38.球体の形にえぐり取られています

 私は軋む体を動かしてエレンを出現させると、レシアさんの腿の上にそっと置きました。

 ベッドの上で足を投げ出しているレシアさんにも見やすいよう配慮したつもりです。

「まあ、当然だけど重さは感じないのね」

 レシアさんが足の上にあるエレンを見つめながらポツリと呟きました。

 エレンはヌメヌメと七色の虹を表面に這わせています。

「では、行きますよ!」

 私は、あの夜の事を思い浮かべながら、第三の目が開くイメージを作ります。

 そして、そのままエレンへ意識を送り出します。

 あの時、私の目が捕らえていたものは……。


「成功ね! やはり映っていたわ! 私の指ね!」

 エレンには、あの時の場面、そうレシアさんがパチンと指を鳴らした直後の場面が映っています。

「そのままゆっくりと動かせるかしら?」

「はい、やってみます」

 レシアさんの手が降ろされると、こちらを見ているレシアさんの顔が映りました。

 怯えているというか……、とても険しい表情です。

「我ながら、酷い顔つきね……」

 レシアさんがエレンに映る自分を評しています。

 それはそうですよね。この後、爆発に巻き込まれて死んでしまうかもしれない状況です。それなのに私に記録させようとしているのに余裕なんて、あるわけないですよね?


「あっ、レシアさんがハル君を助けに行ってくれたのですね」

 エレンの中のレシアさんが、座り込むハル君を後ろから抱き起そうとしています。

 そういえば、あの時、レシアさんの声がしていましたね。

 うん? ハル君がレシアさんに引きずられながら何かを叫んでますね。

「ハル君、なんか言ってますね」

「オートムに向かって叫んでいたわ。そして、この後よ。白虹の球体もろともオートムが消えたのは」

「消えた?」

「そうよ、見ていなさい」

 エレンの中のハル君が左に流れて、次には正面の窓ガラスに向かって走り込むオートムの後ろ姿が映し出されます。

 そのままオートムが大きく飛び上がると、窓ガラスに突っ込んでいきました。

 研究室、二階でしたよね? 飛び降りるのですか?

 窓ガラスが割れて、オートムの体が宙に舞い上がります。

 すると、その瞬間、白虹の球体が弾け、辺りが一瞬だけ白一色に染まると、次いで、その光はオートムの持つ幻導力灯ホロランタンへ集束していきます。

 そのついでのように、白虹の球体の縁に掛かっていたハル君の右脚も、綺麗に切り取られてしまいました。


「酷い!」


 ああ、ハル君が絶叫していたのは、このときですね……。

 血しぶきを上げながら、球体の集束に巻き込まれて、千切れたハル君の右足もオートムの持つ幻導力灯へ引き寄せられていきます。

 あまりの光景に私が目を背けると、レシアさんの声が飛んできました。

「この後よ。消えるのは。辛いかもしれないけど、ちゃんと見ていなさい」

 光はぐんぐんと、オートムに向かい集束していきます。

 そして、それが点になった瞬間、音もなくオートムの姿が消えてしまいました。

 どっ、どういうことでしょうか?

 オートムの抱える幻導力灯を中心に、白虹の球体だった部分が、綺麗さっぱり消えています。

 割れた窓ガラスも消え、その手前にあったテーブルも消え、クサフジの花やヒーレンヴィルナの人工精霊も巻き込まれ、床や天井の一部も球体の形にえぐり取られて消えてしまいました。

 不思議な光景です。まるで球体部分の空間が、そのまま無くなってしまったかのようです。


「あっ!」

 エレンのこちら側に向かって、ハル君を抱えたレシアさんの背中が迫ってきます。

 爆風ですね。

 私が後ろに飛ばされた爆風ですね。

 レシアさんが私の前に入ってくれたのですね。

 記録係の私を生かすためでしょうか?

 レシアさんがそこまで考えてくれていたのなら、もう脱帽です。いえ、感謝ですね。

 感謝しかありません。

 そこで、エレンの中が真っ白な空間になりました。


「あらためて見ても凄い光景ね……。これくらいの怪我で済んだのは、運が良かったのかしら?」

 確かにそうですね。この光景を見せられたら、死んでいても不思議ではありませんね。

 しかし、いったい……。これを見ても、何があったのか、いまいち理解できません。

「レシアさん……。いったい、何があったのですか? エレンで見ても分からないことだらけですよ」

「そうね。一つ一つ、考えてみましょう」

 レシアさんの猫の手が顎先をポンポンと叩いています。

「もう一度、オートムが窓に向かって走り出す場面から映してもらえないかしら?」

「いいですよ。でも、ちょっと待ってもらっていいですか?」

「うん? 何かしら?」

「ちょっと眩暈がして……」

「眩暈? ごめんなさいね。無理をさせすぎたかしら?」

 普段ならエレンを出したからといって、こんな状態にはならないのですが……、どうやら、体調があまり良くないみたいですね。

 それもそうでしょう、怪我に採血……、調子良い訳がありません。

「一度休憩にしましょう! 時間も時間だし、少し遅いお昼ってのはどうかしら? あなたも食べた方がいいわよ」

 お昼? そういえば、さっきまではお腹が空いていた気がしますが、なんだか食欲がありませんね。

 こんなのを見てしまったら食欲も失せるというものです。

 眩暈の原因も体調ではないかもしれませんね。

「はい、休憩します」

 私は弱々しく言うと、一度エレンを仕舞いました。

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