30.幻導科学技術が最優先らしいです
どうする? と言う目つきで、ハル君が私を見ています。
私は、ほんの少しだけ思案すると、無言で頷きました。
すると、ハル君は一度大きく息を吸い込むと、勢いよく扉を開けて二〇一研究室へ入って行きました。
私とレシアさんもハル君に続きます。
研究室に入ると、部屋の中は藤色の光で満たされ、何十匹ものヒーレンヴィルナが、クサフジの花の香りと共に、辺りに漂っていました。
そして、その中心には、あの男、オートムダム・ケセウが背中を向けて立っています。
窓際のテーブルに向かい、クサフジの花へ両手をかざし、一心不乱に幻導力を送り続けているようです。
どうやら外から見えた、窓際の光の原因はこれだったようです。
オートムの背中越しにも、テーブルの辺りが、光っているのが分かります。
そして、その光の中からでしょうか? 無数のヒーレンヴィルナが生まれては、フワフワと空中へ泳ぎ出しています。
なんでしょう? オートムの手元から次々と生まれ出る精霊は、ある意味とても神々しいのですが、それ以上に、何か不安な気持ちを煽ります。
私が呆気に取られて、その光景を見つめていると、ハル君が声を上げました。
「おい!」
すると、オートムダム・ケセウは、精霊を創り出す手を止め、ゆっくりと、こちらに振り向きました。
あの顔です。夕方に見たあのフクロウワニの顔です。驚くでも、焦るでもなく、悠然とこちらを見ています。
「うん? ハルか? それに、おまえは……」
オートムが、ぼそりと呟くと、辺りのヒーレンヴィルナがゆっくりと、ハル君の方へ流れ出しました。
「オートム、おまえ! 何をやっているんだ?」
漂うヒーレンヴィルナを振り払い、ハル君がオートムに歩み寄って行きます。
「何を? ハル、お前も知ってるだろ? 主任の研究だよ。それ以外に何がある?」
オートムが、こちらに向き直り、クサフジの花びらが散乱するテーブルに寄り掛かりました。
「主任? ソリン主任か?」
「当然だろ」
「主任の研究と精霊に何の繋がりが?」
ハル君がさらりと核心に迫ります。
「ハル! おまえ本当に何も聞いていないのか? ホロエンジンのスパークに精霊を使う研究だよ。こいつらを人工的に大量に創れれば、完全自動の幻導力機関が安価で出来上がる。そうすれば、新たなエネルギーも容易に抽出できるようになる。馬車の時代も終わるぞ。これからは幻導科学の時代だ」
さも、それが、当たり前だと言うように、オートムは手を広げて精霊たちを見上げています。
「なるほど! ホロエンジンのスパーク……、点火プラグか! そうか……、結局は、いとも簡単に繋がるもんだねぇ」
ハル君が振り向いて、ニヤリと唇を上げました。
うん? どういうことですか?
私は、思わずレシアさんに救いを求めました。
「レープリさん! ホロエンジンのスパーク、いったいこれは、どういうことかしら?」
「細かいことは、後で説明するよ。でも、全部繋がったよ。精霊はソリン主任の研究対象である幻導力機関で利用するためのものだ。そして、その精霊を作るために、コイツが花を摘み取っていた。そして、悔しいかな、僕もこの研究に携わっているのに、何も聞かされていなかったよ……」
ハル君がそう悔しがると、オートムに向き直り続けました。
「しかし、ホロエンジンのスパークに精霊? 確かにスパークの件は問題になってはいたが……、本当に精霊によって解決なんて出来るのか?
ハル君が纏わりつく精霊を追っ払いながら、なにやら難しい話しをしています。
「知らん! 主任が出来るって言ってんだから出来るんだろ? オレは信じるしかないんだよ! 主任を信じるしか……、そうじゃなきゃ、報われないだろ?」
そこで、オートムは少し俯きました。何か思うところがあるのでしょうか?
「それは無責任だねぇ。よく知りもしない研究に肩入れするのはなぜなんだい? 植物園の花を無断で採取してまでやることなのか? 主任に命令されたからやった、ってのは通用しないぞ! 無断で花を摘み取れば、それはれっきとした犯罪だ。分かるだろ?」
そうですね! 私もホロエンジンの件は、あまりピンときませんでしたが、無断でお花を摘み取ってまでやる必要があるとは到底思えません。いくら弱みを握られているからと言って、犯罪に手を染めてまでやる必要があるのでしょうか? 例えそれが、お花を摘み取るという小さな犯罪だとしてもです。
しかし、オートムは、そうではないようです。
何がスイッチだったのか、私には分かりませんが、眉間に皺を寄せて、己の信念を吐き出しています。
「ハル! バカか? お前は? 忘れたのか? 今やオークの幻導科学技術が最優先なんだよ! 姉さんが……、いいや、世界の人々と時代が求めてるんだよ! それには細かいことなんて後回しだ! 主任? 犯罪? そんなのは関係ないんだ!」
一歩、二歩とハル君に近づきながら。オートムが続けます。
「いいか、良く聞けよ、異常気象や天災の絶えないこの半島で豊かに暮らしていくには、今やオークの幻導科学技術の発展が必須なんだよ。姉さんの信じていたオークの幻導科学技術がな!」
オートムはハル君の
「お前の持っているそれはなんだ? その手持ちの幻導力灯だって、街中の街灯だって、オークの産物だろ?」
そこで、一呼吸置くと、オートムは、さらに熱を帯びて続けます。
「何のための半島統一だ? 今しかないんだよ。せっかく統一した、今しかな! だから、無理をしてでも前へ進むべきなんだ! そこに多少の犠牲を含んだとしても……。それが、今のオークだ! オーク王国が統一した半島の意思なんだよ!」
私もオーク人です。しかし、まったく賛同できません。オートムのこの考え方には納得できません。
「傲慢だよ、オートム……。言っていることは分かるが、それが正しいとは思えないねぇ」
良かった! ハル君も、どうやら同じ想いのようです。
「そうね。それじゃ、あなたたちの実験は何を犠牲にしても構わない、と言っているのと同じになるわよ」
レシアさんも続いてくれました。
「そうだ! それの何が悪い? 例え姉さんが死のうとも研究は続くんだ! 誰かが犠牲になった途端に研究が終わってしまったら報われないだろ? だからだ! だからオレは何があろうとも、オークの幻導科学技術の発展に貢献する義務があるんだよ!」
どうして、この人は、ここまでオークの幻導科学技術を信奉しているのでしょうか?
お姉さんの死に何かあったのでしょうか? もしくは、ダム氏族特有の考え方でしょうか?
「ハル! おまえだって同じだろ? オレと同じように、既に犠牲を払っているお前なら分かるだろ?」
うん? ハル君が犠牲を払っている? いったい何のことでしょうか?
「僕が犠牲を?」
ハル君自身も疑問のようですね。
「忘れたのか? なんで、コイツがこうなったのか!」
突然、オートムが私を指差しました。
えっ? 私ですか? 何のことです?
唐突に振り向いたハル君と目が会ってしまいました。
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