13.あの人の左手は今日も猫の手です
ハル君の陣取るパラソル付きテーブルには椅子が四脚ありました。パラソル内の日陰の一脚にハル君が陣取り、その脇の日当たりの良い椅子にはハル君の鞄が置いてあります。
私たちは、そんなハル君の陣地に、向かい合う形で席につきました。あいにく、私の目の前はカバン君なので、私は日向の席になってしまいました。四月だというのに日差しが厳しく眩しいですね。日陰のハル君とレシアさんがちょっと羨ましいです。
さて、はす向かいのハル君は、いつも通りに見えますが、隣のレシアさんは少し緊張しているように見えます。まあ、初対面の男性が目の前に居れば普通の反応でしょうか?
「えーと、ハル君、こちらがレシアさんです」
私がひょいっと左手でレシアさんを紹介しました。
「はじめまして、アイソレシア・S・ジャンセンです。リカちゃんから、お噂はかねがね……」
「そうかい、どんな噂か少し気になるところだけど……、まあ、悪いものでもないでしょう。僕はハルセダリ・レープリです」
ハル君が笑顔で自惚れると、左手で握手を求めました。
あれっ、ハル君って右利きでしたよね? でも左手ってことは……、ハル君の野郎! わざとですね! レシアさんの猫の手が狙いですか? 初対面でいきなりそれは失礼じゃないでしょうか?
と、私の心配を他所に、レシアさんは、すっと猫の手を出して、ハル君の左手を握りました。
「いいえ、悪い噂が九割、良いのが一割ってところかしら。ふふっ、逆にこの手に興味があるってことは、あなたも、そうとうな猫好きかしら?」
ああ、いつものレシアさんでした。緊張なんてしてなかったみたいですね。皮肉と握手のついでに猫の手をニギニギしています。あれは絶対わざとですよ! レシアさんの肉球攻撃ですよ!
「そっ、それは、どうも……、しかし、この手は……」
あっ、ハル君が負けましたね。やっぱり猫の手のプニプニは強敵ですね! でも、なんだかちょっと、いい気味です!
うん! レシアさんが手を離しましたよ! いえ、そうではありません。なんて言えばいいのでしょうか? 猫の手は義手なので、正確には外した、でしょうか? レシアさんが左手を引くと、そこに猫の手だけが残りました。ハル君だけが猫の手を握って、浮いている状態です。
「うわあっ!」
突然の事にハル君が上ずった声を上げています。
レッ、レシアさん、やりすぎですよ……。
「あら、ごめんなさい。外れてしまったみたいだわ」
レシアさんは凄く笑顔です。
「こっ、これは、すまない……」
ハル君は相変わらず、タジっタジですね。 でも、なぜでしょう? やっぱり、ちょっと、いい気味です!
「と、ところで、ルリちゃん、お昼は済んだ?」
ハル君が、猫の手をレシアさんに手渡しながら聞いてきました。
「いえ、まだですよ。授業が終わって直ぐですから」
「そうかい、じゃあ、僕が買ってくるよ。日替わりでいいかな?」
「ええ、私は構いませんけど、レシアさんは?」
レシアさんは受け取った猫の手を器用に左腕にはめると、私の方を向いて猫の手を二回ニギニギさせました。そして、「私も日替わりで構わないわよ」と言って立ち上がろうとしました。
「ああ、レシアさんも座っていてください。僕が全員分まとめて買ってきますから」
ハル君は、そう言って立ち上がると、そそくさとヴィジョニスタに向かって歩き出しました。そして、ハル君の姿が雑踏に紛れて見えなくなると、今度はヤレヤレな顔付きでレシアさんが話しかけてきました。
「それにしても、急じゃないこと?」
「えっ? ハル君ですか?」
「そうよ、ビックリしたじゃない」
「レシアさんが、ビックリですか? 全然そんな風には見えなかったですよ。それならきっと、ハル君の方がビックリしてたと思いますよ」
「そう? ちょっと、やりすぎたかしら?」
レシアさんが猫の手を見つめながら小声で言いました。
「でも大丈夫ですよ、ハル君には、やり過ぎくらいが丁度良いですから。しかし、あの顔見ましたか? 青い顔して頬っぺたピクピクしてましたよ」
「そうね、でも、顔と言えば、あなた……、そっくりじゃない。本当の兄妹みたいよ」
「えっ? 私とハル君ですか? まあ、同じ村の出身ですからね」
「そう言うレベルじゃないわよ。本当に親族ではなくて?」
「違いますよー、変な事言わないで下さいよー」
「一度ちゃんと調べてもらった方がいいかもしれないわ? 結婚とかした後だとややこしくなるわよ」
「結婚? ハル君とですか? いやいやいや、ないですよー、そんなのは子供のときだけで十分です! やだなー、レシアさんまでー」
「あら? そうなの? じゃあ、私が貰っちゃおうかしら?」
「えっ! レシアさん……」
そこまで言うと、お互いの顔を見合わせて、声を出して笑ってしまいました。
それから、しばらくの間、取り留めのない会話に花を咲かせていました。
「しかし、ハル君遅いですね……。お腹空きましたね……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます