39.オートムは消えてしまったのです

 レシアさんに促され、無理やり昼食をとりました。

 食事も治療の一環だと強く勧められれば断れません。まあ、確かに食べないと体力はつかないので、そうなのですが……、正直少し辛かったですね。病院食……、あまり美味しくありませんでしたし。


 先ほどはレシアさんの部屋でしたが、今回は私の部屋になりました。

 昨日、ジャンセンさんが座っていたように、今はそのイスにレシアさんが座っています。

「大丈夫? エレン、行けるかしら?」

 レシアさんが私を気遣いながら言ってくれました。

 私はベッドの上で正座になると、エレンを出現させて目の前に置きました。

 ベッドの上に置くと目線が低くなるので、いつもより少しだけ大き目なエレンです。

 馬車の車輪くらいでしょうか?

「大きいわね」

「じっくり見るには、これくらいの方がイイですよね」

「まあ、あなたが、辛くなければね」

「大きさ比例して、負担が大きくなることはないので大丈夫ですよ」

「そう、じゃあ、始めましょうか!」

 レシアさんのその言葉で、オートムが窓に向かって走り出す場面を映し出しました。

「うーん、レシアさんはこの時、ハル君を後ろから抱き上げていたんですよね?」

「そうね」

「えーと……、ハル君が倒れた原因は、その前にオートムが突っ込んできたからですよね?」

「そうなるわね」

「では、なんで、オートムはハル君にタックルしたのでしょうか?」

 私はエレンから目を話し、レシアさんの返答を待ちました。


「ハイパーアブソープ……、幻導力の過吸収とか言っていたわね。レープリさんの持つ幻導力灯ホロランタンが、その過吸収の状態だったのかしら?」

「はい、オートムの言いようからは、そう聞こえますよね」

 私が合いの手を入れます。

「だとしたら、それを止めるためかしら? オートムがレープリさんを突き飛ばしたのは……。幻導力灯を手放させるため?」

 またいつもの考える仕草です。猫の手を動かしながら続けます。

「そうね、だから直ぐに拾い上げて、走り出したのかしら」

 レシアさんは、エレンの中で走り出すオートムの後ろ姿に目をやりました。

「そう言えば、オートムは逃げろって言ってましたね」

 私も、エレンの中を覗き込みます。

「タックルをした後、ハル君に離れろって」

「言っていたわね。それだと、オートムは、この後何が起こるか知っていたってことかしら?」

 何が起こるか知っていた?

 そうなのでしょうか?

 何が起こるか知っていたので逃げろ? この場から離れろ?

 本当に?

 私を殴った、あのオートムが、私たちを助けようとしたのでしょうか?

 オークの幻導科学技術のためには、犠牲もいとわないと言っていた、あのオートムがですよ? にわかには信じられませんね。


「リカちゃん、また、ゆっくりとエレンを動かしてもらえないかしら?」

「あっ、はい……」

 私がエレンへ頭の中の絵を送り出すと、ゆっくりとオートムが走り出しました。

躊躇ためらいがないわね。真っ直ぐに窓へ向っていくわ」

 レシアさんの言う通りですね。幻導力灯を抱えて、窓を見据えているのが、その後ろ姿からも分かります。

 ゆっくりと、しかも着実に窓へと近づくと、そのまま右脚で大きく踏み切り、クサフジの置かれたテーブルを飛び越えて、窓ガラスをぶち破って行きます。

「建物の二階だというのに……、本当に躊躇いが無いわ! オートムは下へ落ちる、と言うことすら想定していなかったのかしら? いえ、知っていたのかしら? 落ちる前に自分が消えてしまうということを……」

 レシアさんがそう言っている間にも、辺りの光がオートムに集束していき、それが点となった瞬間、パッという感じでオートムの姿が消えてしまいました。

 不思議ですね……。本当に消えてしまうのですから……。ゆっくりとエレンを動かしているのに、一瞬で消えてしまいます。

「どうなんでしょうか? 消えると知っていて……、私たちを助けるために離れて行ったってことですか? あのオートムがですか?」

 私はエレンを巻き戻して、先ほどの消える瞬間の場面を何度も映していました。

「光の集束と同時に、白虹の球体の中にあったものが、まとめて消えているわね」

 そうなのです! ハル君の千切れた右足も、このとき一緒に消えてしまっているのです。

「そう考えると恐ろしいわね……。あの球体に体がかかっていたら、天井や床と同じように削り取られて真っ二つだったわね。レープリさん、足だけで済んだのは不幸中の幸いかしら……」

 考えようによっては、そうかもしれませんね。命を失うことに比べれば、足の一本や二本……、いえ、そんなことはありません! 足を失うことだって、それだけで十分不幸です。

 でも、左手を失っているレシアさんの前では、そんなことは言えませんね。

 私は無意識にレシアさんの猫の手を目で追っていました。


「それにしても、この後オートムはどうなったのかしら?」

 レシアさんがエレンを見つめながら呟きました。

 えっ? オートムは、この病院にいないのですか?

 消えたって……、あの瞬間だけではないのですか? 消えたきり? 今も消えているのですか?

 そんなバカな!

 てっきり、私はオートムも怪我をして、この病院に入院しているものと思っていましたが……。

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