2話:四天王、深読みする


 彼らそれぞれが俺にこう名乗った。


 竜族の女王――【紅き女帝レッドクイーン】ゼテア。


 魔獣族の長――【九つの災詩ナイン・テイル】レーヴェ。


 不死族の主――【夜の歩く者ナイト・ウォーカー】クロムウェル。


 精霊族の神――【光輝輪廻リンカーネーション】ルクス・ルーチェ。


 それらの名は、俺でも知っているほど有名な物で、伝説や、英雄譚、邪教やエルフ達の教えに出てくるような名前ばかりだ。


 ……つまり、何を言いたいかというと……


 なんだか凄くヤバイ奴らがここに集まっているということだ。竜に九尾に吸血鬼ヴァンパイアに精霊神。世界を四回ほど滅ぼせそうなほどの力だ。


 そしてなぜか……そんな彼らが俺を主人だと思っている節がある。


 いや、確かにテイム! ってやけくそにやったけどさ。


 スライムすらテイムできなかった俺に、こんな伝説級の魔物がテイム出来るわけない……はずなのに。


「我が背中に乗るのが最も勇猛であろう!!」

「私の背に乗る主様こそ、至高よ? 黄金色の尾をたなびかせる姿を想像してみなさい」

「やはりここはボーンドラゴン一個大隊による編隊飛行が最もマスターに相応しい出陣かと」

「【風精霊シルフ】で空に道を作って、そこを歩くのはどう? 勿論【光精霊ウィルオウィスプ】で光の演出もバッチリだよ」


 俺が、とりあえずこの穴から外に出たいと言った途端に、彼らはどうやって上まで昇るかを真剣に議論していた。


「いやあの、普通で良いんだけど……」


 俺は、頭を付き合わせて喧々囂々けんけんごうごう話し合っている彼らに、そう恐る恐る声を掛けた。すると彼らは突如喋るのを止めて、俺の方へと向くと頭を垂れた。その動きは素早く、いやに規律的だった。


 まるで、俺の言葉が絶対――そんな風に見えた。


「我が愛しの君……申し訳ない。こんな事に時間を掛け議論している事自体が無駄だと仰るのは当然だ……」


 赤い竜――ゼテアが申し訳なさそうにそう謝ってきた。


「〝普通〟という言葉を凡人は良く使いたがるけど、実は概念としてはとても難しい物よ。つまり、私達は試されているのね」


 九尾の狐――レーヴェがそんな事を言いだした。いや、うん……俺は確かに凡人だし、さっきの言葉にそんなに深い意味はないぞ。


「くはは……こたびのマスターも中々に手厳しい。確かに、吾輩達は手段に囚われすぎていた。大事なのは……そこではない」


 吸血鬼ヴァンパイアのクロムウェルがそう言うが、その通りだよ!


「あはは、派手な方がいいじゃん! それにほら、


 精霊神ルクス・ルーチェ――呼び名はルクスで良いらしい――がケラケラと笑う。


 うん? 観客?


「我が愛しの君よ。我々は貴方と繋がった時に、その魂に刻まれた記憶を垣間見た」


 ゼテアがそう口にして、顔を俺に寄せてくる。

 

 過去の俺だったら、きっと恐ろしくて、卒倒していただろう。だけど、今は分かる。

 ゼテアの目には、優しさの光があった。


 それは決して憐れんでいるわけではない、慈愛の眼差しだ。まるで、母が我が子に注ぐような、そんな視線だ。


「我々は主様を守る盾でありそして――矛でもあるわ」


 俺の身体を包むようにレーヴェが身体を寄り添ってくる。柔らかく、甘い香りのするそのふさふさの体毛が心地良い。


「なればこそ……マスターに降りかかる災いは全て跳ね除け……障害は全て排除する」


 俺の横に、クロムウェルが立った。


「それこそが我々、四天王の役割だ。さあ、いこう!!」


 ルクスが俺達の上を飛び回ると、やがてその軌跡は魔法陣となり、光が柱となって立ちのぼる。同時に地面が爆発し、マグマが吹き出る。


「うおお!?」


 びっくりする俺だったが、ルクスが何かバリアなような物を俺の周りに張った。そのおかげでマグマは俺に触れることはなく、ただ、俺を上へ上へと押し上げるだけだ。


 ゼテアとクロムウェルが自らの翼で上へと先行し、ルクスとレーヴェが俺と共に上へと上がっていく。


 あんなに遠かった空が、すぐそこまで迫っていた。



☆☆☆



 大穴から抜け出せた開放感に喜ぶ俺の目に――とある人物が映った。

 

 マグマが空へと立ちのぼる大穴の縁の祭壇で、まるで神を見たかのように狂気の笑みを浮かべる一人の男。それは俺が所属していた【ブラッドホーク】のメンバーである賢者――ラーズだった。


 見ると、リーダーであるベイグや女魔術師のカティラはいない。

 

「なんで、あいつ一人……まさか俺を助けに?」


 いや、そんな訳がない。あいつが一番俺を物理的に傷付けてきた奴だ。宴会中に、俺を裸で立たせて笑いながらナイフを投げて、俺が瀕死になっても回復魔術で回復させてまた立たせるような男だ。


「あははははは!! やはりあの伝承は本当だった!!」


 ラーズが何やら叫んでいる。


「四人の強い魂を持つ者を捧げると、四天王は復活し、そして生け贄を捧げた者に忠誠を誓う!! さあ、四天王よ!! 我に忠誠を誓い、跪け!! そして俺を虐げた全てを破壊しろ!! ふはははは!!」


