19.花壇で寝てると風邪を引くのです

 あれ? 少し寒いですね。暖炉の火が消えてしまっていますか?

 うん? 暖炉は鹿の剥製の真下ですよ。おばあちゃん、自分のお家なのに、そんなことも忘れちゃったのですか?


 えっ? 薪がない? そっか、そろそろ雪解けの季節だから、そんなに用意してないのですね? まあ、それなら、仕方ないですね。後で私が薪割りをやっておきますよ!


 あれ? でも、そしたら、あのマントルピースの上のスグリシチューは冷めちゃうじゃないですか? あれ、冷めると美味しくないですよ。

 昨日食べた? そうでしたね。私の大好物が残っているなんてことはないですよね。


 それにしても、やっぱり寒いですよ。

 毛布、はだけてしまっていますか?

 そうでした、私のベッドは、昨日からあの人が使っているのでした。

 いつものベッドじゃないから、毛布がはだけてしまっているのですね!

 それならば、寒いわけですね。

 しかし、もうそろそろ雪も解ける頃だったはずですが……、寒の戻りってやつでしょうか?

 あれ? 雪解け? いや、あの人が来た頃は、まだ雪が積もっていたはずですが……。


 ……ショカちゃん!

 あっ、おばあちゃんの声ですかね? うん? ショカちゃん? 誰ですかそれは? まあいいや、どうやら私を起こしてくれているようですが、私はもう少しだけ眠っていたいのです。だから、毛布がはだけているのであれば、掛けなおして欲しいのです。ちょっと子供みたいな我儘わがままですが、久しぶりだから許してください。


 ……ルリちゃん!

 ルリちゃん!

 しっかり!


 うん? おばあちゃんだと思っていたのですが、どうやらハル君の声みたいですね。

 でも、どうしてハル君が私のお家にいるのでしょうか?

 今日は何曜日でしたっけ?

 いや……、あら? ここはどこでしたっけ?

 私は……、村のお家に居るはずは……、ないのですよね?


 うん?

 ハル君?


 あっ!

 そうでした!

 私は……。


 そこで、私は意識が戻るのを自覚すると、目の前にハル君の顔がぼんやりと現れました。

 傍らには、心配そうに私を見下ろすレシアさんもいます。


「良かった! 気が付いたね! 大丈夫かい?」

 ハル君が私を抱きかかえながら、安堵の声をもらします。

 レシアさんも、胸をなでおろしたのか、ほっとした表情になりました。

「あの……、私……」

「ああ、ビックリしたよ、目を開けたまま倒れているから、本当に死んでいるのかと思ったよ……」

 目を開けたまま倒れている? そうでした、あの男にやられて意識を失う瞬間、私は目を瞑らないよう強く意識したのでした。

 そう言えば、あの男はどこに行ったのでしょう?

 私はハル君に抱き抱えられたまま、辺りをキョロキョロと見回しました。

「うん? どうしたんだい? 急に?」

 ハル君が、不思議そうに私の顔を覗き込んでいます。

「男です! 犯人がいたんですよ!」

 私はハル君の腕を振りほどき、勢いよく立ち上がると、尚も辺りを探りました。

 しかし、あの男はどこにもいません。

 無残にも摘み取られたクサフジの残骸だけを残して、辺りはいつもの、穏やかな花壇です。


「とりあえず、立てるだけの元気はあるみたいね、良かったわ」

 レシアさんですね。

「そうだねぇ」

 ハル君が立ち上がりながら続けます。

「それにしても、いったい何があったんだい? いくらルリちゃんと言えども、花壇でお昼寝なんてことはないだろうからねぇ、……まあ、取り敢えず、ここに居てもしょうがないし、ルリちゃんにも落ち着いてもらわないとなんで、まずは、ルウさんのとこにでも行こうか?」

 ハル君は、親指を立てて真後ろのハーバリウムを指しています。

 レシアさんは、それにつられて振り向くと、小さく「そうね」とだけ言いました。


 ハーバリウム……、そうですね。ハル君やレシアさんに報告したいこともありますし、なにより園長さんに、クサフジの花が摘み取られてしまったことを、お知らせしなくてはなりません。


 あれ? そういえば、今気づいたのですが、辺りはもうずいぶん暗くなってますね。

 私はいったい、どのくらい意識を失っていたのでしょうか?

 四月とはいえ、この時間にこんな所で寝ていれば、それは寒くもなるでしょう……。

 それにしても、おばあちゃん、懐かしかったな。

 怖くて痛い思いをしたけれど……、夢の中で、おばあちゃんを感じられたのは嬉しかったな。私は、少しだけ目の端に貯まった涙を拭いました。

 そして、クシュンッと、小さなくしゃみを一回しました。

 あっ! 風邪、引いていたら嫌ですね。

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