#42 未知への誘い



 今、星夏はなんと言ったのだろうか?

  

 童貞の意味は分かっている。

 女性とセックスの経験が無い男性を指す肩書きで、孤立している俺も洩れなくその枠組みの範疇に入るだろう。

 

 それを彼女は自殺しようとしている俺に、死ぬ前に自分で捨ててみるかと提案してきたのだ。

 どうせ捨てる命だ、今更童貞を捨てることくらい特に何の拘りも無い。

 ただ……。


「何そのポカンとした顔。あ、もしかしてアタシが誰とでもエッチする様な女の子だと思ったの?」

「い、いやそうじゃなくて……まぁ恋人でも無いのにそんなことをして良いのか、とは思ったけども……」


 呆けた俺の表情からあらぬ誤解をした星夏の言葉を慌てて訂正するが、それでもあまり大差が無いなと内心でツッコミを入れる。

 それは彼女も同様なのか、クスクスと小さく笑う。


「あはは。確かにアタシとこーたは腐れ縁の友達だもんね。でも心配ごむよー。アタシは処女じゃないし、だからって自分を安売りしてるワケじゃないもーん」

「えぇ……いや尚更意味が分からないんだが?」


 さり気ないカミングアウトに小さくない動揺が胸に過る。

 相手は元カレの大木だろうが、この際は置いておく。

 

 問題は、腐れ縁で友達の俺を誘った理由が分からない事だ。

 特にこっちは自殺願望を持つに至った経緯を洗いざらい吐き出した後である。

 それがどうして星夏とセックスする事になるのか、本気で訳が分からない。


 一方で星夏は可愛らしく首を傾げながら続ける。


「男子的には童貞のまま死ぬよりマシじゃないの?」

「なんだその決め付けは」


 とんだ偏見を口にされて、思わずツッコミを入れてしまう。

 だがそれは執着の無い俺の意見であって、もしかしたら普通の男子としては星夏の言う通りなのか?

 頭の片隅でそんな事を考える程度には、少し納得してしまったのが少々憎い。


 妙な悔しさに歯噛みしていると、星夏はスルスルと制服の上着を脱ぎ出し──ってオイ!


「何やってんだ!?」


 慌てて顔を逸らしながら突然の行動を非難する。


 だが見えたのは一瞬だったのに、脳裏には鮮明に焼き付いていた。

 ピンクのブラに包まれてはいたが、初めて生で目にした異性の胸……。

 制服の上からだと分からなかったが、星夏の胸って案外大き──いや待て待て落ち着け。


 心臓の脈動が早まっているせいか、全身が沸騰したように熱い。

 母親が居た時の神妙な空気はどこに行ったんだよ。


 突然の空気の変わり様に呆れを隠せない。


「何って、これからエッチするのに制服を汚しちゃいけないから脱いだだけだよ? てか反応が初心で笑える」

「~~っ、う、うるせぇな! 慣れて無くて悪いか!」


 からかうような口振りに、恥ずかしさから堪らず反論する。

 しかし出た言葉は小学生のそれで、表情は見れないものの星夏が笑っている様な気がした。


「あははっ。なんかこーたが可愛く見えて来たかも」

「──っ、クソ……」


 全く嬉しくない称賛に、言葉にならない悪態を付くことしか出来なかった。

 思い返せば、星夏に口で勝てた試しがない。

 何を言っても墓穴を掘りそうでやりにくいんだよなぁ。


 そんな回想をしたのも束の間、不意に両頬が柔らかな感触に包まれる。

 それが星夏の両手だと気付いた時には……。


「ん……」

「ぶっ……!?」


 彼女からキスをされていた。

 無論、ファーストキスだ。

 それもあってかただ唇を重ねただけなのに、心臓がやたらと激しく脈打って全身が一層強い熱を帯びる。

 驚愕のあまり禄に抵抗も出来ず、一秒の経過すら悠久に感じる停滞感が続く。


 やがて息苦しさを感じたのが頃合いという風に顔を離した星夏の顔は、上気しているのか赤くなっている様に見えた。

 改めて見ると、本当に彼女の顔立ちは整っている。

 世の男なら放っておけないであろう星夏とキスしたと思うと、どうにも心臓が落ち着きを保てない。


「今のが、こーたのファーストキス?」

「ハッ……ふぅ、だったら、なんだよ?」


 息を整えながら投げ掛けられた問いに、投げやり気味に答える。


「ただ聴いてみただけ。このまま最後までエッチしようよ?」

「……どうせ死ぬつもりのヤツとしていいのかよ?」

「こーただから良いの。……今だけ、こーたの命をアタシに預けさせて」


 精一杯の悪態に、星夏はそう言ってから再び唇を重ねて来た。

 この時にはもう抵抗する気力は削がれていて、星夏の為すがままにされる。

 

