10.再び空間風景幻象術を披露します
「では、行きます! あッうゥ!」
私は勢いよく立ち上がると……、ローテーブルの淵に膝をぶつけてしまいました。
ボカンっと大きな音が鳴り、ジャスミン茶が跳ね上がりました。ローテーブルの上はジャスミン茶の洪水です……、ああ、申し訳ございません……、なぜか昔から、私が張り切るといつもこんなことになります。でも信じてください。決して悪気があるわけではないのです。本当にごめんなさい……。
「では、改めて!」
ハル君と園長さんに、ローテーブルの上を片付けてもらい、今度は座ったままの体制で、空間風景幻象術を始めました。
パンっと顔の前で手を叩き、その流れで両手を左右に開きます。そこで目を瞑り精神を集中したら、ゆっくりと空間を
どうでしょうか! 先ほどと同じように、スイカ玉サイズのシャボン玉が青白く発光し、七色の膜が艶々と
「ハル君! 出ましたよ!」
私が得意げに言うと、園長さんが驚きの表情で見つめていました。
「なっ、なんだい? これは……」
「スフィアスクリーンです。大きなシャボン玉ではないですよー」
「その……、スフィア? スクリーン? で、これが?」
「園長さん! よくぞ聞いてくれました。これが私の必殺技です。空間風景幻象術です! このスフィアスクリーンの中に、私の記憶を映します」
「記憶を移す? どういうことだい?」
「えーと、ですね、この中に私が見たであろうものを映します」
「移す? 何言ってるんだい、この娘は?」
園長さんが救いを求めるようにハル君の方を見ました。
「ルウさん、えーとですね……、物を移すではなく絵を映すです。正確には投影ってやつなんですけど……。まあ、ピンと来ないでしょう。百聞は一見にしかず。ちょっと、このシャボン玉の中を見ていてください」
ハル君にそう言われると、園長さんは渋々と言う顔付きでシャボン玉を注視し始めました。
「では、いきますよ! っと、その前に、私がこれを持ったままだと、見づらいので、一回ここに置きますね」
私はスイカ玉サイズのシャボン玉を、みんなが見やすいように、ローテーブルの端に置きました。
すると園長さんが心配そうに、シャボン玉を支えようと手を出してきました。
「そんな隅っこに置いたら、転がって落ちたりしないのかい?」
「大丈夫ですよ。まん丸ですが質量のある物体ではないので、転がったりはしません。それに割れたりもしないので、万が一落っこちても問題ないですよ」
「転がらないのに、落ちるのかい?」
するどいですね! 園長さんが言葉の綾を突いてきます。
「まあ、落ちるときは、私の意思で動かしたときですね。一応このスフィアスクリーンも幻導力の塊なので、動かそうと思えば動かせます。でもまあ、そんなことはしませんけど」
「へー、こう見えてルリリカさんも、やっぱりウチの学生さんだね! 私にはさっぱり分かんないけど、そういうものなのかい?」
「ハハハ、そうですね。園長さんは植物が専門ですもんね」
「ルウさん、仕掛けは今度お時間のあるときにでも、お話ししますよ。今はまず見てみましょう!」
ハル君の助け船でしょうか? やっぱり私は説明が下手ですね。 でもここは甘えておきましょう。
「では、もう一度、改めて!」
私は額の真ん中辺りに意識を集中して、そこに第三の目があるのなら、それを開くイメージを作ります。そして、その目が見たであろう過去の事象を思い浮かべます。時間と場所、空間と温度、音と匂い、そして、その時に感じた想いなど……、するとシャボン玉の中に一枚の絵が浮かび上がりました。
そこには、暗闇の中、月明かりに照らされた植物園の花壇が映し出されています。
「あらまあ!」
園長さんが目を見開き、シャボン玉に顔を近づけています。
「どうですか? ビックリしましたか?」
「ビックリだよ! ルリリカさん! 凄いもんだねー、これはウチの花壇かい?」
「そうですね、昨夜の七時過ぎくらいだと思います」
シャボン玉の中の花壇には、一面に咲き誇る花々が映し出されています。
「うーん、この時はまだツマトリソウの花もあるねぇ」
ハル君もシャボン玉に顔を近づけています。
「あっ、本当ですね! じゃあ、摘み取られたのは、この後ってことになりますね」
「そうだねぇ、ルウさん、大学の正門が締まるのって何時でしたっけ?」
「正門? 確か十時だったはずだよ」
「十時ですか……、そうすると、外部から侵入したのでもなく、摘み取った花を持ち出してもいないと仮定するなら、七時から十時の間ってことになりますね!」
ハル君が腕を組んで、何やら考えているようです。
「ねえ、ハル君、これだけの花を摘み取るのって、どれくらい時間がかかるのでしょう?」
私の疑問は園長さんが掬い取ってくれました。
「ツマトリソウ全部だからね、あの花壇なら軽く二時間以上はかかるよ」
「二時間! そうですか、そうすると、摘みとった花をキャンパス内のどこかに隠して、正門が締まる十時までには出なくてはならい、となると……、ルリちゃんのシャボン玉に犯人が映っていてもおかしくないのだけど……」
ハル君が私の方に向き直りました。
「花壇には誰もいませんでしたね、じゃあ、もう少し周りを見てみましょうか」
私は、記憶の中の正門に目を向けました。するとシャボン玉の中の絵が、一瞬にして、正門に切り替わりました。
「おっ! 誰かいるねぇ」
正門の手前で佇む学生の姿です。ハル君が目を細めて見つめています。
「こいつが犯人かい?」
園長さんが、ポツリと呟きました。
「うーん、分かりませんね……、僕には、ただの学生にしか見えませんが……、ルリちゃんは、どう思う?」
えっ! 私に振られても困ってしまいます。だって、どう見ても普通の学生にしか見えませんが……、ん? あれ? でもこの左手……、あっ! もしかして、レシアさんでしょうか?
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