14.木陰で見たのは精霊の類なのです
あまりの遅さに、そろそろ探しに行った方が良いでしょうか? と、レシアさんに相談していると、ハル君が紙袋を三つ抱えて、小走りで戻ってきました。
「いやー、ごめん、ごめん、遅くなってしまったねぇ、思った以上に混み合っていてさ」
そして、私とレシアさんの前に、それぞれの紙袋を置きながら、ハル君が中身の説明をしてくれました。
「今日の日替わりは、揚げシュリンプサンドに海藻のサラダ、それにアイスティーだね。はい、ルリちゃんと……、レシアさんの分っと、んで、アイスティーは店員さんが、後で持ってきてくれるってさ」
「もー、遅いからレシアさんに恐れをなして、逃げちゃったかと思いましたよー」
「あなたも、そんなこと言わないでちょうだい! しかし、ごめんなさいね。ほんの冗談だったのよ」
レシアさんがハル君に謝りながら紙袋を受け取りました。
「ハハハ、逃げても良かったんだけどねぇ、お腹を空かしてたら、やっぱり可哀そうかなと思ってさ」
ハル君が冗談交じりに笑いながら、席に着くと、「じゃあ、まずは食べよっか」と言って袋を開けました。
私とレシアさんも、それに続き、香ばしいシュリンプの味を楽しみました。お腹が空いていたので、このシュリンプサンドはいつも以上に美味しく感じました。
オボステム市は港湾都市でもあるので、海鮮料理に関しては、とても美味しいのです。
オークの山奥では、なかなか手に入らないような食材も多く、このシュリンプもそのうちの一つです。逆に言うと、オボステム市内では、穀物や野菜が少なく、これらはヴォーアム地方から仕入れているそうです。また、山菜や木の実などの山の幸は、オークやユガレスの方から仕入れているらしく、海の幸に比べると、こちらの方が、各段にお値段が張ります。山育ちの私にしてみれば、それはもうビックリするくらいのお値段です。だって、私の村では、森で拾えるものなのですから!
「さて、ルリちゃん、本題に入ろうか」
食事も終わり一段落すると、ハル君が紅茶のグラスを口にしながら切り出しました。
「あっ! ハル君、そう言えば、ハーブ持ってました」
私は、そんなハル君を見て、昨日の帰り際に園長さんからハーブを頂いたことを思い出していました。
私は持参していた小さなポーチから、園長さんのハーブを取り出して、ハル君のアイスティーに入れてあげました。
「レシアさんもハーブいりますか? ここの紅茶、薄味なんで、これを入れると締まりますよ!」
「ハーブ? そうなの? じゃあ、いただこうかしら」
レシアさんがアイスティーのグラスを差し出したので、私はポイっとハーブを入れてあげました。
「どうですか? 変わりましたか?」
レシアさんは一口飲むと「あら! 不思議ね? 本当に変わるものなのね」と、感心していました。
「あ、ハル君、ごめんなさい……、ハーブで腰を折りましたね……」
「ハーブで腰を折る……、ハハハ、字面だけだとなんとも……、まあいいや、じゃあ、ちょっと、レシアさんに聞きたいことがあるのだけど、いいかな?」
ハル君が穏やかな口調で、再び切り出しました。
「なにかしら?」
「回りくどいのは面倒なので、まずは単刀直入に聞きますね。一昨日の帰り際、キャンパスの正門付近で何かを見ませんでしたか?」
ハル君は、飲みかけのアイスティーをテーブルの端に寄せると、指を組んで続けました。
「いや、正確には正門の左側、花壇の隅の木陰です」
「あら! それは驚きだわ! レープリさんは、私の後をつけていたのかしら?」
レシアさんの目が、少しだけ鋭くなったような気がしました。
「いや、そういう訳ではなくてですね」
「ではなにかしら? 私の記憶を見た……、の、かしら?」
「記憶! まあ、記憶だけども、そうだねぇ、それはレシアさんの、ではないですね」
そこでハル君が私に目配せしてきたので、私は空間風景幻象術をレシアさんに説明することになりました。
――
「まあ、あなたに、そんな能力があったなんて初耳だわ」
レシアさんは驚きの表情で私の顔を見ています。
「すみません。別に隠していた訳じゃないのですが」
申し訳なくなり、最後の方は少し小声になってしまいました。
「いいわよ、別に怒っているわけではないのよ」
「それなら良かった、では、僕の質問に、まずは答えてもらえませんか?」
ハル君がレシアさんの言葉を取り、続けてくれました。
「ええ、いいわよ。一昨日の正門ね。たぶんあれは、精霊の類ね」
レシアさんは、ずいぶんあっさりと答えましたが、精霊ですか! そんなものいるのでしょうか? 生まれてこのかた、精霊なんて一度も見たことがありませんよ。
「精霊! それはまた珍しい。オボステム市には、そういうモノがたくさんいたり?」
やはりハル君は冷静ですね。
「いないわよ。そんなにしょっちゅう見かけるなら、わざわざ振り返ってまで見たりしないわ」
レシアさんもまた冷静ですね、私の入る余地はなさそうです。
「それもそうだねぇ、じゃあ、どんな精霊だったのかな?」
「星形よ、なので、もしかしたら精霊ではなくて、妖精かもしれないわ」
今度は妖精ですか! って、あれ? 妖精と精霊は別ものなのでしょうか?
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