 何度目か数えるのも億劫な回数のキスを交わした後、星夏が動きを変えた。

 唾液で艶めかしく濡れている舌で、首筋や耳の根元を舐めて来たのだ。


 妙に手慣れているのは、やはり元カレとの経験があってこそだろうか。


「れろ……。ホントはキスをする時に舌を入れたりするんだけど、こーたは口を切ってるから止めとくね」


 特に聴いてもいないのにそんな事を言われる。

 星夏が全く未知の言語を話している様に感じたが、彼女が俺の右手を取って自分の胸に押し当てた事で疑問が霧散した。


「ちょ、星夏!?」


 ブラ越しとはいえ初めて触った女子の胸の感触に驚くも、意志に反して体が動いてくれない。

 独特の柔らかさは手に吸い付いて離れず、まるで全神経が右手に集中したかの様な錯覚を懐く。

 なのにどうしたら良いのか分からず、指先まで固まったまま動かせないでいた。


「ふふっ。こーたの手、ガッチガチだね。緊張してるの?」

「あ、当たり前だろ……」

「だよね。まずは肩の力を抜いて、優しく触ってみて?」

「こ、こうか?」


 耳元で囁かれるまま、指先を少しだけ動かす。


「あっ、ん……」

「わ、悪い。痛かったか?」


 星夏が小さく声を漏らした事に驚き、咄嗟に安否を尋ねると彼女は無言で首を横に振る。

 続けて俺に優しく微笑む。 


「大丈夫。ちょっとくすぐったかっただけ。ほら、今度は両手をブラの下に潜り込ませてから揉んでみて?」

「お、おう……」


 経験者の余裕を見せつけられ、終始彼女にリードされている。

 でもそうなるのは当然だ。

 俺にはセックスの知識なんて保健の授業で習った程度しかないのだから、経験者である星夏の言う通りにするしかまともな方法が無い。


 そうして今も誘導されるがままに、潜り込ませた両手でゆっくりと星夏の胸を揉み出した。

 少し指を動かすだけで簡単に餅みたいに形を変え、沈み込む様な感覚がクセになっていく。

 手の平に感じる硬いソレは、こんな俺の触り方でも彼女が興奮しているのだと伝わる。

 当然、俺の方も興奮しない訳がない。

 ズボンの下が痛いくらいだ。


「っ、……ぁ。ふふっ初めてなのに上手じゃん。ね、こーた。おっぱいを触った感想はどう?」

「柔らかくて、スベスベで……ずっと触っていたいというか……よく分かんねぇ」


 興奮で思考が浮ついているためか、星夏の問いに曖昧な答えしか返せない。

 だがそれは紛れもない本心で、彼女は大仰に頷いてくれた。


「ん……そっか。そっちも準備万端みたいだし、そろそろ本番をしよっか」


 そう言いながら彼女は自らのカバンの中に手を入れ、あるモノを取り出した。

 ここまでくればいくら無知の俺でも、この先どういう行為をするのかは知っている。


 どちらからともなく、互いに服を脱いで一糸纏わぬ生まれたままの姿になった。


 初めて見た異性の……星夏の裸に目を奪われてしまう。

 白く透き通った肌、さっきまで触れていた張りのある胸、それ以上に視線が吸い寄せられる秘部……。

 どこを見てもただ綺麗だという、何とも陳腐な感想しか浮かんで来ない。

 もはや言葉にするのも勿体ないと思える程に魅力的だった。


 星夏は床に敷いたタオルの上に仰向けになり、つられて俺も彼女の上に覆い被さる。


 後一歩踏み込めば、俺達は繋がる。

 その瀬戸際において星夏は俺の頬を両手を添え、耳元に顔を近付けて最後の一押しを囁く。


「それじゃ、こーたの『はじめて』──貰っちゃうね♡」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る