15.応用幻導学は可能性を秘めてます

「あの、レシアさん、妖怪と精霊って、何が違うのでしょうか?」

 私は気になって仕方がなかったので、思わず割って入ってしまいました。

「うん? 妖怪じゃないわよ! 妖精よ、妖精はフェアリー。それは単体で存在しているのよ。反対に精霊は宿るものよ。だから、特殊な場合を除いて、それ単体では存在しないわ」

 むっ、難しいですね……、聞いても良く分かりませんよ。それに、間違って妖怪と言ってしまいました。なんででしょう? 恥ずかしいです。

「ふふ、あなたにも分かるように説明すると、妖精は、その辺の小動物と同じだと思ってもらって構わないわ。犬や猫や鳥なんかと同じように、普通に生きているのよ」

 私はそんなに困ったような顔をしていたのでしょうか? 何も言わずにレシアさんが追加で説明をしてくれます。

「で、精霊は無生物に宿るものよ。山の精や木の精なんかは聞いたことがあるでしょ? 他には、石の精や炎の精、水に光に風に……、ありとあらゆる物や概念に宿るわ。そして、それらは生きているとは言えないのよ、そもそも生命体ではないのだから当然よね。だから彼らは物を通して活動するわ。例えば木の精霊であれば、木の枝を何本か利用してヒト形を作るわ。そうすれば移動することが可能になるでしょ」

 なるほど! なんとなく分かりましたけど、レシアさんって凄いですね。

「詳しいですねぇ。もしかして専門分野ですか?」

 あっ、ハル君が代弁してくれました。

「そうね、部分的には……、でも本来の私の専門は、幻導物理学よ」

「幻導物理でしたか! でしたら、僕と同じですねぇ」

 知りませんでした! ハル君とレシアさんが、幻導物理学を専攻していたなんて。

「あら、それは奇遇だこと、でも私の場合は、動作に関する部分に特化しているのよ」

 レシアさんは猫の手を上げて、Vサインを作りました。

「いつかは、これをもっと正確に動かしたいと思っているわ」

 えっ! その猫の手は幻導力で動かしていたのですね! レシアさんには驚かされることばかりですね!

「なるほど! だから、その手……」

「どうやってるんですか!」

 あっ、ハル君が何か言おうとしていましたけど、思わず、また割って入ってしまいました。

「どうやって? そうね、表面に流す幻導力の幻子の波の幅を、手の甲の側と、手の平の側で変えているのよ。正確に言うと、曲げたい部分の内側の幻波を短くすると、こうやって曲がっていくわ」

 レシアさんの猫の手Vサインの中指が、ゆっくりと曲がって行きますが……、ごめんなさい、聞いた私がバカでした。専門外もいいところです。さっぱり分かりません。

「あら? やっぱり専門外だったかしら?」

「はい、ぜんぜんです」

「ハハハ、ルリちゃん、少しだけ、黙っててもらっても、いいかなぁ?」

 あっ、ハル君、そんな諭すように言わなくても……、ごめんなさい。そうします。

 私は無言で頷きました。


「じゃあ、レシアさん、もう少しだけ詳しく聞いてもいいかい? その動きの部分と精霊に、何の繋がりが?」

「その『動き』そのものよ。どんな力の作用で精霊が動いているか、分かるかしら?」

「力の作用?」

「ええ、私が猫の手を動かす力と、精霊が動く力は本質的に一緒だと思っているわ。力と言うと魔法みたいだから、気に食わないけど……、そうね、仕組みと言った方が良いかしら? さっき、リカちゃんに話したのが仕組みなのだけど、きっと精霊も同じ仕組みで動いていると思っているわ。そう、幻導力でね」

「そういうことですか! それは、なんとも興味深いお話ですね! お昼休みのこんな所で聞く内容じゃないなぁ!」

 ハル君が嬉しそうです。いや、レシアさんもですね。妙なところで意気投合でしょうか?

 あれ? 私、今ちょっと嫉妬していましたか? いやいや、それは、まさかですよね!

「ところで、そこまで精霊に詳しいレシアさんが、精霊か妖精か、判断に迷ったのは、なぜでしょうか?」

「正門の話しね?」

「はい」

「さっきも話したけど、本来、精霊はそれ自体では存在しないわ、ただ、正門の脇で見たそれは、単体で存在していたのよ。何の依り代もなく、それ自体が青白く発光して浮いていたわ。一見すると幻導力で作った幻導物の花みたいだったけれど、実体があった。さわれたのよ」

「ほう、それで」

「気になったので、つまみ上げて、手に乗せてみたわ、そうしたら仄かに暖かくて、モゾモゾと動いていたわ。まるで生きているみたいにね」

「それは、奇妙なものですね。それで妖精かもと?」

「ええ、そうよ」

「なるほど。で、そいつはどうしました? 今も持っていたり?」

「まさか! 消えてしまったわよ。手の平に数秒は居たけど、ゆっくりと溶けるように霧散していったわ」

「そうですか、そんな奇妙なものであれば、僕も見てみたかったなぁ」

 ハル君がそう言うと、レシアさんが腕を組んで考え出しました。

 猫の手と人の手が絡み合って、私の側から見ると、なんだかレシアさんが猫を抱いているみたいです。ふふっ、真剣な顔つきとのギャップが可愛いですね。


「見られるのではないかしら?」

 唐突にレシアさんが、私の方に振り向きました。

 うん? なんでしょうか? 私は首を傾げてしまいました。

「私が精霊モドキを観察している最中、あなた、私の後ろを通って正門を抜けて行ったでしょ?」

「えっ!」そうなのですか?

「なるほど、レシアさんが正門の前で、それだけの時間をかけて、観察していたとなれば、ルリちゃんが、それを追い越していても、おかしくないねぇ」

「おかしいもなにも……、事実、通り過ぎていたわよ。あなた、気付かなかったの?」

「はっ、はい……、まったく……」

 やはり、私はボーっと歩いていたのですね。

「じゃあ、逆に好都合じゃないかしら。あなたの能力だと、無意識に目に入った風景しか映せないのでしょ? ならば、あの時の私は、あなたにとって、完全に風景だったのでしょうから」

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