#71 がーるずとーく


「全く……他の人もいる温泉であんな破廉恥な話でよく盛り上がれるわね」


 ホテルに常備されている白と水色の縞模様の浴衣に着替えたアタシ達は、脱衣所を出てすぐ近くにあるカフェテリアの一角で、復活した雨羽会長からお説教を受けていた。

 顔色が赤いのは逆上せたからなのと、場所を選ばず猥談で盛り上がったアタシと海涼ちゃんのせいでもある。

   

「ごめんなさい……」

「確かにはしたなかったです……」


 アタシと海涼ちゃんは揃って会長に謝る。

 なんであんなに盛り上がっちゃんだろうね。

 こーたとのことを誰かに自慢したかったとか?

 いや痴女か、アタシは。


 もうこーた以外とエッチする気は無いし、海涼ちゃんに言った様に好きな人とエッチしたいって思うのは当然のことだもん。

 言いふらす形になったのだって、ライバルへの牽制というかリードを主張したワケで、今のアタシは至って健全なのだ。


「でも、枦崎さんと付き合っている雨羽さんが耐性がないとは思いませんでした」

「……自分でも何とかしたいとは思ってるわ」

「実際のところ、経験はあるんですよね?」

「あるけど恥ずかし過ぎてナオ君の顔が見れな──ってそれ以上猥談を引っ張るなら本気で怒るわよ?」

「す、すみません……」


 自分の行動を正当化していると、海涼ちゃんが二人の仲を詮索しようとして怒られていた。 

 なんかムッツリを認めてから図太くなってない?

 アタシ達には隠しても無駄って開き直ってるのかもしれない。

 とりあえず、このまま会長を怒らせるのは申し訳ないから質問を変えよう。


「あの、それなら会長と枦崎君がどんな感じで付き合ったのか訊いて良いですか?」

「あ、それ私も気になっていました! 電車の時もそうでしたけどとっても仲が良いですよね!」

「まぁ……それなら構わないわよ」


 海涼ちゃんも同じことが気になってたみたいで、前のめりになって追従してきた。

 さっきまで肩を落としていたのが嘘みたいに晴れやかになってて、とりあえず話題を逸らすことが出来て良かったと胸を撫で下ろす。


 若干ドアインザフェイス──最初に敢えて大きな要求をして、本来の要望を譲歩した様に見せかける交渉術──みたいになっちゃったけど、この際気にしないことにした。


「さて、私とナオ君の馴れ初めね」


 そうして雨羽会長は笑みを浮かべながら、橋崎君との思い出を語る。


 二人は家が隣同士の幼馴染みで、会長の両親が仕事上の都合で家を空けがちなために、小さい頃から橋崎君の家でお世話になることが多かった。

 そんな仕事人間な親に対して雨羽会長は失望せず、むしろヒーローに憧れるような尊敬を懐いていたんだとか。

 司法に携わる両親の娘として相応しくあるために、勉学に掛けた努力は計り知れない。


「ナオ君とご両親の支えはとても励みになったわ。特にナオ君には息抜きに色んなところに連れて行って貰ったり遊んで貰ったり……勉強しか脳になかった私は簡単に幼馴染みの彼に恋をしたの」


 同時に、橋崎君が自分を好きだってことも察したらしい。

 そこで会長はもっと好きになって貰おうと、勉強だけでなく外見にも力を入れるようになった結果、才色兼備の優等生として当時通っていた中学校で有名になった。

 そうなってから男子に告白されることが増えていったんだけれども、橋崎君への好意から全て断っていき、中学三年生になった年に遂に彼に告白した結果……。


「『ごめんなさい』ってフラれてしまったわ」

「「ええーっ!!?」」


 当時を思い出しているのか、苦笑を浮かべながら告白の結果を口にする会長に、アタシと海涼ちゃんは驚きを隠せなかった。

 だって二人はお似合いだと思えるからこそ、まさか一度フラれていたなんて予想すらしていなかったのだから。

 どうして橋崎君は好きな人の告白を断ったんだろう……?


