第2話


チャッピー。

そう名乗るピエロは、俺の行く末について考察していた。

「たぶんだけどねぇ」

道端の華を一本、しゃがんで引き抜くと、花びらを指で摘んで、はらりはらりと一枚ずつ、土に還す。

「地獄にいくんじゃないかな」

天国だろうが、地獄だろうが、どちらでも構わないが、仮にそんな方法で判断されるのであれば、さすがに少し文句を言ってやろう。

「そんなことよりも」

辺りを見渡す。俺はまだ、何も知らない。

穏やかな緑に覆われた地面が、遥か彼方の地平線まで広がっている。

地平線はデコボコしており、そこに至るまでに起伏がある事が分かる。

丘。

山ほど高いわけではない。子どもの時分に遠足で行ったハイキングを思い出す。

チャッピーは、ふうむ、と唸って

「君が、天国か地獄、どっちに行くのか、今、みんなで話し合っている。その間、待ってもらう場所が、ここ以外になかったんだよ」

ここはね。

チャッピーはこちらに向き直り、とても奇妙なことを宣った。

「天国にも地獄にも、居場所がない、変な人が来るところなんだ」

よく分からないが。

俺は周りから「変人」として扱われ、それに苦悩して死を選んだ。

なのに、死に方さえも、死んでからも、俺はその運命にあるのか。

げんなりする。

チャッピーは「暇でしょ?」と笑うと、俺に背を向けて歩き出した。

「ついておいで。せっかくだから、見ていけばいいよ」

丘を歩き出したチャッピーは、何がそんなに楽しいのだろう。軽い足取りで歩きながら、自作らしき歌を口ずさむ。


そうさ オイラは 変なのさ

それも 神さまの 折り紙つきさ

喜ぶなんて 変だって 

そうさ オイラは 変なのさ


何度も何度も、繰り返し歌うものだから、しばらく進むうちに、完全に覚えてしまった。

ここには、変人しかいない。

おそらく、ここでは、変だという事が、ある種のステータスになっているのだろう。

さらに進むと、小高い丘を一つ越えた。

藁で建てたような民家が、ぽつぽつ見えた。


民家の一つ、その前を通ると、中から住人が出てきた。

「おはようございます!」

思わず、ぎょっとしてしまう。

それは、その住人が全裸であった事に対しても勿論だが、それよりも肌の色に対しての衝撃の方が遥かに大きかった。

おそらくは男性であると思われる、その住人は、全身に、目がチカチカする蛍光ピンクを纏っている。

念のためにもう一度、確認する。

確かに、衣類ではない。肌だ。

頭の先から、つま先まで、真っピンクである。

「おや?チャッピーさん、またそんな白い顔をして」

全身ピンク男は笑う。

「さすが、貴方は変ですね」

チャッピーが嬉しそうに応える。

「いやいや。サタヤジさんこそ」

二人は、ひとしきり、そうやってじゃれ合っていた。

そして、全身ピンク男はこちらに視線を向けた。

「ん?こちらは、なんて、」

俺に対しても、いわゆるお世辞のような事を言おうとしているらしい。

「なんて、」

言葉に詰まっている。

「ふつう、で、あられる」

俺に、特筆すべき【変な部分】を見出せなかったようで、物凄く申し訳なさそうに頭を下げる。

当たり前だ。

後にチャッピーから聞いた話によると、あの住人は生前から、起床と同時に、蛍光色のペンキで満たした浴槽に飛び込まなければ気が済まない人間だという。

そんな人間と比べたら、俺の変人としての度合いなんて、普通の人に毛が生えた程度だろう。


また、しばらく、チャッピーの後に続いて歩く。

今度は向こうの方から、老婆が近づいて来た。

「おはようございます!」

和服姿の老婆にチャッピーが挨拶する。

全く持って「変人」には見えない老婆。

何故か少し、がっかりした。普通じゃないか。

そう思っていると、老婆はいきなり、チャッピーに凄んだ。

「おはようございません!」

思わず飛び退く俺。見るとチャッピーは全く動じていない。

「良い天気ですねぇ」

朗らかな笑顔のチャッピー。

「お前は雨に震えてるのがお似合いだ!」

チャッピーを容赦なく罵倒する老婆。

「そんなそんな。ありがとうございます」

頭を下げて、お礼を言う健気なピエロに対して、老婆は最後に

「死んでしまえ!クソ野郎!」

と言い放つと、どこかへ行ってしまった。

チャッピーは、それでも、まだ穏やかに笑っている。


後に聞くところによると、あの老婆は、思っている事とは、真逆の言葉が口から出るらしかった。

俺は自分の、嫌でたまらなかった「変人性」を、根こそぎ打ち消された事で、なんとも奇妙な気持ちになった。

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