31.幻導力灯が吸い取っちゃってます

「あれは事故だよ」

 ハル君が消え入りそうな声で言いました。

 事故ってなんです?

「ルリちゃんには関係ない」

 私には関係ない?

「関係ないわけないだろ! 確かに、あの実験が事故の原因だったかもしれないが、コイツは当人だろうが!」

 オートムが私を指差して、良く分からないことを言い続けています。

「お前の妹が……」

 と、オートムが言い終わる前に、ハル君が声を荒げました。

「関係ないって言ってるだろ!」

 ビックリです。ハル君のこんな姿は初めて見ます。

 いつもの、穏やかなハル君とは別人のようです。

 後ろ姿からは、その表情を想像することしかできませんが、小刻みに震えるその体から、きっと唇を噛み締めているのでしょう。


 そのとき、そんなハル君の感情に呼応するかのように、右手の幻導力灯ホロランタンが激しく輝きだしました。

 すると、辺りを漂っていた無数のヒーレンヴィルナが、うじゃうじゃとハル君の元に近寄って行きます。

 体に纏わりつく精霊が鬱陶しいのか、ハル君が幻導力灯を持つ右手で弾こうとすると、それらは、しなやかに身をかわし、そのまま渦を巻くように、ハル君の右手に吸い込まれて行きました。

「レシアさん! 今の……、見ましたか? ハル君の……」

「何かしら? レープリさんの幻導力灯に吸い寄せられているのかしら?」

 そうですよね? やはりレシアさんにも、そう見えますか?


 ハル君は、今も纏わりつく精霊を追い払おうとしています。

 すると、右手の辺りで、またもや精霊がスルスルと渦を巻きながら、幻導力灯に吸い込まれていきました。

「あっ! また!」

 良く見ると、ヒーレンヴィルナは、ハル君に纏わりついているのではなく、ハル君の持つ幻導力灯に集まってきているようです。それは、まるで夏の夜に飛び交う羽虫が、明かりに吸い寄せられていく様に似ています。

「ハル君! 吸い取ってますよ! 精霊、幻導力灯が吸い取っちゃってますよ!」

 私が、たまらずに声を上げると、ハル君は、バタバタと腕を振り回すのをやめて、右手の幻導力灯を見つめていました。


「吸い取っているだと! ハル! まずいぞ! あの時といっしょだ! ハイパーアブソープだ!」

 精霊で輝くハル君の向こうから、オートムが声を上げます。

「ハイパーアブソープ? 幻導力の過吸収……、まさか! ショカの時もこれが原因だったのか?」

 ハル君が、改めて右手の幻導力灯を見つめながら、なにやら呟いています。

 しかし、その間にも辺りに漂うヒーレンヴィルナは、どんどんと吸収されています。

「レシアさん! なんです? 過吸収って?」

 傍らのレシアさんに、慌てて尋ねてみましたが、

「分からないわ、でも見て、レープリさんのあれ、あなたのエレンのように球体が膨張してないかしら?」

 と、レシアさんに言われて、ハル君を見ると、右手に握る幻導力灯を中心に、光の球体が浮かび上がっていました。

 それは、レシアさんの言うように、私のエレンと良く似ていて、表面には無数の虹の膜が蠢いていますが、全体的には、もう少し白っぽくて、中を見ることができません。

 そして、その球体はヒーレンヴィルナを吸収する度に大きく膨らみ、ぐんぐんと体積を増やしていっているようです。今や白虹の球体は、ハル君の右腕を肘の辺りまで包み込んでいます。


「ハル君! なんですかそれは! 過吸収ってなんです?」

 私の声は届いているはずですが、ハル君は微動だにしません。

「ねえ、ハル君! 聞いてますか!」

 私が、ハル君に向かって歩き出そうとすると、急に背後から右肩を掴まれました。

 レシアさん? どうして?

「あなた、近寄らない方がいいわ!」

 何を言っているのでしょうか?

 私が振り向くと、レシアさんが真剣な顔つきで言いました。

「昔、見たことがあるのよ。これと同じ球体を!」


 えっ?

 どういうことですか?


 声も出せずに、私がレシアさんを見続けていると、

「市庁舎が爆発した夜と同じなのよ、あの白虹の球体は」

 と、言って私を引き寄せました。


 市庁舎の爆発?

 えっ?

 それって三年前の、あの爆破テロのことですか?

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