18.アイツが監視しているリカ族です
午後の授業もなんとか乗り切り、私は早々に植物園に向かいました。
予定の時間より少し早いですが、はやる気持ちを抑えることが出来ません。
昨日と同様に正門前を左に曲がり、湿った道を歩いて行きました。気温が高いせいか、よりいっそう土の匂いを強く感じます。そして、左手には、今日も鮮やかな花を咲かせる花壇が続きます。
シロツメクサにツマトリソウ、これはお花がなく少し寂しい感じですね。そして、スズランにヒメマイズルソウ、ヒナギク、クサキンポウゲ、サクラソウと続いて、最後にクサフジですね。 って、あれっ! クサフジの花壇の所に誰かいませんか?
遠目からだと、少し分かりづらいですが、草花に混じってしゃがみ込む人影が見えます。
ははぁーん、分かりましたよ! あのサラサラ銀髪ヘアーに紺のローブの後ろ姿は、きっとハル君ですね! なーんだ、少し遅くなるようなことを言っていたくせに、私より早いなんて、どれだけ待ちきれないのですか? もう
私は、そんなハル君を脅かしてやろうと、気付かれないよう、忍び足でそっと近付いて行きました。
あと数歩、距離にしてみれば数メートルでしょうか、背後から目隠しをしてやろうと両手を上げて近寄ってみると……、アレ? ハル君じゃないですね!
良く見ると、ハル君より少し髪は長くて、体つきも良い感じです。肩幅がハル君より広く感じます。そして、何よりも、このハル君に似た男は、一心不乱にクサフジの花をむしり取っては、小脇に抱えた麻袋に花を詰め込んでいます。
あっ! これは、まずいかもしれません。ハル君だと思って近づいてしまいましたが、これは明らかに……、ある意味では、私たちが望んでいたものですが……。
そう、犯人ですね!
まだ、日もあるというのに、こんなにも堂々と花を摘んでいるとは思いませんでした。
まさにがむしゃらにと言う感じで、クサフジの花をむしり取っています。
それが幸いしてか、どうやら背後にいる私には、まだ気が付いていないようです。
取り敢えず、逃げましょう! 私一人では、どうすることもできません。ここは一度離れて、ハル君とレシアさんに報告ですね。
私はゆっくりと、気付かれないように、その場を離れようとしました。が、そうは上手く行きませんね!
私は、花壇の淵に埋めてあるレンガに足を取られて、大きく後ろによろけると、そのまま、その場で尻餅をついてしまいました。
「きゃっ!」
不覚にも、声まで出てしまいました。
あー、やってしまった! と思っても後の祭りです。
一心不乱に花をむしっていた男にも、こんなに近くで声を上げれば、それは気付かれるのも当然というものです。
私が恐る恐る顔を上げると、男はのっそりと立ち上がり、こちらに振り向きました。
ああ、全然ハル君ではありません。似ても似つきませんよ。大きな口と細身な頬筋、それに合わせるかのような大きな鷲鼻、そして、なんとも間抜けな丸い目。
まるでフクロウとワニを合わせたような、実に奇妙な顔付きです。
「チッ、なんだオマエ? こんなとこで、なにしてやがる?」
いかにも悪党なセリフですね……、なんて思っている場合でもありません。本当にまずい状況ですね。しかし、頭では分かっているのですが、どういうわけか体が動きません。
「おいっ!」
小脇に抱えていた麻袋を投げ捨てると、男が大きな声を上げて近づいてきます。
そして、私の目の前まで来ると、しゃがみ込み、私の顔を覗き込んできました。
私は咄嗟に顔を背けましたが、男に顎先を掴まれ、正面に戻されてしまいました。
「銀髪に、この目の色は……」
男が握った顎先を視点に、私の顔を左右に振って検分しています。そして、鋭い視線で、私の目を見つめてきました。
こっ、声も出ませんね……。
「オーク人にしては瞳が黒過ぎる気もするが……、そうか! おまえ、あの時の!」
なんでしょう? この人は私を知っているのでしょうか?
「ここにはオーク人なんて、そうそう居ないからな、ならば、監視してるというリカ族ってのは、お前のことか……、確か……、ルリリカ・ボタニーク!」
自分勝手に納得したようで、男は手を離しました。
しかし、なんでしょう? 私には疑問だらけです! なんで、私の名前まで?
「だったら手伝えよ! お前も主任に言われてるんだろ?」
手伝え? 主任? なんのことでしょう? 私には、さっぱり分かりませんよ。
私は恐怖と謎の質問で、体も動かなければ、頭も回らなくなってしまいました。
溺れた魚のように、口をパクパクさせるだけで、息をするので精一杯です。
「なんだ? おまえ? なんとか言えよ!」
強い口調で言われると、なおさら
「わっ、私は、な、何も知りませんよ……。しゅっ、主任って誰ですか? 手伝うって、その……、花を摘むのをですか? なっ、なっ、なんでです?」
やっとの思いで、そこまで言うと、男は舌打ちをしました。
「何も知らないのか! ちくしょう! しまったな……、オーク人なのに、この件に関して、お前は関係ないのか……、ならば……」
そこで男は何かを決意したのか、周囲を一度確認すると、
「少し寝ていろ!」
と言って、左手を素早く私の背中へ回し、右手で
「ううっ……」
腹部に衝撃が走ります! なんでしょうこれは? 生まれて初めての感じです。男の人に本気で殴られると、こうなるのですか? ああ、鈍い痛みが、お腹を中心に広がっていくようです。そして、体からいっきに空気が抜けて行きます……、はうぅ、いっ、息ができませんよ……。
誰か……、助けて……、このままじゃ……。
そこで、プツリと私の意識が途切れました。
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