20.たぶん何もされていないはずです

「まあ、そこまで服が乱れていたわけではないのだから、心配することはないのかしら?」

「だっ、大丈夫ですよ……、たぶんエッチな事は、何もされてないと思いますよ……、こっ、これは、ビックリして尻餅をついたので、汚れているだけです。まあ、これも、たぶんですけど……」

 四人掛けのハーバリウムの応接セットは満員です。

 私に起きた災難を、今しがた皆に説明したところ、レシアさんが開口一番に言いました。

 そして、それに園長さんが続けて、

「花壇の陰だからって、大学内だからね。そうそう危ない目に遭うとは思えないけど、まあ、ルリリカさんも、相当な美人さんなんだから、気を付けないとねっ!」

 ええ、そうですが……。

「そうよ、見た目は大丈夫そうだけど……、下着とか、取られたりしていないかしら? 最近は変なのが多いらしいわよ」

 レシアさんが、私のローブを透視でもするかのように、目を細めて見つめています。

 えっ? レシアさん? それは? 本当に見えるのですか? いや、レシアさんなら、あるいは!

 私は咄嗟に右手でローブの首元を摘まんで引っ張り、服の中を確認しました。と同時に左手でローブの上から股間を押さえています。

 ふう、レシアさん! ビックリさせないで下さいよ! 大丈夫です。下着もちゃんと付けていますよ! あっ、でも、殴られたお腹の辺りは痣になっていますね……、我ながら痛々しいです。

「あら? 冗談だったのに、そんなに焦らなくても良くてよ。まあ、その小さな胸なら、元から下着はなくても、さほど問題にはならなかったかしら?」

 レシアさんは、そこで、フフっと笑って、頬を緩めました。

 うん?

 あれ?

 レシアさん!

 今、サラッと酷いこと言っていませんでしたか?


「まあまあ、ひとまず、ルリちゃんの胸の問題は置いておいて、もう少し詳しく話しを聞いてみようじゃないか」

 うん? 私の胸の問題? ハル君! お前も! ですか?

 私、まだ十六歳ですよ! これからですよ! 見てやがれです! って、今はそんな場合じゃないですね。あっ! でもウチのおばあちゃんも……、いやいや、それは後回しですね!


「そうね、じゃあリカちゃん。あなた、花壇には何時くらいに?」

 レシアさんが、真剣な顔になり、質問をしてきました。

「花壇ですか? 確か授業が終わって直ぐだったので、五時前後だったと思いますよ」

「また、ずいぶん早いねぇ、僕たちとの待ち合わせは六時だったはずだよ」

 ハル君が、呆れた、という感じです。

「そうなんですが、特にやることもなかったですし、お花も見たかったので、早く行ったんですよ」

「ルリリカさんは植物好きだったもんね」

 園長さんがフォローしてくれています。

「そんなに好きなら、園芸部に入ったらどうかい?」

「ルウさん、園芸部への勧誘は、またの機会でお願いしますよ。今はクサフジの犯人の件を優先しましょう」

「まあ、確かに、そうね」

 園長さんは納得したようです。

「ところで、あなた、男と言っていたけれど、犯人に心辺りはあって?」

「ないですよ! でも、フクロウワニです!」

「えっ? フクロウワニ?」

「はっ? フクロウワニ?」

 ハル君とレシアさんが、フクロウワニの所で声を合わせています。

「そうです、フクロウとワニを合わせたような顔つきで……、ハル君と同じローブを着ていました。それで、たぶんですがオーク人です。銀髪にグレーの瞳……、だからハル君かと思って、近づいてしまって……」

 レシアさんがハル君の顔を見て首を捻っています。

「でも、レープリさん、あなたはフクロウワニの感じではないわね……」

「ハハハ、僕はそんなんじゃないよ。と言うか、一般的なオーク人が皆、そんな顔付きではないからねぇ」

 ハル君は両手を仰いで首を振っています。

「まあ、そうよね、でも逆にそんな奇妙な特徴だと、人の顔としては想像しにくいわね……、探し出すのは困難かしら?」

 レシアさんが顎に猫の手を添えて思案しています。

「あらっ! あなた、その手!」

 今さらながら、園長さんが、レシアさんの猫の手に気付いて驚いています。

「うん? ルウさん、昨日、ここで見たじゃないですかぁ」

 思案中のレシアさんの耳には届いていないのか、ハル君が対応しました。

「そうだけど……、実際に実物を見ると……、まあ可愛いものね」

 あっ! やっぱり可愛いですよね! 分かりますよ、園長さん! 絵で見るのとは違いますもんね。


 うん?

 絵……。

 そうでした! 絵です! 絵に出来るのです!

 あの時、意地で目を開けたのも、このためですからね!


「ハル君、レシアさん! 探せますよ! あのフクロウワニ野郎!」

 私は興奮気味にそう言って立ち上がると、またもやローテーブルの淵に膝をぶつけてしまいました。しかも、昨日ぶつけた所と、まったく同じ個所です。ものすごく痛いです。と同時に情けなくなります。ああ、なんで私は学習しないのでしょうか? はあ、しかし、今日は、ローテーブルにお茶が無かったことが不幸中の幸いですね。

 えっ? 不幸中の幸い?

 いやいや、お腹を殴られて、膝をぶつけて……、幸いなんてないじゃないですか!

 まあ、でもいいです。目を開けていたことで、フクロウワニ野郎に一矢報いてやったはずですからね!

 見てやがれです!

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