35.今度は私がハル君を助けるのです
しばらくすると顎髭が特徴的な先生がやってきて、いくつかの質問と、簡単な診察を受けました。
頭と背中の打撲が少し酷いくらいで、命に別状はないようです。
ただし、後頭部を打ち付けているので、数日は様子を見るために入院をする必要があると言われてしまいました。
入院ですか……、はぁ、入院にはあまり良い思い出がありませんね。
まあ、入院に良い思い出がある人の方が稀でしょうが、私の場合は特にです。
以前に入院したときは、ハル君に、とてもお世話になってしまいました。
子供の頃でしたので、やはり、ちょっと記憶が曖昧なのですが、昼夜を問わず、ハル君はずっと私のことを見守ってくれていました。まさに付きっ切りと言ってよいでしょう。
私が目を覚ますと、必ずハル君が手を握って、私の顔を見下ろしてくれていました。そして、すごく悲しそうな笑顔を作るのです。何かに耐えるような、それでいて、その悲しみを私には悟られまいとするような、とても淋しい笑顔を作るのです。
そんなハル君の顔を見る度に、私はとても申し訳ない気持ちになりました。
何故だか分からないのですが、私が私であることが、ハル君に対して、とても申し訳なく感じてしまうのです。言葉で表すと、そんな感じなのですが、心の中は、もっとモヤモヤしたもので溢れ返っているのです。
私はそんな思いに苛まれながら、虚ろの中で入院生活を送っていました。
今思い出しても、あの時の気持ちには、耐えがたいものがあります。
そして何故だか、ハル君にごめんなさいと謝らずにはいられないのです。
「そうだ! 先生、ハル君はどこですか?」
「ハル君?」
今しがた、頭の包帯を換えて、その余りを巻き取っていた先生が、疑問の表情を浮かべています。
「先生、一緒に運ばれてきた彼じゃないかしら? ほら、今手術しているっていう」
先ほど、先生を呼びに行き、今はそのまま診察に加わっていた看護婦さんが答えました。
手術? ハル君がですか? そんな!
「先生! 手術って! 大丈夫なんですよね ハル君は!」
心配です! 確かに昨日はオートムに一番近い位置にいましたし、最後には凄く苦しそうな声が聞こえましたよね。
「ああ、彼か……、たぶんまだ手術中だが、なんでも血液が足りないと言っていたね。早々に輸血を行わないと、まずい状況だとか……」
血液が足りない?
そんなに大変なことになっているのですか?
ハル君、死んじゃったりしないですよね?
やめてくださいよ! 本当に!
そんなことになったら、私はもう、どうしたら良いのか分からなくなってしまいます。
「先生! 血が足りないのなら差し上げます。ハル君を助けてください!」
「うん? 輸血かね? それは助かる! キミは妹さんかね?」
うん? 妹? 私がですか?
「いえ、私は……」
先生と看護婦さんが顔を見合わせています。
「兄妹ではないと?」
「はい」
何か問題があるのでしょうか?
「では、難しいね……。身内でないと輸血は出来ないんだよ」
そうなのですか!
「血液が適合しないと、逆効果になってしまってね。酷い場合は死んでしまうこともあるからね」
えっ? でも……。
「私が入院していたときは、ハル君から血を貰ったと聞いていますよ」
「本当かね?」
冗談を言っちゃいけない! 先生はそんな雰囲気です。
でも、そんな顔をされても、事実なのですから、仕方ないじゃないですか……。
「本当ですよ! ハル君は兄ではないですが、子供の頃にハル君から輸血してもらったことがあるんですよ。信じてください」
私が必死に訴えかけるも、先生は渋い顔を崩しません。
「ふむ、見たところオークのお嬢さんだと思うが、オークの技術では身内以外からでも輸血が可能だと? まいったね……、ここオボステム市では、それは認められていないんだよ。万が一に血液が適合しない場合の責任が取れないからね……」
先生は顎髭を触りながら、ハハハと薄く笑います。
責任の問題ですか? であれば、大した問題ではないですね! だって、輸血を受けたのは、この私なんですから! 貰ったものをハル君に返してあげるだけなんですよ! 適合しない訳がないじゃないですか!
それに身内ですか? どこまでが身内でしょう? 本当は嘘ですが、ハル君を救えるなら、これくらいの嘘は良いですよね?
「先生! 身内なら大丈夫なんですよね? 私は妹ではありませんが
まあ、嘘ですけど……。
「うん? そうなのかね! それなら問題ない!」
先生は隣の看護婦さんに何やら指示をしています。
「では、採血を行うのでこちらへ」
看護婦さんに促されて、私は立ち上がりました。
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