21.思い出の場面は動いているのです
「大丈夫かい?」
傍らのハル君が、膝に手を当ててくれています。
「あまり大丈夫じゃないですけど……、大丈夫です」
私は涙目でソファーに座りながら答えました。
「……にしても、探せるだって?」
ハル君が疑問の視線を投げかけてきます。
「はい、ハル君! なぜ私が目を開けたまま倒れていたか、分かりますか?」
私は逆にハル君に疑問を投げ返しました。
「なぜ? うーん、一時的には死んでいたからかな?」
死んでいたから? はっ? ハル君は何を言っているのでしょうか?
私があっけに取られた顔をしていたのか、
「いやいや、冗談だよ。そんな顔しなくても……」
と、手を振りながら、ハル君は苦笑いを浮かべています。
「……なら、あの能力かしら?」
そこで、先ほどまで思案していたレシアさんが顔を上げました。
しかし、さすがですね!
「そうです! レシアさん! きっと、それが、正解です!」
私はピシッとレシアさんを指して言いました。すると、
「おや? なんだい? 正解って?」
と、今度は疑問を呟く園長さんと目が合いました。
「そうです! 園長さん! 正解! それはシャボン玉です。あのフクロウワニ野郎に、やられて倒れていましたが、きっと私の目は見ていたはずなんです! 当然、意識が無かったので、見ようと思って見ていたわけではありません。でも、目は開いていたのです! 私の視界に入っていたのであれば、そう! 私はそれを風景として認識していたはずです。で、あるならば……」
「映せる、ということかしら?」
「はい! レシアさん! またもや正解です! 私の空間風景幻象術で、私が倒れていた時の場面を見てみましょう!」
私は一度手を打って両手を広げ、胸の前で手柄杓を作り、そこにスフィアスクリーンの種を創り出しました。そして、それをスイカ大まで拡げると、ローテーブルの隅に置きました。
園長さんとハル君の座る側、昨日とは反対の隅っこに置かれたシャボン玉を、今日はレシアさんも含めて、四人で眺めています。
「真っ暗だね」
園長さんが目を凝らしています。
「そうですね……、あのさ、ルリちゃん、やっぱり、これ、意識が無いとダメなんじゃないのかい?」
シャボン玉を見つめたままのハル君が言いました。うーん、どうやらハル君は、半信半疑のようですね。
「いや、待ってちょうだい、これは見えていないのではなくて、あなたの目の前に何かが置いてあるのでは?」
レシアさんがシャボン玉の端の方を指差しています。
「ほら、ここよ。小さいけれど、微かに植物の緑が見えていないかしら?」
どれどれ? と言う感じで、私たち三人は顔を寄せ合っています。
すると、急に視界が開け、シャボン玉から一気に光が溢れ出しました。
すみません、自分でも見たい気持ちがはやったのか、無意識に次の場面に移してしまったようです。
「うわっ! 眩しい!」
私たちは同時に、シャボン玉から目をそらしましたが、遠目から見ていたレシアさんだけは、そのままシャボン玉を見続けていました。
「なにかしら?」
レシアさんがポツリと声を上げると、シャボン玉の左下に薄茶色の物体が映りました。
「ぼやけているわね」
確かに何か映っているようですが、レシアさんの言う通り、ぼんやりとしていて、いまいち判別がつきませんね。
「ねえ、ルリちゃん、これ、焦点を合わせたりは、できないのかい?」
「焦点ですか? うーん、やったことないですけど、ちょっと挑戦してみますね」
私は自分が、この倒れた位置で見ている事を想像しながら、もう少しだけ近くを見るイメージをシャボン玉に送りました。すると、ぼやけていた物体が綺麗に輪郭を現します。
「なんだい? 麻袋かい?」
やった! 焦点合わせ、できたみたいですよ! 確かに麻袋みたいですね。
と、その時、園長さんが麻袋と言った物体が急にコトリと倒れて、中から紫色のクサフジの花が何個か顔を出しました。
「ひぃっ!」
園長さんが小さく悲鳴を上げると、ハル君とレシアさんも目を丸くしています。
どうしたのでしょうか? そんなに驚く光景でしょうか?
私は思わず口元に指を当てていました。
「違和感があります。あのー、何をそんなにビックリしているのですか?」
私が問いかけると、
「ルリちゃん! 動いた!」
と言って、ハル君がシャボン玉の中の麻袋を大げさに指指しています。
「ええ、風でも吹いたんじゃないですか? 元々この花壇も少し斜面になってますからね」
私は麻袋が、斜面の下側に向かって倒れている事を確認しながら言いました。
「いや、そうじゃなくて……、これ動かせるのかい?」
動かせる? ハル君は何を言っているのでしょう?
あっ! そう言えば、これは取って置きでした!
焦点を合わせることに夢中になっていて、思わず動かしてしまったことに気付きませんでした。せっかくの秘密だったのですから、もっと盛大にお披露目しようと思っていたのですが、残念でなりません。
仕方ない、こうなったら、悔しいので、それが、あたかも当然のように言ってやりましょうか?
「ええ、あれ? ハル君も初めてでしたっけ? もちろん私の記憶なので動きますよ。ハル君だって、思い出は絵のように止まっているだけではないでしょう? 場面ごとに動いていたりしませんか?」
どうでしょうか? さも得意げな演技でしたが、バレていませんよね?
「まあ、そうだね。思い出の場面は動いているねぇ」
やった! こちらも成功ですね。
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