「両想いなのに……」

「私も同じように愕然としたわ。なんでどうしてって泣きたくなるくらい悲しかった」

「そう、ですよね……」


 目を伏せる会長の気持ちに、海涼ちゃんが切なげな面持ちで共感を示した。

 こーたに告白してフラれたことがあるからこそ、雨羽会長の悲しみが分かるんだと思う。


 アタシだったら……きっと泣き寝入りして引き籠もっちゃいそうだ。

 二人みたいに向かって行ける自信が無い。

 だからといって、こーたを諦めるつもりは全くないんだけれど……どうしても足踏みしちゃうなぁ……。

 

「まぁそこから開き直って猛アタックした末に、去年の夏から付き合ってるわ。我ながら諦めが悪い自覚はあるけれど、それだけナオ君のことが好きなんだもの」


 少しだけしんみりとした空気を払うように、雨羽会長はケロリとおどけながら締め括った。

 そして突如ニヤリと怪しい笑みを浮かべだして……。


「だからあなた達も頑張りなさい」

「「え?」」

「あら、とぼけてもダメよ? 二人が康太郎君を好きなことくらいバレバレなんだから」

「「──っ!!?」」


 アタシ達にとって核心的なことを告げられた。


 え、バレバレってなんで?

 雨羽会長ってそんなに鋭いの?


 困惑が止まりそうになくて、目の前がグルグルと回りそうだった。

 そんなアタシ達に、雨羽会長がどこか呆れた眼差しを向けながら続ける。 


「あれだけあからさまにアピールしておいて、隠せていたつもりだったの? ナオ君や吉田君もおおよそ察していたわよ?」

「「ええーっ!!?」」


 会長のカミングアウトに、アタシと海涼ちゃんは驚きの声を抑えられなかった。


 嘘!?

 橋崎君と吉田君にもバレてたの!?


「あ、あの~……もしかしてこーたにも……?」


 期待半分、不安半分の心境で会長に尋ねてみた。

 海涼ちゃんの気持ちは知ってるからまだしも、アタシの気持ちもバレていたらどうしよう。


 そんな問いに雨羽会長は……。


「まぁ肝心要の康太郎君はどうかは分からないけれどね」

「えぇ……」


 目を伏せて長い息を吐きながらNOと返した。

 知られてなくて良かったはずなのに、どうしてだか肩透かしを食らった気分から肩を落とす。


 そういえばこーたは海涼ちゃんの気持ちも、本人から告白されるまで気付いてなかったっけ。

 軽く話を聞いたアタシですら分かったことが分からないんだから、むしろこっちのアプローチに気付かないあの鈍感が悪い。


 アタシタチワルクナイ。


「もういっそ夜這いでも仕掛けて既成事実を作りますか?」

「夜這いって……海涼ちゃんは初めてがそんな投げやりで良いワケ?」

「ハッ!? だ、ダメです! ちゃんとベッドの上で愛の言葉を囁かれながらが良いです! 出来ればゴム無しで!! それでピロートークでイチャイチャしたいです!!」

「わぁお、妙に具体的」

「妄想するだけなら害は無いから良いじゃないですか! なんだったらお二人が実践してくれても良いんですよ?」

「いやそんな人に見られながら出来る程痴女じゃないからね!? エッチをする時はもっとこう、神聖というか世界に二人しか居ないような特別感に浸るのが至高で──」

「あなた達!! 流れる様に猥談を始めるのは止めなさい!!」

「「は、はい……」」


 またしても会長に怒られちゃった。

 単語聞くだけでもダメって、経験があるはずのにどんだけ初心なの。

 

 そうして再びお説教を受けた後に、アタシ達は部屋へと戻った。

 ちなみに夕ご飯の前に寝る場所は決めてある。

 どっちも好きな人と添い寝したい一心で議論した結果、三つの布団を連結させた上で左右でこーたを挟む形で決着した。

 

 添い寝に漬け込んでアプローチを仕掛ける腹積もりだ。

 若干の緊張を覚えながらも覚悟していたんだけど……。


 こーたは既に眠っていた。

 それはもう気持ちよさそうにいびきすら掻かないくらい熟睡している。


「「……」」


 まさかの出落ちに、海涼ちゃんも一緒に無言のまま呆けてしまう。

 嘘でしょ……まだ十時になってないよ?

