22.私はこれをエレンと呼んでいます
「それで、ですね、私はこれを絵連と命名しました!」
「エレン?」
ハル君が反復しています。
「はい、絵画の連続で絵連です。もしくは、動く絵画なので、動画でも良いですが、語呂的に絵連の方が言いやすいので」
シャボン玉の中で、風に揺れる草花を見ながら、私は丁寧に説明をしました。
「これは単なる一枚の絵ではなく、連続した複数の絵の集合体です。一つ一つの絵がその瞬間の記憶を切り取ったものなので、先ほどお見せした絵を映す場合と理屈は同じです。ただし動かすには、この絵を高速で次から次へと連続表示させる必要があります。言葉にすると難しそうですが、実際にやることは、とても単純です。私の頭の中の記憶の風景を細かく千切ってスフィアスクリーンへ送り出すだけです。なので、さほど難しくありませんでした。見たい場面を表示するのと大差ありません。すごく簡単に言ってしまえば、頭の中の思い出の本のページを、パラパラと捲る感じです」
「なるほど、面白いわね。絵連、そう言われたら、確かに絵画を細かく連続で表示すれば、動いているように見えるわね」
レシアさんは納得のようですが……。
「でも、エレンって、なんか人の名前みたいだねぇ、あっ、この際だから、このシャボン玉も含めて、もう、エレンちゃんって呼ぶのは、どうかな?」
ハル君、そっちですか? もしかして命名しようとしています?
「それもいいわね! じゃあ、今日からコレはエレンでどうかしら?」
「えっ! なんで、レシアさんまで乗っかってきてるんですか!」
「だって、これがエレンだと言ったのは、あなたじゃないかしら?」
「まあ、そうですけど……、イントネーションですよ! 先頭にアクセントを置くと、本当に人の名前みたいじゃないですか……、エレンじゃなくて、絵連だったんですけど……」
「いいじゃない別に、もう決まったことだし、私たちも空間なんちゃらとか、スフィアなんちゃらより、エレンの方が言い易いから効率的だわ」
レシアさん……、そういうところ、意外に適当なのですね。知りませんでした。
「……はい、じゃあ、わかりました。お二人がそんなに言うなら、もうそれでいいです」
私は、子供のように、口を尖らせながら頷きました。
「じゃあ、このまま少しエレンを動かし続けます。ずっと見ていれば変化が現れるかもしれませんので、見逃さないよう注意してくださいね」
私たちは、それから暫くの間、エレンに集中していました。しかし、一向にエレンの風景は変わる事なく、夕暮れの花壇を映し続けています。ときたま、少し強い風が吹くと、先ほど麻袋から零れ落ちたクサフジの花が、コロコロと転がり、エレンの外へ消えて行きます。
ちょっと目が疲れてきましたね。しかし、どれくらい経ちましたか? 三十分くらい見続けていたでしょうか? うーん、エレンの中も夕暮れから夕闇の表情に変わりつつありますね。
「しかし、あの転がってるのは、やっぱり、摘み取られた、ウチのクサフジの花かね?」
代わり映えのしないエレンに飽きたのか、園長さんが誰に言うでもなく呟きました。
「そうですね、あのフクロウワニ野郎ですよ。私が見た時……、花を摘んでは、この袋に入れてましたからね」
私は先ほどの光景を思い出して、少し身震いをしてしまいました。
あの時、男が小脇に抱えていた袋、あの時、花壇に立ち込めていた土の匂い、あの時、男の近づく足音、あの時の……、あの時の絡みつく目つき、あの時の恐ろしい声、そして、あの時の強烈な痛み……。
ああ、思い出している今の方が恐怖を大きく感じます。
そんな風に、私が思い出に怯えていると、突然ハル君が声を上げました。
「なるほど! そういうことか! 今見えている袋が、いっぱいになったので、替えの袋を取りにきたってことか!」
ハル君が手の平に拳を打って、一人で納得していますが……、なんのことでしょうか? 私には、さっぱり分かりません。
「そうね、状況からして、あなたの顔にかけてあった二つ目の麻袋を取りにきた、ってことかしらね?」
「レシアさんまで! いったい、なんのことですか?」
私と園長さんは困惑の顔です。
「あー、ごめん、ごめん、さっきのだよ。暗がりから急に明るくなって、風景が開けたのは何故かな? って、ずっと気になってたんだ」
ハル君が説明を始めました。すると、それに続いて、
「あなたの目が開いていて、視界があるのに、最初真っ暗だったのが不思議だったのよ。そして、その後、急に麻袋が現れたのは、何故かしら? ってね」
と、レシアさんの補足が続きました。
なるほど! 最初の場面ですね!
えーと、一つ目の麻袋がいっぱいになったので、私の顔に掛けてあった二つ目の麻袋を手に取った、だから急に視界が開けた、ってことですよね。
しかし、冷静になって考えてみると……、あのフクロウワニ野郎! 私の顔に麻袋をかけていたですって! 本当に許せませんね!
それにしてもレシアさん、ハル君との連携プレイが鮮やかになってきていますね……、なんでしょう、またちょっと悔しい気持ちになってきていますね。やはり嫉妬でしょうか?
うーん、いやいやいや……、嫉妬? それは、なんだか嫌ですね……。
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