 俺を含め、四天王達は全員無言だった。


 マグマが収まり、おそらくはルクスの力によって浮いている俺は、ラーズの方へと向かう。


 それに気付かず、ラーズがゼテア達を見て、興奮気味にまくし立てた


 「【紅き女帝レッドクイーン】――ゼテア!! 古の伝説に名を残す、最強最古の竜よ!! 三日三晩、空と大地を焼いたというその炎を俺の為に使え!!」


 ラーズが欲望で濁った目を、空中に立つレーヴェへと向けた。


「その美しき姿は……九尾の狐レーヴェか! 【九つの災詩ナイン・テイル】といえば、今でも語り継がれる九つの伝説だ! その全てが、一匹の狐によって国や男が破滅する話であり、教訓話として今でも話されているぞ! そしてその力と美貌すらも俺の物だ!」


 その横にいるクロムウェルを見て、ラーズが狂喜の声を上げた。


「【夜の歩く者ナイト・ウォーカー】クロムウェルだと!? 古くから信奉する邪教集団がいるほど、神格化されたアンデッドの王――吸血鬼ヴァンパイアまでもが、俺の下僕か! 一つの大陸を死と闇の世界に変えたというその力、使うのが楽しみだよ!」


 そして最後にルクスを見て、ラーズが地面へと膝をついた。


「おお……神よ まさか、あらゆる精霊族の頂点である【光輝輪廻リンカーネーション】ルクス・ルーチェまでもいるとは……。エルフ共が信仰している神すらも古の魔王は支配していたのか……」


 なんか知らないけど、多分というかやっぱり、俺を助けにきたわけじゃなさそうだ。


 そして、ラーズはようやく目の前に現れた俺の存在に気付いた。


「貴様は……なぜ生きている!?」

「いや……俺にも分からないんだ。まさかと思うが、あの生け贄の話は本当だったのか?」

「なぜ生きているルイン!! 貴様が死なねば!! 生け贄にならねば!! 四天王を支配できないだろうが!! 俺が!! 魔王になれないだろうが!!」


 ラーズは気が狂ったかのように俺へと怒鳴ると、持っていた杖を向けた。


 こいつの話を聞く限り……自らが魔王になる為に少なくとも、3人殺している。勿論、直接はベイグがやったのかもしれないが……きっとこの場所を教えたのはこいつに違いない。


 俺は、【ブラッドホーク】で行われていた違法行為や悪事を見ない振りをしていた、いやそうするように強制された……違う、これは俺の言い訳だ。俺が無能で無力だったから、抗う事をやめていただけだ。


 だけど、殺人だけはしていないと思っていた。なのに。


「そこまで落ちぶれていたとはな……お前、最低だ」


 俺は思わず、そう呟いてしまった。前は、ラーズが怖くて仕方なかった存在だったが……なぜか今は哀れに見えた。


 それにラーズは気付いていないのか? ゼテア達から放たれている化け物みたいな殺気を。


「いつからそんなクチが聞けるようになったルイン!! まあいい、今度こそ殺して生け贄として捧げてやろう!!死ね!!――【サンダーボルト】!!」


 ラーズの杖の先から雷が放たれたが、それは俺を覆うバリアの前で、掻き消された。


「馬鹿な……反魔法領域だと!?」


 いや、知らんけど。


「貴様どこにそんな力を!?」

「いや、俺の力ではないんだが……」

「戯れ言を!! ならばこれで最後だ!!――【ヴォルカニックバイト】!!」


 杖の先から迸るのは炎の牙。上位種の魔物すらも倒せる魔力量が込められているけど……俺には分かる。無駄だと。


「なぜだ……なぜだ!!」


 ピンピンしてる俺を見て、ラーズがわめく。


 そんな中、ゼテア達がラーズをそっちのけでまた頭を寄せ合ってなんか会議をしはじめた。


「我にやらせろ。もう我慢ならん。あんな虫けら、我が爆熱爪で引き裂いて大地に融かしてやろうぞ」

「主様にしたように磔にして、魔術の的にしましょう。私、そういう拷問得意だし」

「いや……全身の骨を抜いて……肉クラゲにして踏み潰すのはどうだ?」

「【木精ドリアード】の種を植え付けて養分にしようよ! 人を養分にすると凄く強い【木精ドリアード】が産まれるんだー」


 なんかめちゃくちゃ酷い話をしている。そりゃあ確かに賢者はムカつく奴だし、殺されそう、というか現に殺されかけたけど……。


 ここでこいつを殺してしまえば、俺はあいつらと同類になってしまう。


 だからこそ、俺は殺す気満々のゼテア達へと言葉を掛けた。


「いや、でも流石に殺すのは……だろ」


 俺の言葉を聞き、全員がまたハッという顔をした。そして次の瞬間シュバババッっと音を立てて、俺の前に空中だというのに器用にひれ伏した。


「我々はなんという思い違いをしていたんだ」

「私は自分の愚かさに腹が立ってきたわ……そうねその通りだわ」

「流石はマスター……その思考は深淵よりも深い」

「あはは、やるなあ旦那様……可愛い顔して、中々の悪逆さだ」


 え? いや今、俺、そういうことをするのは可哀想だから止めようって話をしたよね?


 そんな俺の疑問に対し、クロムウェルが恐れ入ったとばかりに深々と頭を下げたまま、こう答えたのだった。


「マスターの仰る通りで……吾輩達が提案した方法はどれも可哀想なほど悲惨な目に合わす方法です。ですが、……愚かすぎました。ここは、吾輩の死霊魔術で生き返らして――全部やれば良い、ということですな」

「え?」


 なんでだよ! と俺が制止する間もなく。


 ゼテアの右前脚がラーズへと豪速で振り下ろされた。

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