臨した――と噂するようになった。


 その噂は――瞬く間に大陸中に広がった。



☆☆☆



【レギエ浮遊諸島】――現在地、ユーエン鋼国上空。


「ということになったんだよ、旦那様」


 舌を出して可愛らしい声で、戻ってきたルクスが俺に事の顛末を話してくれたのだが……とんでもないことだよそれ!!


「待って……もう……理解が全然追い付かん……」


 ラーズが俺との約束を破ったのは良いとして……いや良くないけど……カティラまで巻き添えで殺してしまった上にラセンの街の半分を吹き飛ばした!?


 しかも、それが魔王――つまり俺の仕業であり、またその被害から守ったのが神――つまりルクス自身だと……住民達の思考に


「俺知ってるよ……そういうのを自作自演って言うんだ……」

「ふふふ、旦那様。とーっても怖い力に」


 邪神だ……可愛い顔してるけど、この妖精まじで邪神だ……。


「でも、旦那様、中々に素晴らしい居城が出来たね。んー、ここなら確かに魔王に相応しい場所だ」


 そう。俺が立っているこの場所は、とある島の縁だった。そこからひょいと下を覗くと……そこには雲海が広がっており、更にその下には大地があった。


 そう、ここは空の上。そしてこの島は空に浮いているのだ。

 

 俺は視線を上げた。この島だけでなく、周囲には大小様々な大きさの島が浮いている。見れば、島の下半分からは青白い巨大な結晶が露わになっていた。


 なぜそれでこの島々が浮かんでいるのかは、俺にも分からない。だけど、ここの名前だけは知っている。


 伝説の浮島……天界……幻の大地……。色んな異名が付いており、各国のおとぎ話や伝説に必ずと言っていいほど出てくるこの場所の名は――【レギエ浮遊諸島】。


 浮島がまるでクラゲの群れのように集まり、この広い大空を漂っているのだ。


 そしてその中心地に最も大きな島があり、そこには――

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