 どうしよ、これ……。 


「あ、REINに書き置きがありますね」

「え? なんて書いてあるの?」

「えぇっと……『同じタイミングで寝ようとしても寝れる気がしないから、二人が戻って来る前に寝る』と……」

「……」


 いや、女の子として意識してくれてるんだなぁ~って分かるよ?

 それは確かに嬉しい。

 でもね、先手を打って寝られるのは不満でしかないわけで。


「今すぐ寝れないし、もう少しだけ何か話そっか?」

「ですね。その、さっきの続きという訳ではないんですが、星夏さんの初めてはどんな感じだったんですか?」

「あ~やっぱ気になる?」

「それはもう」


 布団に腰を下ろしながらそう告げる海涼ちゃんの目は真剣だ。

 ある意味で今のアタシを形作ったことだし、それを抜きにしても後学のために知っておきたいんだろうなぁ。

 そんな彼女の気持ちに応えるために、アタシも布団に座って口を開く。


「初めての時はねぇ~……初カレが凄い誘って来たの。アタシはまだ早いんじゃないかなって断ってたんだけど、彼女なら彼氏のお願いくらい聞くもんだって押し切られてそのまま、ね」

「何なんですかその人。星夏さんのことを恋人じゃなくて物扱いしてませんか?」

「今にして思えばね。まぁいざ初めたら凄く痛くて怖くて、待ってって言っても全然止まってくれなくて散々だったよ。向こうは最高だったとか言ってたけどね」

「うわぁ……そんな自分のことしか考えてない人なんて、別れて正解ですよ」


 初カレの態度に当事者のアタシより海涼ちゃんの方が憤りを感じているみたいだった。

 彼女の方が慮ってくれていることが嬉しくて、少しだけイヤな思い出が軽くなった気がする。


「それからも度々エッチしてたんだけど、あんまり気持ち良くなかったなぁ。で、ここだけの話……こーたとした時に初めてイケたんだ」

「それが身体の相性の話に繋がるんですね……」

「そうそう。全然違くてびっくりしたもん。……あの時はこーたの方が初めてだったのに、ちゃんとアタシを気遣ってくれてたの」


 自分のことで一杯一杯だったのに、それでも人を気遣うなんてこーたらしいよね。

 それだけ初めての相手だった大木君よりこーたとのエッチが印象的だったから、元カレ達とのエッチに不満しかなかったんだと思う。


「星夏さんは……」

「ん?」


 そんなことを思い返していると、海涼ちゃんが遠慮がちに呼び掛けた。

 なんだろうと先を促すと、彼女は桃色の瞳に切なさを宿しながら続けた。


「荷科君に初めてを貰って欲しかったですか?」

「……」


 それはこーたに恋をしている今では何とも答えにくい質問で、アタシは一瞬だけ息を詰まらせた。

 もし処女を貰ってくれたのがこーただったら、か。

 アタシは逡巡して……。


「──貰って欲しかったよ」


 感じたままに答えた。

 けれどもまだ答えは終わりじゃない。


「でもね……もしアタシが処女のままだったら、死のうとしてたこーたを止められなかったと思う。だから後悔はしてないよ」

「……」


 結果論ではあるけど、あの時はアタシが経験済みだったから、あんなむちゃくちゃな提案が出来たと思う。

 仮にあの時のアタシが処女だとして、入れた時に痛がった瞬間にこーたはやっぱり止めようって引き下がるに決まってる。


 だから、あの頃は処女じゃなかった方が最善だった。

 

「……星夏さんがそう言うのであれば、私は何も言いません」


 アタシの答えを聞いた海涼ちゃんは、納得を得た様に頷いた。


「ありがと。そろそろ寝よっか」

「はい。お休みなさい」

「うん、お休み」


 キリが良いからそのまま寝ることにした。

 こーたが起きてたらこんな話は出来なかったし、今だけは先に寝たことを許してあげよう。


 ただし、明日は覚悟しておいてよね。

 そんなことを考えながら、アタシはまどろみに身を任せて眠るのだった。


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次回は5月30日に更新です。

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