24.大学内にオーク人は珍しいのです

 ハーバリウムの応接セットに緊張が走ります。

 ハル君の突然の告白に、私たちは固唾を飲んで見守っています。

 植物園の花を摘み取り、私に危害を加えた犯人が、ハル君の知り合いだなんて。

 実はまだ、皆には言っていませんが、忘れてはいませんよ。

 フクロウワニ男、いや、オートムダム・ケセウが言っていた、監視のリカ族、そして主任の件……、もし、これにハル君が関わっているのなら……。


「ふぅ、ルリちゃんも、そんな怖い顔で睨まないでくれよ」

 場の空気を壊すように、ため息交じりで、いつものハル君の和やかな声が響きました。

「先に言っておくけど、僕は、オートムが何をやっているのかは知らない。単純に彼自身を知っている、ってだけだからねぇ」

 本当ですか? でもハル君は嘘を言う人ではないはずなので……、今は信じるしかないのでしょうが……。

「では、彼は何者かしら? そして、レープリさんとの関係は?」

 やはり論理的で冷静なレシアさんは頼もしいですね。この場に居てくれて助かりますよ。

「オートムダム・ケセウ、オークの街、アケイナティルークの生まれで、年齢は僕の一つ上、ダム氏族の端くれで、学内にある幻子力研究所の主任、ソリンダム・ブーケメリク主任とは遠縁にあたるらしい。そして、僕と彼は、昨年一緒にこの大学へ入学した同級生だよ」

 一息でそこまで言うと、ハル君はレシアさんの目を見て続けました。

「同じオーク人であっても、ルリちゃんとは違い、同郷でもない、たまたま同時期に入学したってだけで、それ以上のことは何も知らないよ」

 レシアさんは、ポンポンとリズムを刻みながら、猫の手を己の顎先に当てています。

 どうやら、これがレシアさんの考えるときのポーズみたいですね。

 本人には申し訳ないですが、本当に猫みたいで可愛いです。

「分かったわ、では、なぜ顔を知っていたのかしら?」

 レシアさんの質問が続きます。

「銀髪にグレイの瞳、どこから見てもオーク人だ。元ヴォーアム占領地の南区にある大学に、オーク人は珍しいんだよ。見かければ、お互い挨拶程度はするだろう。だって、僕たちの入学は一年前だよ。当時はまだ、殆ど敵国の中へ行くようなものだったからねぇ」

 それはそうかもしれませんね。もし、ヴォーアム領のこんな大きな街に、一人で放り出されたら、私でも声を掛けてしまうと思います。

「なるほど! では出自の話しもそのときに? ダム氏族で幻子力研究所のソリンダム主任の遠縁だったかしら?」

 そうです! 主任! この言葉が私には引っ掛かるのです。

「そうだね、オートムもソリン主任の計らいがあって、この大学へ入学できたと言っていたねぇ。アケイナティルークは豊かな街だけど、彼の家は、それほど裕福ではなかったらしい。それで、ソリン主任の実験を手伝うことを条件に、入学が許されたみたいでね。学費だってソリン主任から出ているって噂だ」

「学費まで! なるほど、それは興味深いわね、であれば、彼の動機、いや弱みかしらね? もう犯行の理由は決まりになるわよ」

 レシアさんの猫の手が止まり、ハル君を見据えています。

「やはり、そうなるよねぇ、それは分かるんだけど、実際はその後が謎なんだよねぇ」

 ハル君が頷きながら、ボソボソと言っています。

 そして、その後は、ハル君もレシアさんも黙り込み、視点を合わさずぼんやりとエレンを見つめています。


 えっ! 思案しているのは見れば分かるのですが……、そうじゃなくて、犯行の理由は?

 私にも分かるように説明してほしいですね。

「あのー、ハル君にレシアさん、何か分かって、その後、悩んでいるようですけど、私や園長さんにも分かるように、お話しして貰えませんか?」

 私は園長さんに助け船を出してもらえるよう、横目で合図を送りました。

「そうよハル坊、さっぱりだわ、ウチの花壇のことよ、ちゃんと説明して貰わないと」

 ありがとうございます! 園長さん!


「まあ、そうですね」

 ハル君が顔を上げると、ゆっくりと話しだしました。

「レシアさんも気付いた通り、きっとオートムは、ソリン主任に命令されて、ツマトリソウやクサフジの花を盗んでいるのだと思います」

「命令されて盗む?」園長さんの声です。

「はい、正確には命令とは少し違うかもしれませんが、入学の経緯や学費のこともあって、

オートムは逆らえないのでしょう」

「であれば、それはもう命令と同じかしら?」

「きっと、そうなるねぇ」

 もはや、ハル君とレシアさんの連携プレイは淀みがないですね。

「でも、そこまでは分かったとして、花を盗んで、その後は? ここが分からないんですよ。ルウさん、昨日も聞きましたが、これらの花の利用方法って、なんですかね?」

 そうですね。ハル君、昨日もお花の利用方法を聞いていましたね。

 お花を摘み取る犯人が分かったところで、これだと、なぜお花を摘み取っているかは、一向に分かりませんね。ハーバリウムを預かる園長さんにしても、闇雲に花壇を荒らされていたら困るでしょうね。

「そうね、そのことなら……、まだ分からないことが多いのだけれど、花の利用方法だけなら、少し思い当たる所があってよ」

 園長さんではなく、代わりにレシアさんが答えました。

「本当かい? それは驚きだね! さすが、レシアさんと言うべきかな?」

 ハル君の顔が明るくなり、嬉しそうにレシアさんを見つめています。

「うん? レープリさん、そんなに見つめられても、今握っている事実しか出ないわよ」

 あー、どこまでも冷静ですね、レシアさんは……。

 でも、教えてください。そのお花の利用方法を!

 私のためにも! 園長さんのためにも! お願いします。

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