12.今日もヴィジョニスタは満席です
翌日、私はハル君と待ち合わせて、レシアさんに会いに行きました。
といっても二時限目に応用幻導学の授業があったので、授業終わりに声を掛けて連れ出したのですが……。
「レシアさん、この後お時間あります? 良かったら、またお昼一緒に行きませんか?」
「あら、リカちゃん、お昼? そうね、ヴィジョニスタならいいわよ、午後も授業があるから、外出は厳しいかしら」
レシアさんは、黒髪に黒目だけど、顔つきはオコイ人のそれとは少し違い、どちらかというと、堀が深い北方オーク系の顔立ちです。私がもう少し髪の毛を伸ばして黒に染めれば、レシアさんみたいになるのかな? なんて思うほど、顔立ちや髪型は似ています。
であれば、私と雰囲気が似ているハル君にも似ているはずなんですが、どういうわけか、そうでもありません。
なんでしょう? 兄妹として、身内として似ている部分と、顔立ちそのものが似ていることの違いでしょうか? そういうことであれば、ハル君は身内で、レシアさんは顔立ちになります。
ただ、いずれにしろ、顔が似ているとか似ていないに関わらず、本能的に、この人とは友達になるのかも? と言う漠然とした感覚があったことには変わりありません。
だからでしょうか? そういう一方的な親近感があったからなのか、最初の応用幻導学の授業中に、私の方から声を掛けてしまいました。まあ、たまたま席が隣だったってのもありますが……、それはそれで運命だったのでしょう。
だって、あの時のレシアさんの事は今でも覚えているのですから。
レシアさんは突然声を掛けてきた私を不思議そうに見ると、唐突に猫の手を私の前に差し出してきました。そして、「私、こんなよ」と言って、茶トラの猫の手をニギニギさせるのでした。
私は驚く前に、なんて可愛いのかしらと思ってしまいました。
笑顔だったのでしょうか? そんな私の顔を見て、レシアさんは、
「あら、珍しい人ね、私のこの手を見たら普通は顔を引きつらせるのだけど……、あなたは笑っているなんて」
と言って、そのまま猫の手で握手を求められました。
授業中だったので、教授に見つかるのではと、少しビクビクしていたのですが、私はその猫の手を握り返しました。
そうしたら、どうでしょう! その肉球のプニプニ感たるや! 一瞬にして、やられてしまいました。なんとも触り心地の良いそれは、猫そのものです。いえ、猫以上です。まあ、猫以上というものが、なんなのか良く分かりませんが、私としては最上級の褒め言葉と取って頂いて構いません。
でも実はですね、この時ずっとレシアさんのプニプニを触っていて、授業の内容をまったく覚えていない事は内緒です。誰に内緒ですかって? それはもちろん……、誰でしょう?
それからは、一緒に過ごすことも多くなりました。時間のある時はお昼を一緒に食べたり、授業終わりには市内で噂のカフェに連れていってもらったり、可愛い植物がたくさん置いてあるお花屋さんに連れていってもらったりしています。そこは流石にオボステム市民だけあって、大学や私の寮のある南区だけではなく、北区や元市庁舎のあった東区の方まで案内してくれます。
オークの田舎育ちの私にしてみれば、市内の施設やお店は、どれも素敵で毎回感嘆の声を上げてしまいます。レシアさんは、それが面白いのか、そんな私の表情を見て、ほくそ笑んでいるのです。
そうそう、オボステム市の北区は、半島が統一される前まではオーク王国が占領していたため、オーク様式のものが多数あり、オーク料理もあるので、故郷が恋しくなったら尋ねるといいわ、と先日レシアさんが言っていました。ちなみに、レシアさんの家も北区にあり、家の近くには、とてもおいしいスグリシチューを出すお店があるから、食べたくなったら声を掛けてちょうだい、とも言っていました。
スグリシチュー、懐かしいですね。お店で出すものも美味しいでしょうけど、私は、おばあちゃんの作るスグリシチューが世界で一番美味しいと思っていました。 しかし、もう食べられないことが残念でなりません。
さて、そんなレシアさんと二人で、キャンパス内にあるカフェ・ヴィジョニスタに向かっています。いつものメインストリートを噴水広場まで歩き、キラキラと輝く噴水のベール越しに大講堂を正面に見て、そこから図書館とは反対の右側に曲がります。すると、もうそこが、ヴィジョニスタです。
お店の建物自体はもう少し先なのですが、お店の前の道から、この噴水広場のギリギリのところまで、テーブルを配置していて、さながら巨大なオープンテラスを展開しています。それでもお昼時になると、このテーブルの確保は難しく、あふれた学生たちは噴水の淵に腰かけたり、大講堂前の芝生に座り込んだり、はたまたテイクアウト用に包んでもらい、それを講義室に持ち込んだりしています。
天気が良く、四月にしては気温も高いため、今日も絶好のテラス日和で、既にヴィジョニスタ前は大混雑状態です。
「はあ、やっぱり、この時間はダメかしら。少し早く出たつもりだけど、間に合わなかったみたいだわ」
レシアさんが、案の定な顔で溜息をこぼします。
「ですね。でも大丈夫ですよ、あそこです」
私は噴水広場に近い、パラソル付きの丸テーブルに付くハル君を見つけました。
「あそこって? 人が居るわよ?」
「ええ、ハル君です」
「ハル君? ああ、あなたと同郷の?」
「そうです。レシアさんにも紹介したくて呼んでおきました」
まあ、紹介したいのは本音です。いつかは紹介したいと思っていたので、これは良い機会ですよね! 私としては、昨日のハル君の提案を飲んだ時点で、こうしようと決めていました。なので、花壇の件は、正直ついででも構わないと思っています。
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