16.青白く光るは花の精霊のようです

「ここで! ですか……。また、昨日みたいに、みんなにジロジロ見られちゃいますよ。それは、ちょっと恥ずかしくてですね……」

「大丈夫だよ、これだけ人が居れば、逆に目立たないと思うよ。パラソルもあるしねぇ」

「そうね、私もあなたの、空間風景幻象術ってものを、見てみたいわね」

「えー、レシアさんまでー」


 ハル君とレシアさんに押し切られ、私はここで、空間風景幻象術を披露することになってしまいました。

 ハル君は目立たないと言っていますが、隣のパラソルにだって、可愛い女の子たちが座っていますし、向こうのテーブルでは、疫学の教授が本を片手にシュリンプサンドを食べています。お昼の終わりに近づいていますが、まだまだ周囲は人だらけですよ。やっぱりちょっと恥ずかしいですよね。

「ルリちゃん、早くしてもらえるかな?」

 ハル君! そんな無責任な!

「そうね、午後の授業もあるから、早くしてもらえると助かるかしら」

 レシアさんまで……、なんなのですか? この二人、早くも息がぴったりじゃないですか……、こうなったら、もう知りませんよ! もう目を閉じてやってやりますよ!

「分かりましたよ! じゃあ、行きますよ!」


 私は目を閉じて、一度両腕を左右に開くと、胸の前で大きく手を打ちました。が、手を打つ直前に、何かが右手に当たりました。うん? なんでしょう?

 あっ! アイスティーですか? そう言えば、目の前のテーブルの上に、飲みかけのアイスティーが置きっぱなしになっていましたよね? 今、勢いよく引っ叩いたのは、私のアイスティーですか?


「もぉー、ルリちゃんさぁ! 毎回お茶をブチまけないと、その技はできないのかい?」

 あー、やっぱり、私のアイスティーですね……、ハル君の声が怒気をはらんでいますよ。

 ううぅ、目を開けるのが怖いですね。

 あっ、でもレシアさんは? 無言ですね……。

 私は、恐る恐る薄目を開けて、左隣りに座るレシアさんを観察しました。

 うっわぁ! レシアさん……。

 ですよねぇー。

 グラスの派手な音がしていましたし……。


 私が叩いたアイスティーは、グラスごと吹き飛び、それが見事にレシアさんのアイスティーにもぶつかり、辺りは大惨事になっていました。取り分け、レシアさんの真っ白なローブが酷い状態で、お腹の辺りが茶色に染まっています。

「ああぁー、レシアさん、ごめんなさいです!」

「いいわよ……、あっ、洗えば落ちるから……、あなたと同じアイボリーのローブだけれども、洗えば、きっと落ちると思うから……」

 レッ、レシアさん……、目が……、目が怖いですよ。


 またしても、やってしまいました。

 ハル君じゃないですが、この技をやるときは、お茶をブチまけることが癖になっているのでしょうか? 自分でもうんざりです。


 さて、ハル君とレシアさんにも手伝ってもらい、テーブルの惨劇を始末すると、私は改めて空間風景幻象術を披露しました。

 今度は無事にスフィアスクリーンを出す事に成功し、今はテーブルの片隅に置いてあります。


「この角度だと、レシアさんの後ろ姿しか見えないねぇ、もう少し先かな?」

 ハル君に言われて、私は少しだけ時間を進めました。

 すると、シャボン玉の中のレシアさんが、紙芝居のようにカクカクと場面を遷移して行きます。

「面白いものね、まるでその場を再現するかのように映るのね」

 レシアさんが、初めて見る私の空間風景幻象術に関心しています。ちょっと鼻が高いですね。

「しかし、私の後ろ姿って、こう見えているのね。不思議だわ! でも、ちょっと髪、伸び過ぎかしら?」

 現実のレシアさんが右手で後ろ髪を跳ねています。

「あっ! ルリちゃん止めて! ここ!」

 ハル君がシャボン玉の中のレシアさんの右手を指差しています。

「あっ! 本当ですね、レシアさん、何か持ってますよ」

 私は腰を浮かせて、テーブルの上のスフィアスクリーンに顔を近づけました。

「ルリちゃんさぁ、そんなことしなくても拡大できるんじゃなかったっけ?」

「あっ! そうでした」

 私は椅子に戻ると、レシアさんの右手の部分を拡大しました。

「よく映ってるわね。そうね、これよ。まるで光るヒトデみたいだと思わない?」

 ヒトデ? なんでしょうか? 私はレシアさんに聞いてみました。

「ヒトデですか? それはなんでしょう?」

「あら、あなた、ヒトデを知らないの? 海に居る星形の生き物よ」

「そうなのですか? 私、山育ちなので、海はこの市に来て初めて見たんですよ」

「そうだったわね」

「うーん……、だとしたら、ルリちゃん、これ、あれに似てないかな? ツマトリソウ」

 ハル君! そうですね!

「確かに似ていますよ! 星型ですがアスタリスクですもの。角が六個あるので、ツマトリソウの花にそっくりですね」

「ツマトリソウ?」

 今度はレシアさんが質問する番のようです。

「はい! お花です。アスタリスクのような白いお花です」

 私が答えると、ハル君が続きました。

「レシアさん、実はですね。僕たちは、このツマトリソウのことを少し調べていまして……」

 ツマトリソウの花が、ごっそりと摘み取られている件を、ハル君が順を追ってレシアさんに説明してくれました。


 ――


「なるほど、リカちゃん。ならば、こういうことかしら……、レープリさんを紹介するなんていうのは真っ赤な嘘で、本当はツマトリソウの件で、私が何かを見ているかもしれないから、話しを聞きたかった、と」

「あっ! はい、さすがです……、レシアさん……、でも紹介したかったのも事実でして……、あの、嘘じゃなないです、本当ですよ!」

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